狩りは、獲物がおいしくなるまで我慢が必要

 昔から、なんでもお姉ちゃんの方が優遇されていた。


 なぜ、たかだか四年早く生まれただけで、こんなに差をつけられないといけないのかと、物心ついた頃からいつもいつも不満だった。

 例えば、中学の制服は姉のお下がりだったし、お年玉の金額はいつも姉の方が多かった。気が付けば


「お姉ちゃんばっかり、ずるい」


が口癖になり、興味がなかったものでも、姉のものならなんでも羨ましく、欲しくなっていたのだ。

 そして、姉のものを奪い取った後の快感は、何物にも代えられえないくらい、気持ちの良いものであった。


「じゃあ、美佳ちゃん、今日は前回の続きから始めるよ」

「はあい、せんせ」


 今、私が欲しいのは、この冴えない家庭教師の男だ。数か月前から家庭教師としてやってきたこの男は、姉の大学の同級生だった。


 姉よりも良い大学に入りたかった私は、親に


「勉強するから塾に行かせてくれるか、家庭教師をつけてほしい」


とお願いした。

 けれど、ゆるふわな頭の両親は


「美佳はそれなりに勉強もできてるから無理にお金使って塾とか家庭教師とか必要ないでしょう。わからないことがあるならお姉ちゃんに聞けばいいのよ、ねえ里佳」


なんて、言い放ったのだ。しかも、姉の里佳に


「いやよ」


と、しかめっ面で言われるという屈辱付きで。

 しかし、私が諦めず食い下がったら、


「そうだわ、里佳のお友達で誰か良い人いないの?」


などと、良いことを思いついたとばかりに母が姉に持ちかけ、更に姉は眉間の皺を深めたが、


「でも里佳は教えてくれないんでしょ? せっかく妹がやる気になってるんだから、お姉ちゃんとして応援してあげてね」


と、姉の首を渋々縦に振らせたのだった。

 そうして白羽の矢が立ったのが、彼だった。


「あらあら、良い人そうじゃない、里佳ちゃんの彼氏なの?」

「違うけど」


 真面目そうで家庭教師ができるほどの頭の持ち主であるということで、母の印象は良かったようだが、姉は恋愛対象としてはあまり興味なさそうだった。


 同じサークルで、下宿先がうちに近いだけで選んだという姉の言葉は本心だったと思う。正直、私も彼自体に興味はなかった。

 ただ、私の知らない姉のことを知っている人だというところには、少しワクワクしていたのだ。


「せんせ、おねーちゃんは大学でどんな感じなの? あんまり私にはお友達のこととか、サークルのこととか教えてくれないの」

「また里佳さんの話? 本当、美佳ちゃんはお姉ちゃん子なんだね」


 馬鹿な男、と心の中で毒吐いた。

 私が姉を好きなわけない。あれは生まれながらにしての天敵だ。幼い頃から、自分よりも優位に立つ存在が身近にいる者の気持ちが、あんたにはわかるまい。

 それでも、笑顔を浮かべながら 


「そうなの~。でも恥ずかしいからおねーちゃんには内緒にしてね!」


なんて、真っ赤な嘘を平気で吐けるようになったのも、ひとえに天敵を打ち負かすための努力の一つなのだ。


 私がまだ小さい時、


「誕生日プレゼント何が良い?」


と、親に聞かれるたびに


「おねーちゃんよりおねーちゃんになりたい!」


と答えていたそうだ。それくらい私は姉より優位に立ちたいという欲求が強かったのだ。


 しかし、彼には本当のことを伝える必要もないので、適当に笑って頷いておけばいい。間抜けな彼は嬉しそうに姉の話をし、私は私に見せないような姉の姿を知ることで弱みを握ったような気持ちになれる。


 そんな私たちの楽しそうなやり取りを見ていた姉は、ある日、面白くなさそうに


「えらく仲良くなったみたいね、あんなにべらべら喋ってたらお勉強に差し支えがでるんじゃない? 違う人でも探してこようか」


と聞いてきた。


 私が姉の物をなんでも欲しがるのと同じくらい、姉は私に物を取られるのをすこぶる嫌がった。どうやら彼を取られそうだと思ったらしい。

 どんなに興味のなかったものでも、私が欲しがると姉は異常な執着を見せた。それを奪い取るのが快感なのだ。


 彼は、後もう少しのとことまで来ている。姉が私に取られまいと必死になるところまで。私は俄然、彼に興味を持った。


「いいえ。先生はとっても良い先生だわ。これからも、先生にぜひお願いしたいわ」


 そう伝えた時の姉の顔ったら!

 私は胸がすく思いだった。


 しかし、それが姉に火をつけてしまったらしく、数日後、緩みきった顔で、


「実は僕、里佳さんとお付き合いすることになったんだ」


と彼から報告された。


 私は、隠しきれない衝動を精一杯抑えつけながら、


「おめでとう、せんせ」


と笑って言った。そして、またワクワクしたのだ。


 ようやく、彼を欲しくなったのだった。

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