第7話 異世界『エーデルラーム』 2

 

 それも二十年前に違法召喚魔法師たちが徒党を組み『聖者の粛清』という犯罪組織を立ち上げ、召喚魔法師のみの独立国家を築こうと召喚魔法を用いて各国へ宣戦布告したという。

 その戦争は、それこそ最初は各国舐めていた。

 たかが数人の召喚魔法師が徒党を組んだところで、三つの大国と戦えるはずもないのだと。

 すぐに鎮圧されるだろうと。

 だが、『聖者の粛清』のリーダー、ハロルド・エルセイドという人物は八世界とこの『エーデルラーム』にある異界の壁を取り払い、八世界の民を数万人単位で流入させた。

 大量の難民。

 元の世界に帰ることができない異界の民が溢れ、世界は大混乱に陥った。

 それを納めたのはリョウたちと同じ世界から誤って召喚された人物で、【戦界イグディア】から落ちてきた意思持つ聖剣カリバーンと魔剣イグディアを携え、【竜公国ドラゴニクセル】の神竜ガングニルと契約し、ハロルド・エルセイドを討伐。

 異界の壁を修復したという。

 それで異界からの民の流入は止まった。

 しかし、すでにこの世界に流れ込んだ異界の民は置き去りにされたままになり、各国が居住区を用意して現在に至る。

 魔獣は昔からいたが、その戦争により数が爆発的に増えて今も冒険者たちにより狩り続けられ、すっかり資源として定着した。

 他ならぬニミアもまた、その戦争で『エーデルラーム』に流入してしまった移民だ。

 当初は『エーデルラーム』に来たことすら気づかず、突然現れた【獣人国パルテ】にいるはずもない人間に迫害されて怯えた日々を過ごしていたという。

 戦争が終わってから事情を説明されて、用意された居住区へ招かれたのは幸運だったと言っていた。

 そこから勉強して、看護師の資格を取ってこの病院に就職したそうだ。

 つまり、ニミアもまた、リョウたちと同じ。

 帰ることができず、この『エーデルラーム』で生きていくことを余儀なくされた異世界人。

 こうして今も影響を色濃く残すこととなった二十年前の戦争を教訓に、国と自由騎士団フリーナイツ、冒険者協会は召喚魔法師の関わる案件を決して軽視しない。

 

「あ、でも……男の人だったと思うな」

「その証言はもう出てるんだよね〜」

「う、ううーん……そう言われても……」

「白いマントの男じゃなくてもいいよ? 大男の方の情報でも!」

「そ、そう言われても……あ」

「なにか思い出した!?」

「この首輪、大男につけられたの。私、『ハズレだから首輪を回収する』って言われて、殺されかけたんだ」

「……なんでそんな大事なこと今まで忘れてたの……?」

「え、えーと……覚えることが多くて……?」

 

 そう言われるとなんでだろうか。

 実際余裕がまるでなかった。

 自分の首に巻かれた赤い金属の細い首輪は違和感がなく、シャワーを終えたあとタオルで体を拭く時や朝顔を洗う時などにしか思い出さないほど。

 気怠さで思考がまとまらない時も多く、すっかり言うのを忘れていたのだ。

 

「っていうことは、これ魔石道具なのかな?」

「さ、さあ?」

 

 魔石道具はこの世界にありふれたものだ。

 召喚魔法師が魔獣から採集された魔石に、召喚魔の魔法を封じ込めたり付与したりして生成する『魔法石』を、その効果に応じて加工したものが『魔石道具』。

 召喚魔法の儀式などでも用いられる、大変ポピュラーなもの。

 

「うーん。腕輪や首輪や指輪は、冒険者がステータス補助として普通に使うものだけど……」

 

 そう言いながら、ノインがズボンのポケットから取り出した端末でリョウの首輪を映す。

 写真も撮影して、首を捻った。

 

「ダメだ、該当アイテムなし。類似アイテムも発見できず」

「その端末すごいねぇ。そんなことまで調べられるんだ」

「あ、うん。【機雷国シドレス】の機械端末だよ。お金を払えば買えるから、リョウお姉ちゃんも仕事が見つかってお金が貯まったら買うといいよ」

「そうなんだ……普通に売ってるものなんだ……へぇー」

 

 この世界にきて『意外にも科学が発展していそう』と感じたのは、二十年前の戦争で【機雷国シドレス】のサイボーグやロボット、機械兵なども多く流入してきたためだという。

 つい二十年前まではなかったというのだから、少し驚きだ。

 

「まあ、情報アクセスランクはあるけれどね。ボクはこう見えて二等級だから、アクセス権限ランク3なんだよ」

「ふ、ふーーん?」

 

