第5話 ユオグレイブの町 2
「でも、君たちを召喚したのはアッシュじゃないだろうなぁ。ダリ、ダグ、ロリ? えーと、もう少し情報がほしいんだけど……」
「ウッ……す、すみません。でもなんか名前が長くて……」
「召喚魔法師は苗字がないとなれないから、確かに名前は長いよねぇ〜。でも、『赤い靴跡』と繋がりがあるのなら間違いなく犯罪組織の召喚魔法師だろうな……。だとしたらやっぱりボクだけじゃ対処できないや。警騎士団案件だよ」
はあー、とソファーに座り直すノイン。
ここまでの話をまとめると、
(そういえば――私が話したあの男の人……『誰も殺したくない』って言っていたっけ……。じゃあ、犯罪組織に無理矢理協力させられた人、とかなのかな。大丈夫なのかな……どこにいるんだろう)
自分をこんなふうにしたあの大男。
あれほど容赦なく、人を殺すことに躊躇ないのであれば
目を閉じて思い出す。
とても悲しそうな声だった。
「えっと、洞窟の人たちは助けてもらえますか?」
「あ、うん。でも相手がA級広域指名手配犯と連んでるとなると、無事に助けるために準備が必要になるんだ。『赤い靴跡』は徒党を組んでいることが多くて、どうしても多人数戦になりがちだから、実力ある人を集めないといけないの」
「確かに……洞窟の中にも十五人くらいいました」
「無法召喚魔法師もいるとなると、国家召喚魔法師で構成されている召喚警騎士団っていう国家所属組織主体で作戦を立てると思うから、ボクは引き継いだあとに協力を要請されたら手伝う形になるかな。どちらにしても今日中には難しいから、明日以降になるよ。斥候はすぐ出ると思う」
「……っ……」
ノインの言うことはもっともだと思う。
迂闊に立ち入り、逆に罠に嵌められたり負けてしまえば誰も助けることができないのだ。
一刻も早く助けるためにも、万全を期す必要がある。
「あの、オレに道案内させてくれないかな!? 早く洞窟の人たちを助けたいんだ!」
「え、本当? だとしたら助かるよ。お兄さんは怪我もしてないみたいだし」
「う、うん。オレは……。でも、オレのせいで
「気にしないで。
むしろ、
あの男たちにとって
「――そういえば……気を失う前に……誰かが助けてくれたような……? 白い、天使みたいな人」
「あ」
「助けてくれた人? あの鬼忍ではなく?」
いや、天使というよりは――鬼のように強かった。
「え、ええと、オレもよく、わからないんですけれど……
「え? ひ、一人で?」
「はい。すっっっごく強かったです! もう、なんか! 一瞬!」
「へぇ〜」
突然現れた白いマントの男は、『赤い靴跡』の黒マントやアッシュを瞬く間に制圧し、あの大男に至っては姿を見た瞬間に逃げ出したらしい。
「なにそれヤバい。単独でその人数殴り倒すとか何者!? 名前とか名乗ってた?」
「い、いえ。でも、大男とはすごく仲が悪そうでした。大男は一目散に逃げていきましたから」
「……冒険者、じゃないよね。冒険者なら名乗らないわけないし。他には?」
「洞窟の奥の本棚を調べていました。……オレは怪我をした
「うーーーん。それだけじゃわからないなぁ」
確かに、それだけでは判断がつかない。
しかしあの洞窟のある森とやらにいたのは、
犯罪組織の者たちと、
そして――。
「助けてくれた人は、
「っ! い、いやぁ、オレたちが
「そう、なんだ……あの人、誰なんだろうね……」
「君たちが来た森、『甘露の森』は魔獣も多いけど果物が多く採れる森でね、冒険者に人気の金策の森なんだよ。滅多なことでは食糧不足にならないと言われていて、初心者は甘露の森の浅いところで経験を積むんだ。どうして旬が違う果物が一年中実るのか、研究者もたくさん調べに来ているから、さっきの鬼忍が言ってたことも説得力あるんだよね」
「そうなんですか……!」
では、本当に助けてくれた白いマントの男と鬼忍は無関係なのかもしれない。
しかも数多くの冒険者が立ち入る森ならば、賞金稼ぎであった可能性もあるそうだ。
賞金稼ぎは、独り占めが基本。
賞金首以外に興味を持たず、そこに民間人が囚われていても見捨てることも少なくないらしい。
「とはいえ『赤い靴跡』を相手に単独で……しかもアッシュを相手にできるレベルの賞金稼ぎなんて町に来たら噂になると思うんだけどなぁ」
腕を組み、頭を傾けるノイン。
すると扉がノックされる。
医務員が「どうぞ」と答えると、扉が驚くほど勢いよく開いた。
「ノインくん! 『赤い靴跡』が出たってマジー!?」
「「ミルア!」」
その後ろから、別の大声。
どうやら大声で入ってきた黒髪赤目の女性の関係者らしく、「医務室で大声出すとかなに考えてんだよ」とか「あなた、それ淑女以前の問題よ!?」と廊下に引きずり戻されていく。
「すみません、すみません! 騒がしくしてすみません! 悪気はないんです、素でやかましい人なんです!」
「あ、う、うん、知ってるよ」
よっ、とソファーから立ち上がり、くるりと一回転したノインが手を入り口へ向ける。
「紹介するね。この人たちはユオグレイブの町の召喚警騎士団、第七部隊のミルアさんとフィリックスさんとスフレさん」
「あ! 初めましてー! あたし、ミルア・コルク、二十三歳! 彼氏募集中です!」
「やかましい!」
「あいた!」
ベシッと頭を殴られる黒髪の女性。
そして彼女を殴ったのは金髪橙目の青年。
「すまない、うるさくて。おれはフィリックス・ジード。こっちのお猿はおれの相棒でキィルー」
「ウキキッ!」
「自分はスフレ・エーコルっす! よろしくお願いします」
「ミルアのパートナーのオリーブよ。よろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします……?」
「うっ」
「あ、お姉さんは起きなくて大丈夫だよ」
その様子を見たフィリックスが「怪我人ってその子か」と近づいてきた。
「じゃあ、この子はおれが病院へ連れていくよ。洞窟に人が残ってるんだろう?」
「うん。こっちのジンお兄さんが案内してくれるって」
「え、待ってよ!? なんで病院のつき添いがリックなの!? そこは女同士、あたしじゃない!?」
「オリーブ、言ってやってくれ」
「ええ。……病院のような静寂を愛する場所に、あなたのような騒がしい人間が行っていいわけないでしょう」
「あ、あれー!?」
ミルアという女性とは正反対の金髪碧眼の美女、オリーブの痛烈な正論により、ミルアが顔を背けて顎を指先で掻く。
その剣幕たるや。
フィリックスが扉の前に移動して、担架を運んできた白衣の男たちを招き入れる。
彼らは
これでちゃんとした治療を受けられると思ったら、安堵の息が出る。
「ミルア、あとを頼む。スフレ、オリーブ、ミルアが暴走しそうになったら頼む」
「ちょっと! あたしは別に暴走とかしないから!」
「ちゃんと見ておくわ」
「りょ、了解っす……」
「じゃあ、ええと、名前は――」
「あ、りょ、
この世界は名前が先で、苗字があとのようだからそう名乗った。
フィリックスは笑顔で「リョウだな。よろしく」と顔を近づける。
その肩に乗るキィルーも「ウキィ」と歯を見せて笑うので、つい、釣られて
不安しかないけれど、今はただ、助かったことに安堵しよう。
そう思って、目を閉じた。
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