第44話 奔走②
城へと戻ってきたエドは、議会の近くで目的の人物を発見した。この辺りにいるだろうと予測したがすぐに見つかって良かったと内心ホッとする。手近な部屋へとウィルを誘導し二人になった所で話を切り出す。
「兄上、議会は動きがありましたか?」
「いえ…。クロード様を筆頭にアーネ様を擁護する声の方が多いのですが、老害共の反発も一筋縄ではいきません」
ウィルは舌打ちしながら議会の状況を口にした。普段は冷静沈着で温厚な青年として振る舞っているがそれが崩れるくらい苛立っているようだ。
「アーネの処遇についての意見は分かりますか?」
「以前と同じですよ。北の地へ戻すべき、もっと強力な魔力封じをするべきなどとね。全く勝手な事です」
「そうですか…」
エドはその内容に予測はしていても嫌な話しについ顔をしかめる。ウィルは王の側近という立場上、議会中であっても出入りが許されている。そのおかげで知りたかった細かい内容まで把握する事ができ、次なる手を考える事が出来た。
(やはり他の切り札も使うべきか。二度とそんな事を言い出さないようにした方が良さそうだ)
脳内で手持ちのカードを思案した後、先程までの自分の状況を報告する。
「今しがた、城内と王都に噂を流して貰いました。アーネの功績とそれに対する偏見・迫害について。国を救った英雄として王都ではアーネを支持する声が広まりつつあります」
「エド! よくやりましたっ!」
エドの話しにウィルは前のめりになり珍しく大きな声をあげた。国民の声が大きくなればなるほど、重鎮達もそれを蔑ろにする事は出来ないのだ。しかしエドの報告はまだこれで終わりではない。
「城内では『アーネ様を愛でる会』の会員を中心に広めて貰ってます。こちらはアーネの事をよく知っている分、相手への反感も相当なものでしょう。議会に乱入するくらいの勢いがありそうです」
「あの会ですか…」
ウィルも『アーネ様を愛でる会』については把握しているようであった。アーネの熱狂的ファンでも思い出したのか神妙な顔で思案している。もしかすると城内での暴動を危惧しているのかもしれない。
「ちなみに会員の中には相談役の一人の孫娘もいます。彼は孫娘を溺愛しておりますから都合がいいです」
「あぁ、確かに彼は唯一の孫を可愛がっているようですね」
「あとは前回も敵対した大臣…あそこの奥様も会員です。嫡男と揃ってアーネのファンで、嫁にと望む程らしいですよ」
もちろん嫡男の方にはしっかり牽制していると心の中で呟きニコリと笑う。
次々と行われる自分達へ有利になり得るエドの報告に、ウィルの表情は次第に苦虫をかみつぶしたような顔になっていった。いつも冷静沈着なウィルにしては珍しい表情であった。
「…お前の情報網は、どこぞの諜報機関ですか…」
「皆優秀で助かります。ところで、相談役…長の方に接触したいんですが」
「お開きにはまだ時間がかかりそうです。休憩ならそろそろ入るかと思いますが」
そんな話をしていると外が少し賑やかになってきた。今話していた休憩に入ったのかもしれない。それならば様子を見に行くべきだろう。
「兄上、クロード様に今の話を伝えて貰えますか? それと相談役は俺が何とかすると」
「……何をする気ですか?」
「失礼ですね。ちょっと話をしてくるだけですよ」
外面がいいと言われる笑顔を作って見せると兄の顔が引き攣ったような気がした。時間が惜しいので、それには触れず急いで部屋を出る。
厳しい表情の父と話しながら議会を出てくるクロード様を見付けたが、あちらは兄に任せるとしよう。近くの使用人に目的の人物が休んでいる部屋を聞き足早に向かった。
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王族が使用する休憩部屋で話をしているのはクロードとジェイルとウィルの三人だ。
ウィルは、手ずから三人分のお茶を入れ、先程のエドとの出来事を伝えた。二人の反応は先程のウィルと似たようなものであった。
「エド…アーネの事となるとさすがだな」
「あいつの人脈は一体どうなってるんだ…」
二人の反応にウィルも同意するように苦笑した。お互い成人したとはいえ、弟の事はよくしっている。
「情報戦はエドの得意とするところですからね。きっと何か策があるのでしょう」
王都警備隊の中でも優秀な剣の腕前と言われているエドだが、彼が最も得意とするのは情報…頭脳戦だ。先の先を読み、時には誘導するような巧みな話術で目的を達成していくのだ。エドの援護は非常にありがたいがその手腕は底知れないものがあった。
つい先程クロードの元に城内の動きを知らせる一報が届いた。それはエドの言う通り、アーネを擁護する声が数多く上がっているとの事だ。エドの働きも去ることながら、アーネの人気も凄いものである。
クロードがこれからの議会の動きを頭で計算しているとのんびりした会話が聞こえてきた。
「これだけ一途な息子の淡い恋心が叶えばありがたいのですがなぁ」
「そうですね。これでフラれたら憐れすぎます」
「…お前ら。今話すことなのか、それ」
半眼で睨み付けるクロードに二人は何食わぬ顔で紅茶を飲む。こうして冗談が言えるのはエドの援護で解決の糸口が見えたからだろう。
「というか今更ですがエドは調査隊でシゼーラにいたはずですよね?」
「「………」」
ウィルのもっともな疑問にクロードもジェイルも一時考え込んだ。馬を飛ばして来たとしても、先程までの報告の事をしていたのでは辻褄が合わない。
まさか竜が連れてきてるとは彼らも思い付かなかった。
「でも、まぁ…エドにばかりいい所を持って行かれる訳にはいかないな」
クロードは、紅茶を飲みながら議会の間に集まった書類に目を通していく。必要な情報は頭に叩き込んでいった。
「おや、何かされるおつもりですか?」
「クロード様を怒らせたら怖いですからなぁ」
ウィルとジェイルは楽しそうな顔をしていた。クロードとしてはこれを機に一気に話をまとめてやろうと画策し始めているのだ。
ウルマ撃退の時とは違い、アーネを擁護する声は大きくなっている。昔の反対派もいつの間にアーネに絆されていたのか、今回擁護する側へと意見を翻している者も少なくなかったのだ。
クロードとしては、さすが自慢の妹だという言葉しか出てこない。早く会ってうんと甘やかしたいところではあるが、やるべき事はまだあるのだ。
一人で泣いてはいないだろうか。ちゃんと休んでいるだろうか。可愛い妹のためなら冷徹な王にでも何でもなってやろう。そう決意を新たにしながら次なる書類に目を通す。
「さて、ようやく反撃といこうか」
クロードは不敵な笑みを浮かべながら議会が再開されるギリギリまで書類を読み込み、細かい指示を出していくのであった。
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