あいがいっぱい、相合い傘
「あれ、雨降ってるの」
いつの間にか降りだしていた雨に、隣から驚きと悲嘆の混じった声が聞こえた。
朝は晴れてたのに、とかなんとか、ぶつぶつ呟いているのが、可愛くてつい、にやけてしまう。
いつもは、どちらかというと大人っぽく見られる彼女が、こんな風に素の表情を見せてくれるのは、恐らく自分にだけだろう。
頭が良くて、しっかり者で、その上美人ときたもんだ。
今まで誰とも付き合っていないというのが不思議なくらいだ。
淡い恋心を、幼馴染の彼女に抱いている僕としては、願ったり叶ったりな状況だが。
「いちろー、あんた傘持ってきてないの?」
「あー、折り畳み傘一本しか持ってきてないや」
いちろー、と彼女が自分を呼ぶ声が、甘えたような幼い響きを含んでいるのに、なんだか胸がむずむずする。
浅はかな、そして自意識過剰ともいえる希望を刺激する、そんな響きだ。
いつだったか、もっとずっと幼い頃も、二人で一つの傘で帰ったことがあった。
赤くて小さい傘の中、二人で手を繋いで。
急いで帰ってきた僕たちに、母は「本当に二人は仲よしね」と微笑んでいた。
あの頃は、何の意図もなく、無邪気にできた相合い傘。
今は、違う。
あの頃には抱いていなかった想いを、僕は持っている。
意味をもたせたくなってしまうのだ。
雨が止むのを待つのではなく、一本の傘で身を寄せ合って帰ることに、特別な意味を。
今、もし彼女と二人、この小さな折り畳み傘の下に入ってしまったら。
あわよくば、という下心と恋心を、傘の下という狭い空間では、きっと僕は隠しておけなくなる。
今までも、何度か彼女に告白しようとして、結局、意気地なしの僕は、勇気が出なかった。
「あなたのことが好きです」
と、言いたかったのに、言えなかったのだ。
今なら、言えるかもしれない。
相合い傘を、彼女が嫌がらなければ、勇気を出して、彼女に「好きだ」と。
意を決して彼女を見詰めれば、少しびっくりした表情の後、何かを察したように、彼女は優しく笑った。
ああ、もしかしたら、これはご都合主義のごとく、思惑が叶うのかもしれない。
「いいじゃん、一緒に入れてよ」
相合い傘、しよっか。
イタズラっぽい笑みを浮かべながら、僕の顔を覗き込んでくる彼女。
赤くなってしまっているだろう顔を見られたくなくて、思わず俯いた。
「嫌なの?」
「あ、えっと、その」
嫌じゃないけど、と蚊の鳴く声で答えれば、
「あんた、本当に可愛いね、そういうとこ、好きだよ。今も、昔も」
なんて、僕がずっと言えなかった愛の言葉を、意図も簡単に言ってのけたのだった。
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