第40話 孤軍奮闘

 一方、アーネの遙か後方でも、アルベルト率いる王都からの援軍が足止めをくらっていた足止めをしているのはイヴァとシェザードだ。


「イヴァ、シェザード! そこを通してくれ!」


 アルベルトが声を上げる。イヴァは静かに首を振り、その隣ではシェザードが威嚇するように唸り声をあげ続けている。


 既につい先程、出会い頭にイヴァが物凄い咆哮を向けてきた。そのせいで馬が怯えて動かなくなってしまった。普段イヴァは、大人しい姿が印象にあるだけに竜騎士達も怯んでしまった。竜に慣れていない王都警備隊も足踏みしてしまっている。


「隊長、あの様子はアーネ様の意思を尊重して俺達を足止めするつもりなのでは?」


 声をかけてきたのは、シェザードの相棒のカイルだ。


 確かにアーネ様は議会に来たときに巻き込むから来るなと言っていた。でもだからと言って放っておく訳にはいかない。


 しかし、シェザードは相棒のカイルを前にしても唸り声を上げている。イヴァも低く唸りながらいつになく厳しい目つきをしている。


(アーネを心配するのは嬉しいけど…人間では足手まといなのよね)

(ははっ、既に君の一吼えで馬はしばらく動けないだろうに)

(まあ、失礼ね)


 そんな二頭の会話もエド達同様、分かる者はいない。数百の援軍がたった二頭の竜に足止めされてしまったのだ。誰だって恐怖を感じてしまうだろう。


 アルベルトは竜を知り尽くしているだけに、この二頭を強行突破するのは至難の業である事を理解していた。


 城で竜達がアーネに頭を下げたのは上位の者に対する服従の意を示すものだ。己より上と認めたアーネのためなら何だってするだろう。それこそ己の相棒よりも優先して。しかも、ここにいるのはイヴァだ。11頭の中で一番格上の竜だ。どうやったらこの二頭を説得出来るか思い付かない。


(隊長さんは賢明ね。私達を突破できないのを理解しているわ)

(私としてはカイルの手前心苦しいがな)

(アーネのためよ。我慢してちょうだい)


 二頭は会話しながらもアルベルト達を牽制し続けている。睨み合いの膠着状態の中、イヴァ達の背後から大きな火柱……いや、炎の竜巻が巻き起こった。


================


 シゼーラと王都からの二つの援軍が来た事を知らないアーネは、孤軍奮闘とは思えないほど圧倒的な闘いを続けていた。


 アシェルとミネルヴァが西の森から追い立ててくれたらしく先程より魔物の数が増えたように思う。


──ここは一気に減らすべきか。


 そう判断したアーネは、少し後ろに控えていたウォーレンに声をかけた。


「ウォーレン、リグリス達を少し下がらせて。一気に片付ける」

(了解した。まだ闘えるのか…?)

「大丈夫だよ。心配ありがとう」


 ウォーレンはアーネの邪魔にならないよう一度飛び立ってから大きな声をあげた。魔物が境界線を越えないよう見張っていた四頭は、その指示を受けて離れていく。ウォーレンはそれを確認した後すぐにアーネの後ろに控え直した。


「ありがとう。ウォーレンも少し下がってて」

(ああ、分かった)


 ウォーレンが距離を取ったのを見届けたアーネは、先程と同じように右手を前へと伸ばす。腕を這うように生み出された炎はアーネの指先から伸びるように、うねる蛇のごとく魔物達へと向かっていった。一筋の蛇のような炎は魔物達をぐるりと囲むように大きな円を描いた。


 それを確認したアーネは、火力を強めると同時に風も巻き起こした。炎を風で巻き上げるように操っていく。やがてそれは巨大な炎の竜巻へと成長した。


 風と炎を操り、生み出した火柱の如き竜巻は、まるで魔物を閉じ込めていくように少しずつ幅を狭めて魔物達を飲み込んでいく。かろうじて竜巻を逃れた魔物も熱気を吸い込んだのか倒れて動かなくなる。


 息も出来ないくらいの熱気は広範囲にまで広がっていた。その熱気はエド達やアルベルト達の所まで届くほどだ。


「ウォーレン、大丈夫?」

(あぁ、アーネが調節してくれているのだろう? 問題ない)


 一番近い位置にいるアーネとウォーレンは、普通なら魔物と同じように熱気で喉を焼かれてしまうだろう。しかしアーネが風で壁を作り、冷気も生み出しているので熱気はかなり抑えられていた。


 炎の竜巻が小さくなると、動いている魔物は数える程まで激減していた。周囲は凄まじい熱気で靄がかかったように視界が悪くなっている。状況を把握するためにアーネが風で靄と煙を流し視界を良くしていく。


 そこには炎に巻かれ黒焦げとなった死骸や風で切り刻まれたもの……凄惨な光景が広がっていた。それはウォーレンや上空の竜達ですら息を飲む光景であった。


「もう森からも出てきてないね。これで最後かな」


 アーネは油断なく状況を観察するとそう呟いた。これで最後とすべく片手を空へと掲げる。すると先程の熱気とは打って変わって、大気中の水蒸気が凍るような冷気が広がり出す。


 涼やかな風が通り抜け、次第に先程まで漂っていた熱気は嘘のようになくなっていく。


──ペキ…ピキッ!


 小さな音が鳴り出しウォーレンは周囲を見回した。今の所、目に見えた変化はない。代わりに感じるのは震えが起きるような冷気だった。


 炎でこのまま大地を焼き続けてはいけない。熱気で森から発火してもまずい。アーネはそう判断したのだ。


──ピキッ…ピキ…ピキッ…ピシィッ!!


 音は次第に激しくなっていく。やがて何もない空中に小さな氷の塊がいくつも現れ始めた。


 それは少しずつ姿を変え、成長するかのように大きくなっていく。ウォーレンだけでなく、上空にいる四頭の竜も不思議そうにその様子を見ていた。そしてついに氷の塊は一本の槍のような形へと変貌を遂げた。


 驚くべきはその数であった。空を埋め尽くすようなおびただしい数の氷槍…それはエドやアルベルト達からでも見える程であった。


 境界線の内側では、屍を乗り越えて向かってくるの魔物は百いるかどうか。先程の炎の竜巻で負傷していながらも前へ前へと進んできていた。


 アーネは、それらをギリギリまで引きつけるよう動かない。上空の竜も心配そうに見下ろしている。


 あと数十メートル程と迫った時、アーネは無表情のまま手を振り下ろした。


その瞬間、大量の氷槍が地上へと…魔物達へと降り注いだ。

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