第6話 異世界『エーデルラーム』 1


 その日はこの世界――『エーデルラーム』に召喚されて一週間経つ日だった。

 目を覚ましたリョウは気怠いままの体を起こすことを諦めて、溜息を吐く。

 この世界に来てからというもの、気怠さはずっと続いている。

 

「おはようございます、リョウさん。今日も体温測定してみましょうね」

「おはようございます、ニミアさん。よろしくお願いします」

 

 にこ、と微笑んでくれるのはニミアという看護師さんだ。

 ウサギの耳をぴこぴこ動かす、ウサギの獣人。

 彼女はこの病院の院長にして女医、ミュラセン・チュフレブの契約召喚魔。

 額にかざしただけで体温を測る体温計。

 本日も平熱。

 それなのにこの怠さ。

 溜息も出る。

 

「他の人たちは、どうしているんですか?」

「そうですね〜、言葉が通じる人たちは召喚魔法の勉強を始められました。ジンさんは努力家なので、もう文字も読めるようになっていますよ」

「わあ、すごいですね」

「はい。言葉が通じなかった方々も少しずつ言葉を覚えていただいています。ほとんどの方はそのまま召喚魔法師学校に入学されると思いますよ。国家公務員ですからね!」

「そう、なんですね……」

 

 リョウと同じく、あの日あそこに召喚された人たちは皆、二属性以上の召喚魔法適性と高い魔力を有していた。

 特にジンは四属性もの召喚魔法適性を持ち、そのうち一つは国に二十人しか適性者のいない【竜公国ドラゴニクセル】。

 大変貴重で強力なため、召喚警騎士団が全面援助を申し出ているという。

 ――なんでもこの世界には召喚魔法があり、魔力と適性のある者は貴賤問わず召喚魔法師学校に入学して召喚魔法師になるのだそうだ。

 ありふれた職業ではなく、魔力があっても適性がない者も多いため、その二つを揃えた者はそれだけで幸運。

 召喚魔法師になればそれだけで将来は安泰。

 冒険者になって活躍し、富と名声を手に入れるもよし。

 召喚警騎士団に入り、悪を罰し正義を遂行――安定した収入と国家の庇護を得てもよし。

 召喚研究者となり、潤沢な予算で研究に身を捧げてもよし。

 人々の生活を支える“生活魔石”を生成して、尊敬を集めてもよし。

 要人の警護を召喚魔とともに務め、賞賛と信頼を浴びるもよし。

 多岐に渡る活躍の場が用意されており、勝ち組となることが約束されている。

 そして、その召喚魔法師が持つ適性は全部で八つ。

 

 ・機雷国シドレス

 機械化学が進化した異界。サイボーグ、ロボ、機械兵、人形兵、ドローンが住む。

 

 ・神林国ハルフレム

 魔法が得意なエルフが住まう異世界。

 ミルアの相棒オリーブはこの世界の出身者。

 

 ・神鉱国ミスリル

 主にドワーフが住まう異世界。

 

 ・鬼仙国シルクアース

 鬼、妖、仙人などが住まう異世界。

 リョウたちを助けてくれた鬼忍・風磨フウマはこの世界の出身。

 

 ・神霊国ミスティオード

 霊体の存在、幽霊や天使や悪魔や精霊、魔精、神霊、魔王が住む世界。

 

 ・獣人国パルテ

 獣人、半獣人、妖精、神獣、霊獣、聖獣が住む。

 ミニアとフィリックスの相棒キィルーはこの世界の出身。

 一番適性者が多いと言われている。

 

 ・竜公国ドラゴニクセル

 竜、竜人、龍、龍人、竜神、龍神が住まう国。

 最強の生き物であり、もしこの世界の適性があったなら国の上位に食い込むのは確実。

 王侯貴族がこぞって抱えたがる。

 

 ・戦界イグディア

 武器の世界。意思を持つ武器は宝剣、聖剣、魔剣など。

 こちらも適性を持つ者が非常に多いと言われているが、意思持つ武器は選ばれた者のみが手にできると言われ、それらを手にした者は須く王になると言われる。

 

(わたしはどの世界の適性もなかった。それどころか、魔力もない。他の召喚された人たちは、最低でも二つの属性適性があったのに……)

 

