第41話 終焉
おびただしい数の氷槍が地上へと降り注ぎ、凄まじい轟音と共に地面が大きく揺れた。それはエド達がいる少し離れた場所まではっきり分かるほどであった。
これはアーネの魔力の力だろう。エドは誰よりも今の状況を理解している分、いてもたってもいられず無理矢理手綱をひいた。馬は、いまだジーク達に怯えていたものの、かろうじて言うことを聞いてくれた。轟音に気を取られている二頭をうまく掻い潜り、とにかく先へと急いだ。
(あー! ジーク、一人行っちゃったよ)
(うん? ああ、アイツならいいんじゃない。僕らも戻ろうか~)
ジークとベイリーの二頭は、終焉を察したのかエドを追うことはしなかった。調査隊の足止めをやめ、空高くへと舞い上がる。動いている魔物はここから見る限りでは見つけられない。おそらく、全て片付いたのだろう。そう判断してエドに続くように、二頭もアーネの元へと向かって飛んでいった。
遠目からながら、おびただしい数の氷槍が地上へと降り注ぐのを見ていた調査隊の面々は、ただただ唖然とするしかなかった。エドや竜達が動き出しても中々行動に移れないでいた。
ほんの僅かな間に己を取り戻したのは、隊を率いる隊長であった。援軍としての目的を思い出し声を上げる。
「お前達っ、我々も行くぞ!」
「…は、はいっ」
動けないでいた面々も隊長の一言で我に返り、エド達を追うように馬を走らせた。竜だけでなくアーネの攻撃による轟音にも怯えていた馬は、動きが悪い。
──それでも目指す場所はあと少し。
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(西の森にはもう魔物はいないわよ)
(森への延焼もないぞー)
(境界線の中も全滅だな)
(アーネ、さっすが~)
セディ、ロッド、リグリス、ラウルの四頭が戻ってきて状況を報告してくれる。この四頭は、闘いが始まってからずっと境界線を越える魔物がいないか見張ってくれていた。他の竜達も続々とアーネの元へ戻ってきている。
「皆…ありがとう…」
しかし当のアーネは、どこか気の抜けた返事だけをし動かない。無惨に転がる死骸を見つめてただ立ち尽くしていた。
そんなアーネを心配して竜達もいつものようにじゃれつくような事はしなかった。イヴァが竜達の中から前へ出てアーネに顔を寄せる。
(アーネ、大丈夫よ。もう魔力の反応はないわ。全て終わったのよ)
「……」
(さぁ、城へ帰りましょう)
「うん……」
それでも中々動かないアーネを見て、今度はウォーレンが近寄ってきた。鼻先でアーネの体を持ち上げるとイヴァの背へ乗せる。その間すらもアーネは心ここにあらずといった様子だった。
(もう終わったんだ。皆で帰るぞ)
「…うん……」
それを合図にしたようにイヴァとウォーレンが飛び立つ。他の竜は既に上空で待っていた。空から見ると凄惨な様子が一層目の毒だった。
そんな時、下から聞き慣れた声が聞こえた。
「アーネ! 無事かっ?」
「……エド…」
アーネは、ぼんやりとした様子で声の主を見下ろす。そこには心配そうにこちらを見上げるエドの姿があった。エドはアーネの顔を見て無事な様子に安心したような表情を見せた。
「…イヴァ……帰ろう」
(……分かったわ。私の可愛い子…大丈夫よ)
これに焦ったのはエドだった。確かに目が合ったはずなのにイヴァに乗ったアーネはそのまま飛び去っていく。
まさか怪我をしていたのか? いや、どこか様子も変だった。
すぐに追おうと馬の向きを変えた瞬間、二頭の竜が目の前に降りてきた。先程も足止めをしてきた竜だ。また足止めされるのかと苛立ちが一気に募る。
「どけっ!」
(イヴァの頼みだけどアーネに内緒でいいのかな?)
