第43話 奔走①

 エドは早足である人物を探していた。王城はいつになく騒がしく、誰もが慌ただしく動き回っていた。


 すれ違いざまに聞こえてくる話しはアーネの事ばかりであった。わずか半日程度で大量の魔物を屠った話しは一瞬で城内へ広まってしまったようだ。決していいとは言えない話題に内心で舌打ちをする。


 早歩きで回廊を歩きながら考えをまとめていく。クロード様と父は今頃議会で奮闘しているだろう。兄もその補佐で何かと動いているはずだ。


 王城内の状況を鑑みれば、議会でもアーネの処遇は賛否両論の意見だろう。それならば自分はクロード様達の後押しになるような大きな波を作り出せばいい。人の扇動は案外単純だし、得意分野とも言える。


 本当はもっとアーネを抱きしめていたかった。縋るように擦り寄ってこられた時には嬉し過ぎてちょっとヤバかった。


 つい緩みそうになる口元を引き締めながら早足で歩いていると、中庭のベンチに疲れた顔で座るエルンストが目に入った。


「エル? 何でいるの……って、大丈夫?」

「てめっ……先に戻ったくせに何で誰にも状況報告してねーんだよ!」


 エルは物凄い剣幕でこちらへ詰め寄ってきた。そう言われてエドはようやく報告義務を思い出した。調査隊でもあったのなら城へ戻ってすぐ王に報告せねばならない。しかも魔物の大発生の現場にいたのだからなおさらだ。


「もしかして隊長から伝令頼まれた?」

「俺から申し出たんだよっ! あの状況ならお前は絶対アーネちゃんを優先するのは分かってたからなっ」


 どうやらエドの行動はお見通しであったらしい。シゼーラから馬を飛ばし、到着するなり重鎮達のいる議会で状況を報告したのだろう。どうりで疲れた顔をしているはずだ。


 エドとしては、ちょうど『アーネ様を愛でる会』発起人のあと二人を探していたので、ここでもう一人の発起人であるエルンストと会えたのは渡りに船であった。それにエルンストなら議会での報告もアーネに不利になる言い回しはしていないだろう。


「伝令なら議会に行ったんでしょ? どんな感じだった?」

「どうって…一部の奴らがアーネちゃんに対してひでぇ事言ってやがったけど…」

「筆頭は死に損ないの爺共?」

「……お前、口悪すぎだぞ。相談役の重鎮に何て事を…」


 エドの口ぶりにエルンストは周囲を気にしているが知ったことではない。アーネを北へ追いやったのはあの爺共だ。人の恋路を邪魔しやがって。おかげで何年初恋をこじらせたと思っているんだ。全く予想通りの状況に溜め息が出る。


「エル、今こそ力になってもらえる?」


 エドは怒りを飲み込みニコリと笑いかけた。シゼーラで誘導するように協力を取り付けたのが早速役に立ちそうだ。


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 「──と、言うわけだから力を貸して貰える?」

「当たり前だ!」


 ウルマ撃退の事から今の状況までアーネの置かれている立場と功績を話すと、エルンストは快く力になってくれた。シゼーラでの様子と先程までの口ぶりから、エルンストは敵にはならないと判断して話したのだ。


 あの怪しげな会なら間違いなくアーネを擁護するだろう。否定的な意見の奴には、アーネの魅力を切々と語り、最終的には味方につけてくれるに違いない。実に頼もしい連中だ。


「じゃ、城内はエル達に任せるよ。よろしく頼むね」

「おうよっ!」


 意気込んで走り去って行くエルンストを見送った後、エドは次なる行動へと移る。


 ある部屋の隠し通路を通り、城下町の王都へと歩みを速める。以前クロードが使った、あの隠し通路である。


 通常であればエドの立場では隠し通路など知り得ることはない。しかしエドは城内の隠し通路についてある程度を把握していた。


 誰かに聞いたのではなく、部屋の位置・非常時の逃げ道……色々な面から総合し自ら見つけ出していったのだ。その課程で城内の造りも完璧に把握していた。


 隠し通路の先にある酒場へと上がると忙しそうに働く強面の店主がこちらに気付いた。ニコリと挨拶代わりの笑顔をした後、裏手へとまわる。その意図に気付いた店主は、店員に調理を任せて付いて来てくれた。


 実はエドは、王都に独自の人脈を持っている。それはアーネを守るためだけに長年築き上げてきたものだ。


「忙しい時に悪いんだけど、2、3個噂を流してほしいんだ」

「あぁ? シゼーラでの事か?」

「話が早いね。さすが『カラス』のリーダー」


 カラスとはエドが築き上げた人脈の総称である。情報が瞬時に行き交う様から名付けられたらしい。


 誘拐事件の時は目撃者がいなく力を発揮出来なかったが、今回はカラスにうってつけであった。彼らに噂話を流してもらえば一瞬で王都へと広まる。国民の声が大きくなれば、時にそれは政治へと影響する事もあるのだ。それが例え嘘であっても。世論とはそれほど大きなものなのだ。もちろん、今回は本当の事しか依頼しないが。


「時間は?」

「一つは今すぐ広めてほしい。一時間あれば広められるでしょ?」


 エドの要求に、店主であるゾルは厳つい顔をさらにしかめた。この広い王都に一時間で噂を広めるのは中々至難の業である。


 分かってはいるが、緊急事態なので見て見ぬふりをする。流して欲しい情報を全て伝えれば、また眉間に皺が寄ったのは気のせいだろう。


「他のメンバーには俺がこのまま伝えに行くよ。悪い方の噂はゆっくり最小限で。良い方の噂は盛大にかつ迅速に広めちゃって」

「悪い方は最小でいいのか?」

「そっちはあくまで意趣返しだから。時間をかけてじわじわ広まるくらいがダメージ的にいいでしょ」


 そう説明するとゾルの眉間の皺がさらに深くなった。


「エド……お前恐ろしい奴だな」

「何とでも。じゃ、よろしくね」


 ゾルの背中を叩き店の中へと戻るとそのまま通り抜けるように店外へと出る。


 市場、屋台、食堂、鍛冶屋、噂好きの主婦…様々な人へ噂話を依頼していく。皆『カラス』のメンバーだ。接客しながら巧みに噂を広げてくれるだろう。最後に行ったカフェでは客が既にその話をしていてちょっと笑えてしまった。カフェのマスターも既に正確に情報を把握していた。まだ30分も経っていないのだが。『カラス』が有能でありがたい限りだ。この調子なら一時間で十分広まるだろう。


 ついでに王都警備隊の駐在所にも立ち寄り、エルンストの代わりにさりげなく協力を仰いだ。たまたま居合わせたのが、発起人の一人と多数の会員だった事もあり熱気が半端ない。


 アーネは、人に好かれすぎではないだろうか。もうこれは愛でるどころか宗教ではないのか。こんな時でも嫉妬心が抑えられない自分が情けない。


 会員達の暑苦しい熱気を見る限り、城内の仕込みも上々だろう。さて、次は兄上を探さねば。そうしてエドは城へ戻るべく酒場に引き返していった。

 

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