 この世界には魔獣と呼ばれる、かつて戦争に使われた召喚されたモノが自然繁殖して、野生化したものが出る。

 倒すと魔力の塊、魔石を残すため、冒険者はこれらを積極的に狩るそうだ。

 しかしそんな危険なものと戦う度胸も力もリョウにはない。

 魔力も適性も持たない者の一生は、外壁の中で守られて、穏やかに暮らすのみ。

 もちろん、そういう人生を送る者が大半なのだ。

 なにもおかしなことではない。

 ただ、リョウは異世界から来た。

 この世界のことには無知である。

 体調が優れないままなのもあり、病室からほとんど出られないままニミアにこの世界について少しずつ教わることしかできなかった。

 他の召喚された人たちが町の中を案内されたという日は熱を出し、彼らがこの世界のことを知りゆっくりと適応していこうとする中ただ寝込んでいるばかり。

 焦る気持ちがないわけではないが、途端に眩暈がしては諦める他ない。

 

「わたし、なんでこんなに……体調が悪いのが、続くんでしょうか……」

「うーん、原因不明なんですよね。魔力切れの人の症状に似てるんですけど、リョウさんはそもそも魔力がない、と判定されているので」

「すみません、同じことを聞いてしまって」

「いえいえ、他の皆さんが出歩けるようになっているのに、リョウさんだけ入院継続ですもの仕方ないですよ。でも、怪我もまだ治りきっていませんし、あんまり焦ることないですよ」

「は、はい。……そうですよね……もう、帰れないんですものね……」

 

 目を細めて、シーツを握る。

 この世界には召喚魔法がある。

 リョウたちはその召喚魔法で、この世界に召喚された。

 だがしかし、例の八世界以外は『エーデルラーム』と“盟約”を交わしているわけではなく、八世界以外から召喚された者はもう二度と帰れない。

 正確には、帰れた前例がない。

 正規の手続きで召喚されたわけではないからだ。

 つまりリョウたちは、もう元の世界には帰れない。

 その話を聞いて、リョウは泣かなかった。

 どこか安堵すらしていた。

 他の召喚された人たちが告げたミルアたちを責め立てたと聞いたけれど、リョウは静かに受け入れられたのだ。

 でも、そうであるのならばこの世界で生きていくために仕事を探さなければならない。

 住む場所や、この世界の知識や常識ももっと勉強する必要がある。

 どんな職業があり、どんな適性があるのか。

 少なくとも、リョウは他の人たちのように召喚魔法師を目指すことはできない。

 

「こんにちは〜。リョウお姉さん、体調どうですかぁ?」

「あら、ノインくん」

「ノインくん、また来てくれたの……?」

「うん。大丈夫? 骨はくっついたって聞いたけど」

「あ、うん。【機雷国シドレス】の医療技術のおかげで、もうほとんど怪我治ってるよ。……でも、まだ気怠さはすごくて……」

「そっかぁ」

 

 と、言って病室備えつけの椅子に座るノイン。

 彼は毎日お見舞いに来て、他の召喚者の話を教えてくれる。

 十四歳という若さで自由騎士団フリーナイツの二階級騎士となった彼は、いわゆる天才騎士と呼ばれているらしい。

 師は自由騎士団フリーナイツの特階級――剣聖。

 つまりこの町には、自由騎士団フリーナイツの剣聖もおわすそうだ。

 

「お姉さんたちが召喚された洞窟は『囁きの洞窟』っていうんだけど、あ、それは前に話したっけ」

「うん」

「そこを今日も調べに行ったんだけど、やっぱりなにもなかったんだよね。他の召喚者の人たちに聞いた通り、魔法陣も消されてしまっていたし」

「そっか……」

「けど、召喚魔法陣を消せるってことは召喚魔法師なんだよね。やっぱりあの風磨フウマっていう鬼忍の“主人”が怪しなぁってことで、周辺の聞き込みを開始した感じ。リョウお姉さん、その白いマントの人のこと、もーーーっ少し思い出せないかなぁ?」

「う、うーん……そう言われても……」

 

 他の召喚者たちは口を揃えて「顔は見えなかった」「名前は名乗ってなかった」「ずっと無視された」「大男たちと敵対しているようだった」と、ジンの証言とほぼ同じことしか話さなかったそうだ。

 しかし、彼らの話にはもう少し続きがあり、その人物は洞窟の本をすべて巻き物に入れて持ち去り、魔法陣を消してから牢に入れられたままの彼らを放置して出ていったという。

 おかげでほとんどの証拠は残っておらず、謎の大男と『赤い靴跡』がなにをしようとしていたのかはわからずじまい。

 八世界以外の世界から人を多く呼び、なにを企んでいたのか――。

 ろくなことではないのは間違いなく、それが失敗したのか成功したのかさえわからない。

 ただ、世界的に“勝ち組”とされる召喚魔法師が絡む悪い事案は、どれも重大事件に発展しがちで、油断ならないのだそうだ。


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