第47話 終章

 エドの暴走(?)の後、じっくり話し合いという名の一方的な説得が行われた。その結果、二人はお試し期間という名目でお付き合いをする事となった。


 エドとしてはお試しも何もないのだが、恋というものがいまいち分からないアーネのための妥協案である。アーネとしてはエドの事は好きだがそれが友としてなのか恋なのかがよく分からないのだ。


「ていうか、あの制約もクロード様が今回なかった事にしてくれたからね」

「そうなの!? えっ、エドも制約の事知ってたの!?」

「当然昔から知ってたよ。まぁ大人しく従うつもりはなかったけど」


 物凄く驚いているアーネを見て、素直に従い過ぎではないだろうかとエドは苦笑した。そのおかげで余計な虫が付かなかった事だけは幸いといえる。


 そんな事を思いながらエドはアーネへと微笑みかける。


「で、結婚式はいつにしようか?」

「あの…お試し期間なのでは…?」

「…俺の事嫌い?」

「………好きです」


 悲しそうな顔で見られればアーネの答えは一択しかない。エドからの気持ちを正しく理解した今では『好き』と言う一言が妙に恥ずかしかった。


「…アーネが可愛すぎる」


 答えを誘導した感が否めないがその答えにエドは満足気にアーネをぎゅっと抱きしめた。あわあわしているアーネはさらに可愛い。


「エド…離してっ!」

「やだ。初恋がようやく…ようやく実ったんだ。可愛い恋人を愛でて何が悪い」

「……兄さんと似たような事言ってる」


 アーネの一言にエドの表情が曇った。エドが望むのは兄や友ではなく恋人の立場なのだ。


「ねぇ、兄扱いは嫌なんだけど。まだ伝えたりなかった…?」

「えっ? ち、違っ…」


 もう一度分からせてやろうかとアーネの顎を持ち上げる。この後の展開が予測できたのかアーネはまた真っ赤になる。そんな反応につい悪戯心が芽生えて、またキスをしようと顔を近付けようとした瞬間……狙いすましたように、勢いよく扉が開いた。


「アーネ!!!」


 入ってきたのはようやく仕事が一段落したであろうクロードだった。タイミングの良さに『この人は第三の目でも持っているのだろうか』と思わず感心してしまう。エドは残念そうに手を離した。


「…エド……何をしている…」


 どう見てもキス寸前の二人を見てクロードは静かな怒りを込め、懐の小刀を取り出した。それを見て慌てたのはアーネだった。


 クロードの腕を掴みながらアーネが宥めると落ち着くから物凄いシスコンぶりである。そんな騒ぎが落ち着く頃には、ジェイルとウィルもやってきた。


 クロードは一人がけのソファに、エドとアーネ、ジェイルとウィルはそれぞれ二人掛けのソファに座っている。まず最初に口火を切ったのはエドだった。


「と、いう訳で俺達はお付き合いする事となりました」

「……」


 幸せいっぱいのエドに反してアーネは恥ずかしそうに俯いてしまっている。その二人の様子に三者三様の視線が向けられた。


「エド…通行許可証を出したのはこのためでないんだが?」

「何が『と、いう訳で』なのかが分かりかねますね」

「エド! フラれなくて良かったなぁ…」


 最後の父・ジェイルの言葉がエドとしては痛かった。制約の事があったとはいえ、既に一回ぼろくそにフラれているのだ。エドが内心で打ちひしがれているとクロードがアーネに問いかけた。


「アーネ、大丈夫か? 兄さんがついていなかったばかりに襲われてないか?」

「えっ……う、うん。大丈夫…」


 とか言いつつもアーネの顔は耳まで真っ赤になっているのでバレバレである。二人掛けなのにエドから目一杯離れて座ってるのも何かあったと物語っている。その様子にクロードは掴みがからん勢いでエドを問い詰める。