 なんだかよくわからないが、そちらにもなにやらランクがあるらしい。

 まだまだ知らないことがたくさんある世界だ。

 

「そうだ! ボクが一緒に行くから、その首輪のこと召喚警騎士団に聞きに行かない?」

「え?」

「まあ、ノインくん、リョウさんはまだ体調がよくないのですよ。無理をさせてはいけません」

「でもリョウお姉さんの症状って魔力切れの症状に似てるんでしょう? 召喚の時になにかあって魔力切れになったのかもしれないし、召喚についてならあそこより詳しく調べられる場所はないよ」

「う。そ、それは……」

 

 なるほど。そういう考え方もできるのか。

 ただの不調ではないだろう。

 【機雷国シドレス】の医療技術で治らないのであれば、問題は召喚時のなんらかの影響である可能性。

 首輪をつける前から不調であったことを思うと、多分首輪はあまり関係ない。

 しかし、首輪を調べればあの無法者たちの目的も探れる。

 

「ニミアさん、行ってみてもいいでしょうか?」

「ええ〜……でも、そんな……途中で倒れたりしたら……」

「その時はボクが背負って連れて戻るし、召喚警騎士団の施設にも医療設備はあるよ」

「う、うーん……。リョウさんは、どう思います? 行きたいですか?」

 

 ニミアはよほどリョウを心配しているようだ。

 しかし、外へ出られる――その魅力には抗えなかった。

 即答するリョウへ、ミニアは頭を抱える。

 

「うー、わかりました。ノインくんと一緒なら大丈夫でしょう」

「ノインくん、信頼されてるね」

「騎士だからねー」

自由騎士団フリーナイツは国家所属の召喚警騎士団と違って騎士道を重んじる民間団体なんですよ。騎士は騎士でも、ノインくんは剣聖の直弟子ですし、金級冒険者も一目置いていますからね〜」

「へぇ〜」

 

 ちなみに、冒険者というのは魔獣を狩る以外にも薬草を採集したり行方不明者や迷子のペットを捜すなど多岐に渡る依頼をお金でこなす“なんでも屋”なのだという。

 一番下が灰色、白、緑、黄色、橙、赤と上がっていき、銀、金、漆黒が上位三色。

 この色になるともはや名前は誰でも一度は聞いたことのある有名どころとなり、単独任務や使命依頼、国家依頼までくる。

 自由騎士団フリーナイツの三等級以上は、この冒険者銀、金、漆黒級と同等の実力。

 

「え、じゃあノインくんは本当にすごい人だったの……!?」

「あれー、信じてなかった……? 剣の実力なら、この町でボクに勝てるのは師匠だけなんだよ?」

「えええ!?」

「この町、赤より上の冒険者はいませんからね……」

「上位三色は王都に取られちゃってるもんね」

 

 人は見かけによらないものである。

 

「なによりノインくんがすごいのは、魔力が本当にゼロで、剣技だけで町の冒険者を全員倒したんですよ!」

「魔石道具の装備がなければ無理だったけどねー」

「でもでも、さすがは次期剣聖と言われるだけはあります」

「んー、そう言ってくれる人は多いけど、魔力がないと【戦界イグディア】の武具は使えないしね。やっぱりボクは剣聖にはなれないよ」

「そ、そんなことないですよ!」

「ニミアさん、それよりリョウお姉さんと出かけてもいいかな?」

「は、はい。えーと、それじゃあ……」

 

 どうします、というニミアの視線に首を傾げる。

 

「服も買ってきた方がいいかもしれませんね」

「はっ……」

 

 入院着。

 そして着てきた服は異世界の学生服。

 

「じゃあ、リョウお姉さんの服はボクからプレゼントするよ。他の人たちはお金借りて買ったんだよね」

「はい。町の方から貸付です。彼らは二属性持ちばかりでしたから、回収は容易と思われてかなり多額の資金を貸し付けていましたね」

「補助金がっぽりもらってるのにそういうところケチケチしてるんだよね、エドワド町長。アスカさんにチクっちゃおっかな〜」

 

 なかなか世知辛いらしい。

 しかし、年下に服を買ってもらうというのは抵抗がある。

 

「あの、ノインくん。さすがに買ってもらうのは申し訳ないから、仕事が見つかったら服の代金は支払わせて?」

「え? そう? ……それじゃあ……リョウお姉さん、料理作れる?」

「へ? ま、まあ、一人暮らしみたいなものだったから、最低限はできると思うけれど……どうして?」

「それならいい職場があるよ。体調がよくなったら紹介してあげる!」

「ほ、ほんと?」

「うん! そうと決まればまずは服だね! 行こう行こう!」

 

 ニミアを見上げると、ニミアも不思議そうな表情。

 なんにせよ、ノインには頭が上がらなくなりそうである。

 

 

 

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