第8話 初めてのお出かけ


 この世界の服装は元の世界のもののように、比較的動きやすさ重視になっている。

 しかし、素材がまったくの別物なのでそれに準じたデザインだ。

 ノインの話を聞くに魔獣由来の素材が八割を占め、残り一割は植物由来の糸や元々『エーデルラーム』にいたムーアという羊に似た生き物の毛から取れる糸から作った布製。

 しかし、これらは魔獣由来の素材に押されて王侯貴族のみに許された贅沢品となっている。

 

(ファンタジー小説の世界みたい)

 

 勉強漬けで、娯楽にあまり触れてこなかったリョウでも少しだけ小説なら読めた。

 挿絵などにある、異世界の衣類。

 試着して膝丈のワンピースを選ぶと、店員さんが「黒髪は珍しいですね」と瞳を輝かせる。

 

「黒髪って、珍しいんですか?」

「はい。英雄アスカ様と同じ色ですもの! 二十年前は忌避されていましたけど、今ですと英雄とお揃いでわざわざ染めている人もいるんですよ」

「でもお客様、地毛ですよね? 素敵〜」

「そ、そうなんですか……」

 

 英雄アスカとは例の二十年前の戦争――通称『消失戦争』を終わらせた異世界人のことらしい。

 彼は本当にただの召喚事故でこの世界に現れ、自由騎士団フリーナイツの剣聖に拾われて剣を学んでいた。

 その剣聖が関わった事件に同行していたら、いつの間にか犯罪召喚魔法師組織『聖者の粛清』の騒ぎに巻き込まれてしまう。

 独立国家樹立宣言のあとに起こした異界を繋げる、という事態を収めるために剣聖や旅先で出会った仲間とともに『聖者の粛清』と戦い、勝利を収めた。

 まるで質の良いゲームのシナリオのような経緯。

 多少都合よく改変されているのだろうが、アスカ・ミツルギという人物は実在して現在は王都を守護しているという。

 その異世界人と同じ髪色。

 そして、その名前からしておそらく同郷だろう。

 

「ノインくん、そのアスカ・ミツルギさんには助けてもらえないのかな?」

「報告はいってると思うけど、アスカさんを助けた剣聖ってボクの師匠のことだから、多分絶大な信頼のもと『レイオンさんのいる町ならレイオンさんがいるから大丈夫!』って言われそう」

「……そっかぁ」

 

 そろそろ驚かなくなってきた。

 

「黒髪って言ったらミルアさんも綺麗な黒髪ストレートだったよね」

「あー、あの人【鬼仙国シルクアース】の仙女の血が入ってるらしいからね。それなのに属性適性が【神林国ハルフレム】だった上成績も悪かったから、家から追い出されたって本人が笑いながら言ってたよ」

「え……」

「えーと、召喚魔法師って大きく二種類いるんだ。適性と魔力があって召喚魔法師学校に入って卒業した一般人の召喚魔法師と、家が昔から召喚魔法師っていういわゆる貴族。ミルアさんは貴族なんだよ」

「え」

 

 驚き慣れてきたと思っていたがそんなこともなかった。

 あの大声で賑やかな人が貴族!

 ノインが支払いを済ませて着替えた服を、店員さんが袋に入れて手渡してくれる。

 

「家が元々召喚魔法師の家系の人は『家契召喚かけいしょうかん』っていう魔法が使えて、めちゃくちゃすっごい強ーい召喚魔が“家”と契約しているんだって。確か、リョウお姉さんが入院している病院の院長先生もこの『家契召喚魔法師かけいしょうかんまほうし』の家系だったと思うよ。『代々病院を経営し、人を救い続ける』契約で【機雷国シドレス】の医療サイボーグとチュフレブ総合病院をやってるんだって」

「っ! あの病院の院長先生が? あれ、でも院長先生はニミアさんと契約しているんじゃ……?」

 

 ウサ耳獣人のニミアさん。

 院長先生の相棒だと聞いている。

 

「えーと、ボクもよくわからないけど“家と契約”しているのが『家契召喚かけいしょうかん』で“相棒”として契約するのが『専属契約召喚魔』って聞いたよ。詳しくは専門家に聞いた方が早いかな」

「そうなんだ。でも、私も魔力がないから関係ないのかな?」

「そうだねー」

 

 魔力がない、と、リョウが言うとノインは一瞬キョトンしてからにぱーっと満面の笑み。

 不思議に思うとお店のお姉さんが「え、黒髪なのに魔力がないんですかぁ?」と驚いた顔をした。

 

「黒髪の人って魔力量が多いって聞いたことありますけど」

「そうなんですか?」

「噂じゃなーい? 縁起はいい〜、みたいな話は聞くわよ〜。黒髪の人を見るとその日ラッキーなことがあるって」

「マジー? うちら、今日いいことあんのー?」

「わぁー! お客様ありがとうございます!」

「い、いいえ……」

 

 意外とこういうノリは異世界にもあるもののようだ。

 それにしても――。

 

「アーケード商店街があるなんて、異世界なんだけど異世界じゃないみたい……」

「ああ、他の人たちも言ってたな〜。海外に来たみたい、って」

「うん、そんな感じ」

 