(今のアーネには必要と思ったんじゃない。僕らの事がばれないようウォーレン達がアーネの背後を隠すあたり、イヴァの親心を感じるね~)
グルグル言いながら会話をしているがエドとしては邪魔をされているようにしか感じない。殺気を隠すことなく二頭を睨みつける。
(でもコイツ怒ってるよ? ちょっと怖い…)
(仕方ないな~。じゃ、僕が連れてくよ~)
二頭の竜でそんな会話がされた後、ジークがエドの目の前で手のひらを広げてみせた。
相棒であるアルベルト以外に背は許したくない。さりとて、エドを連れてきてというイヴァの頼みも断れない。その結果、手なら乗せてやるという結論に至ったらしい。早く乗れとばかりに広げた手のひらでベシベシ地面を叩く。
これにはエドも意味を察する事ができた。
「…乗せてくれるのか?」
(おぉ! 本当にこの人間やるね!)
(そんなに言うならベイリーがやればいいのに~)
(やだ! コイツの殺気怖いもん)
ベイリーと会話をしながら、エドの問いにジークはコクリと頷いて見せた。
後方からは先程足止めした他の人間が近付いてきている。面倒そうだし、早く帰りたくて手をワキワキ動かして催促する。鋭い爪のある手でそれをやるとそこそこ怖い。しかし、エドはそんな事では臆さなかった。
「…すまん、助かる! 隊長、俺は一足先に城へ戻ります。馬をお願いします!」
最初はジークへ、後半は追いついてきた上司へと話しかける。馬を下りたエドは、臆することなく竜の手の上へと足を踏み入れる。軽く包み込むように指を閉じられた後、すぐに上昇する浮遊感を感じた。
「アーネ…」
早くアーネに会いたくて、無事を確かめたくて気持ちだけが急いていく。眼下の同僚や魔物の死骸などはもう目に入らなかった。
先を行ったはずのアーネ達はすでにもう見えなくなっていた。
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イヴァの背に乗り王城へと帰還したアーネは、庭へ駆けつけたクロードやジェイル、数人の大臣や警備隊の面々に出迎えられていた。
「アーネ!」
イヴァから降りるとすぐに声をかけられた。声の主であるクロードの方を見ると、いつになく心配そうな顔で駆け寄ってきた。しかし周囲では眉をひそめてこちらを見ている者達が嫌でも目に入った。この場の雰囲気も決していいものではないのがありありと感じ取れる。
傍にいるイヴァは唸り声をあげ周囲を威嚇し始める。アーネはそんなイヴァをなだめるように撫でた。それからすぐに表情を消し、その場でクロードへと跪き頭を下げた。
──兄に甘えてなどいけない。この場で見せるべきは臣下としての態度だ。
竜達もアーネの態度からその意思を読み取ったように静かになる。
「魔物の大発生は全て討伐致しました。この国の剣となり盾となる役目は果たせたかと。勝手ながら、後始末は援軍に任せて戻って参りました。……つきましては、少々休ませて頂きます」
援軍がいたのは、城への帰り道にイヴァから聞いた。後始末を押し付けるのは申し訳ないが彼らに会うのは怖かった。
アーネは、臣下としてそう報告すると立ち上がり、クロードの顔を見ることなく城の中へと戻っていった。何人かはアーネに怯えて道を譲っていた。
──あぁ、またか……嫌になる。
今は誰の顔も見たくなくてつい早足になる。それでも足取りが重く進んでいる気がしない。まるで深い雪の中を歩いているようだった。
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残されたクロードは、去っていくアーネを追うことも出来ず、ただ呆然としていた。それはアーネの態度に反応できなかったからだ。
どう見ても自分を…全てを拒否するような態度だった。それにあの言い方…やはりあの子は闘う事だけが自分の価値と思っているのか。距離を取られた事よりもあの言葉の方が胸に刺さった。
「クロード様、この雰囲気は少々まずいですぞ」
「ジェイル…」
そう、この雰囲気はウルマ軍撃退の時と同じ。アーネの力に周囲は怯え疎ましい目を向けてきたのだ。
──このままではあの時と同じ事になる。
「そうだな…今度こそ守りぬいてみせる」
「御意に」
ジェイルの言葉に己を取り戻したクロードは城内へと引き返した。王として兄として…今度こそあの子を守るために。そのためには最愛の妹を抱きしめて無事を確認するのを我慢するしかなかった。
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