第45話 悪役

 豪奢ながらも落ち着いた雰囲気の部屋に通されたエドは、一人の老人と相対していた。この老人は、相談役の中でも長のような立ち位置にいる者だ。


 彼は、アーネの祖父が国王だった時代に宰相をしていたらしい。先代であるアーネの父が国王だった際も少しの間、宰相を務めていた。その後は、高齢のため職を退いたが、今なお相談役として影響力は大きい。


「小僧が、儂に何の用だ?」


 年齢を感じさせるしわがれた声…しかし経験を重ねた彼からは威圧感が漂っていた。老人は椅子に深く腰をかけたままこちらを睨み付けてくる。エドはニコリと笑ってみせると臆す事もなく話しかける。


「翁殿におかれましては、私のような若輩者にお時間を割いて下さり有り難く存じます。ヴァンクリフ公爵家が次男エドワード・ヴァンクリフと申します。この度の功労者であるアーネ様について直談判に参りました」


 余所行き用の笑顔と公爵家としての立ち居振る舞いで挨拶と名乗りを済ませ一礼する。最低限の礼儀はしているが、エドとしてはお喋りなどする気はないので一気に本題を述べた。通常なら目上の者にするべき態度ではないと非難される事だろう。

 

「お前もか…。過ぎた力は毒にしかならん。あんな力、国を破滅させるだけではないか」


 古老の勝手な言い分に思わず歯を食いしばる。それでも笑顔だけは貼り付けたままだ。


 彼ら相談役がこうも頑なにアーネを否定するのは、恐怖政治や反乱を恐れてだろう。他国では強者が筆頭となり、反乱やクーデターなどが起きる事は少なくないらしい。


 国を案じているから故に頑固なのだという一点だけは理解している。しかし、やり方が気に食わない。


「アーネ様は国を救ったではないですか。それも二度も。破滅どころか救国の英雄ではないですか?」

「いつ裏限らないと言えるのだ?」

「いつ裏切ると言うのです?」


 間髪入れずに問い返せば、眉間に皺を寄せられた。起きる事のない要らぬ心配ばかりをするよりも、アーネの人柄をよく見れば分かるだろうに。


「翁殿の御心配はもっともでしょう。しかし彼女が今まで裏切る素振りを見せた事がありましたか? 兄のクロード様との仲もとても良好です」

「継承権争いなど起きればまたウルマに攻められるぞ!」

「アーネ様は王位など望んでおりませんよ。ありもしない心配ばかりでは周りが見えなくなるのでは?」


 笑顔で嫌味を言えば、また眉間に皺が寄った。アーネの泣き顔を見ただけにエドは手加減する気は微塵もなかった。舌戦なら望むところなのだ。


「アーネ様が前線に出ていなければこの国はなくなっていたかもしれませんよ。それについては如何です?」

「ふんっ! 力があるなら国のために働くのは当然だ」


 古老の物言いにアーネが呟いた言葉を思い出した。幼い時に盗み聞きしたという心ない言葉…それはこの爺の発言ではなかろうか。まさかと思ったエドは探りを入れるように誘導してみる事にした。


「おや? アーネ様の力を恐れたかと思えば利用しようとしたり…支離滅裂ではございませんか?」

「あれは戦力だ。剣や盾などと同じだ。一生従わせておく術があれば少しは安心できるというのに…」


 その言葉を聞いた瞬間、エドは自分の中でプツリと何かが切れた音を聞いた。


 ダメだ…やはりこの爺には痛い目を見てもらおう。そう心に決めてニコリと笑いかけた。


「だからと言って、王族を手にかけようとした事が許されるとでも?」

「……何の事だ?」

「おや、覚えがございませんか? 耄碌されてしまわれましたか? アーネ様が生まれて間もない頃の事です」


 指摘された言葉に古老は一瞬怯んだ様子を見せる。その僅かな仕草をエドは見逃さなかった。


「アーネ様の魔力に恐怖を覚えたあなたは暗殺者を雇いましたね。生まれて間もない赤子なら病死を装っても不自然ではないと」

「………」

「しかし偶然居合わせた王妃様が止めに入り、暗殺者と揉み合いになった。結果的にアーネ様を庇った王妃様は亡くなられた」

「………」

「暗殺者は使用人に扮していたそうですね。その後もアーネ様が狙われたのは全部で8回…よく無事だったものです。ウルマの事件後から音沙汰がないのは、戦力として残すためでしたか」


 そう、これがエドの切り札であった。クロードすらも知らないであろう王妃が亡くなった真相である。


 公には産後の肥立ちが悪く亡くなった事になっている。きっとそれはクロードとアーネの父…当時の国王が混乱を呼ばないようにそうしていたのかもしれない。古老が今も相談役にいるという事は、最後まで黒幕が掴めなかったのだろう。


「王妃様殺害及び幾度となる王女殺害未遂。元宰相様としては非常にまずいですね」

「……」

「この事態が公になれば翁殿だけでなく一族全体が世間の厳しい目に晒されるでしょう」

「……」

「一族揃って実刑かもしれませんね。確か、御曾孫にまだ2、3歳ほどの幼子もおりましたね」


 笑顔で言葉を続けていけば古老は拳を握り締めて唇を噛んでいた。これでもまだ足りないと見える。それなら別のカードを切るまでだ。エドは次なる話題を切り出した。


「政権争いの際、第三王子を病死に見せかけて殺害したのはあなた方相談役でしたね。しかも即位したばかりのクロード様の意見も仰がず」

「……お前どこでそれらを…」


 ようやく口を開いた古老だがそれに答えてやる義理はない。こちらとしては今更これらの事実を明るみに出してアーネとクロード様を傷付けたくはないのだ。


「別に誰かに言おうとなどとは思っておりませんよ。私はアーネ様の境遇が憐れでならないだけです。出来ることならこのまま兄のクロード様と…たった二人の家族が仲睦まじくあれるよう望むだけです」

「……」

「御曾孫がアーネ様と同じ境遇になれば、私のこの気持ちも翁殿に分かるでしょうに」


 優しく微笑むエドに古老は一気に青ざめた。直接的な言葉をしてはいないが、捉えようによっては『アーネと同じように暗殺者を送る』と言っているようにも取れるのだ。後ろめたい事がある者こそ曖昧な言葉は悪い方へと変換されるのだ。もちろんそれすらもエドの手の内であった。


 完膚無きまでに退路を断たれた古老には一つの答えしか残されていなかった。俯いた姿には当初の威厳は欠片も残されていない。長い長い沈黙の後、古老はようやく口を開いた。


「……分かった。お前の意見を飲むと誓おう」

「御配慮痛み入ります。翁殿もアーネ様達も家族で過ごせるのは良き事ですね。子々孫々こうあり続けたいものです」


 この件だけではなく、この先も何かあれば容赦はしないと裏の意味を込めた言葉を伝える。最後まで脅しをかけるエドに、古老はもはや青い顔を通り越して血の気のない白い顔へと変わっていた。


 しっかり古老の心に警告が刻み込まれたのを見届けたエドは、いかにも人の良さそうな笑みを浮かべる。


「有意義なお話が出来て良かったです。それでは私は失礼させて頂きます」


 エドは、最後まで笑顔を貼り付けたまま、公爵家の一員らしい優雅な一礼をし部屋を後にするのだった。

 

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