 病院から出ると、そこは普通に車に似た乗り物が走っていた。

 それらは【機雷国シドレス】の技術で造られており、駅までの往復路のみに使われるそうだ。

 他の移動手段は【獣人国パルテ】の獣人や幻獣、霊獣による獣車。

 または、路線電車。

 路線列車は町中を走っており、一般人はこちらの方をよく利用する。

 路線列車から町の外に近い外壁駅まで行くと、王都までの直通列車が走っているのだそうだ。

 このユオグレイブの町はかなり都会の町らしい。

 王都に次ぐ大きな召喚魔法師学校があり、王都に劣らぬ優秀な召喚魔法師を輩出している。

 アーケード商店街の他にも町のあちこちにおしゃれなカフェやパン屋があり、街並みは旅行誌の表紙にあったイタリア風。

 八世界の中で人のいる世界――エルフやドワーフ、仙人仙女、獣人などの文化も取り入れ、食文化は王都よりも豊か。

 王都で受け入れを拒んだ流入異界民たちを、この町で受け入れたためだという。

 町の外に流入異界民の居住特区がそれぞれ作られており、人間を嫌悪する者はそちらから出てくることはない。

 

「人間が嫌いな人もいるんだね……」

「そりゃあ、流入異世界民の人から故郷から意味もわからないまま『エーデルラーム』に連れてこられたんだもん。それなのに帰ることもできないし、住む場所は指定されるし、流入異界民って差別されるんだから」

「悲しいね……」

「そうだね。異世界人は寿命が長い種族ばっかりだから、二十年なんてつい昨日のことみたいなんだろうし」

「そっか……」

 

 思っていたより深刻な問題なのだろう。

 彼らは巻き込まれただけなのに、帰る術もなく異世界の民だからと王都の人々から拒否された。

 この町はそんな流入異界民を受け入れることで、他の町よりも多くの助成金を受け取っているそうだ。

 帰れないのなら、共存するために『エーデルラーム』の人間に寄り添おうとするニミアのような者もいる。

 けれど、恨みを抱いて居住特区から出てこない者もいる。

 それは仕方のないことだろう。

 

「町の南西は冒険者協会があるから、武器や防具のお店があるんだ。荒くれ者も多いけど、町の北よりは治安がいい。北には近づかないようにね」

「どうして北は危ないの?」

「流入異界民に仕事を取られた人が王都から流れて来たりして、スラムになってるんだ。王都から子どもを捨てに来る人もいて、チャイルドギャングチームの抗争が激しいの」

「ひえ……」

 

 本当に危なそうで引いた。

 

「召喚警騎士団と冒険者協会は魔獣対策以外にも、スラム街の抗争鎮圧とかもやってる。ボクもたまに手伝いに行くけど、そのくらい危ないんだ。近づかないようにね」

「うん、わかった」

 

 本当に危なそうである。

 お店から出てアーケード商店街を抜けると、次は飲食店街。

 おしゃれで美味しそうなお店が建ち並んでいた。

 

「王都からの観光客も多いんだ。中心部は貴族街だから、一般人は入れないけど召喚魔法師学校は中心部にあるんだよ」

「それじゃあ、私以外の人たちは中心街に行くんだね」

「うん。ジンお兄さんは優秀だから、すぐ招かれるんじゃないかな」

 

 貴族街に入るのには、外壁よりも高い壁を越えなければならない。

 ここからでも見える高い壁の奥には、ビルのような近代的で高い建物が見える。

 

「あの高い建物は……?」

「あれは町長庁。十階以上には貴族が住んでるんだって。まあ、平民には関係ないよ」

「そ、そうなんだぁ……」

 

 どこの世界の金持ちも、高いところが好きなのだろう。

 それにしても、飲食店街はいい匂いがして誘惑が多い。

 思わずキョロキョロしてしまうと、可愛らしいケーキ屋さんを見つけた。

 

「この世界にもケーキがあるんだね」

「うん、アスカさんが『食べたい』って言って開発されたって聞いたよ」

「そっか〜」

 

 同じ世界から来た人が英雄であるのなら、この町が元の世界に似ているところが多いのも頷ける。

 警騎士団もアスカの世界の『警察』が参考にされて、二十年前に作られたという。

 そうして異世界の――リョウたちの世界の文化も広めた彼は、そういう意味でも英雄なのだ。

 

「リョウお姉さん、体調は?」

「少し怠いけど、歩けないほどじゃないよ」

「少し休んでいく?」

「そうだね、休ませてくれると助かるかも……」

「じゃあ、ボクのオススメのお店に――ん? なんか騒がしいなぁ?」

「本当だ……?」

 

 飲食店街の中央の方に人が集まっている。

 それを見た瞬間、ノインの明るかった表情が一挙に面倒くさそうになった。

 

「あー……クタンとオラバの馬鹿コンビね。ごめん、リョウお姉さん、ちょっとシメてくる」

「え? う、うん」

「あそこのケーキ屋さんの前で待ってて。あ、中に入って食べててもいいよ。お金はボクがあとで払うから」

「え、あ、うん。待ってるね」

 

 非常に面倒くさそうな、うんざりとした表情である。

 知り合いなのだろうか?

 初めてではなさそうだ。

 道角にあるケーキ屋の前に佇み、とりあえずノインが戻ってくるのを待つことにする。

 中のケーキはとても魅力的なのだが、年下に奢ってもらってばかりなのは心苦しい。

 ノインが走って行った方を見ると、「ノインだ!」「殺せー!」という物騒な声。

 そのあと「ぎゃぁぁぁあああぁぁぁ!」という悲鳴。

 なにが起きているのか……。

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