「エド、お前っ! アーネにキスしようとしたあげく、まだ何かしたのかっ!」

「失礼ですね。キスしかしてませんよ、まだ」

「おぉ…エドの初恋がようやく…」


 クロードとエドは、そのまま言い合いを始めてしまう。その内容は赤裸々なものがあるが二人は気付いていない。ジェイルは、息子のようやくの初恋成就にただ感動しているだけだがそこそこ煩い。


 その時、突然ひやりとした空気が周囲を包んだ。


「あなた達、黙りなさい。アーネ様のお気持ちも考えなさい」

「「「……」」」


 ウィルの静かなプレッシャーに黙り込んだ三人は揃ってアーネに目を向けた。アーネは見ているのも可哀想なくらい真っ赤になって俯いていた。ぷるぷるしている辺り気まずくて仕方がないのだろう。


「ごほんっ! エド、今回は助かった。お前の援護がなければこんなに早く決着は付かなかった」


 可愛い妹のため話を変えるようにクロードがわざとらしい咳払いをする。クロード達は元々アーネの様子を見に来つつ、今までの話しをするために来たのだ。


「休憩後の議会は驚くほどスムーズだったぞ。爺共が青白い顔をしてたのは気になったがな」

「お年のせいでしょう。こちらは、お願いをしていただけなのにどうもお疲れのようでしたから」


 エドは大変だと言わんばかりに素知らぬ顔をしてはぐらかした。


「王都での噂もお前の仕業だろ?あぁ、爺共に関する方のな」

「さぁ、何の事でしょう」


 エドは笑って躱してみせるもクロードにはバレているようであった。こちらの噂は嫌がらせ程度にじわじわ広めるつもりだったのだが、それをもう掴んでいるとは。さすがは切れ者と名高いクロードである。


 ちなみにエドが広めたのは相談役の爺、もしくは身内のスキャンダルである。泥沼なスキャンダルではないが知られたらそこそこ恥ずかしい内容のものだ。『カラス』のリーダー・ゾルに恐ろしいと言われたアレである。


 エドの人脈と情報網を持ってしていれば、そのくらいのスキャンダルであれば隠していても余裕で知り得る事が出来るのだ。


 さて、アーネはと言うと先程のいたたまれない話から真面目な話へと変わり、どちらにしても気まずい思いをしていた。ここは自分の部屋なのでどこかへ行く事も出来なかった。


 エドからは聞いていたが、皆の態度も視線もいつも通りだったのには安心した。それでも気になって兄の方を盗み見ればこちらを見ていたようで目が合った。クロードはアーネの不安を感じ取ったのか優しく微笑んでみせた。


「アーネ、エドから聞いたと思うがもう何も心配はいらないからな」

「兄さん…」


 よしよしとあやすように頭を撫で続けながらクロードは言葉を続ける。


「一人で闘わせてすまなかった。アーネのおかげで誰も死なずにすんだ」

「うちの隊員共もピンピンしとりますよ」

「竜達も皆元気です。会いに行ってやって下さいね」


 クロード、ジェイル、ウィルの順に言葉をかけられる。エドの前であんなに泣いたのにアーネの瞳からはまた涙が溢れそうになっていた。


 兄であるクロードでさえもアーネの泣く姿は数えるほどしか見たことがない。それも物心つく前の幼い頃のものだ。クロードは胸が締め付けられる思いでまたアーネの頭を撫でた。おそるおそるといった様子でアーネは問いかけた。


「……ここにいてもいいの?」

「あぁ、ずっと一緒だ」


 隣を見ればエドが優しく微笑んでいた。クロードもジェイルもウィルも皆が優しい笑顔を向けてくれた。それが嬉しくて嬉しくてアーネの瞳からは次々に涙が流れた。


 ここに居てもいい。大好きな皆とこれからも一緒に過ごせる。それがこんなにも嬉しい。


 きっとこれからここで素敵な思い出がたくさん出来ていくのだろう。子供の時に感じていた孤独感と罪悪感はもうない。


──私は、この温かな場所で生きていく。

 

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