第39話 援軍
アルベルトは、王の勅命としてシゼーラに急行していた。当初通り、竜騎士団半数、王都警備隊半数の構成だ。この援軍をまとめる役にアルベルトが任命されている。
王国騎士団の総隊長であるジェイルは、王都の護りとして城へ残る事になった。あの後すぐに準備を整え馬を走らせ続けている所だ。
いつもなら相棒竜のジークで移動するが今ここにはいない。竜騎士団にいる竜は全員アーネに付いていってしまったのだ。気持ちばかりが急いてしまい、遅く感じてしまう馬の背で手綱に力をこめる。
(姫さんっ、無事でいろよ…)
頭を占めるのは、たった一人で竜を従え闘いに出ていった少女の姿だ。
ウルマ侵攻は、アルベルトが竜騎士団の隊長へ任命された直後の事件だった。当時、相棒であるジークが突然アルベルトを咥えると、己の背中に放り投げてどこへともなく飛び立った。訳が分からず連れられるようにして向かった先で発見したのが幼いアーネだった。
『全部終わったよ』と疲れたように笑いかけてきた子供には心底驚いたものだ。あの姿を痛々しく感じたのは今でもハッキリ覚えている。
その後の城での騒ぎはそれはもう酷かった。幼い子供を恐れ、罵る言葉を数多く聞いた。妹を守るべく、若き王・クロード様が奮闘したのも昨日の事のように覚えている。
「アルベルト…アーネを頼む…」
つい先程王城を出る際、苦悩に満ちた表情でそう言われた。きっとクロード様は自分が行きたかったのだろう。
(クロード様と姫さんのためならっ…)
アルベルトは手綱を強く握りしめる。向かう先はまだまだ先だった。
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アルベルト達援軍が向かう先、シゼーラから少し離れた荒野では圧倒的な闘いが繰り広げられていた。
アーネが生み出す炎が地を這い、空を覆いまるで生きているかのごとく魔物達を包み込んでいく。境界線という深い地割れのせいで、逃げ道を塞がれた魔物達は次々に炎に飲み込まれていった。炎に耐えきれず境界線に落ちていく魔物もいた。周囲には肉の焦げるような焦げ臭さが充満している。
それでも魔物達は、同胞の屍を乗り越えて狂ったようにただただ一直線に進んでいく。次から次へと溢れ出てくる魔物にアーネは一切の手加減はしなかった。
残忍でいて冷徹とも取れる一方的な闘いに、上空の竜達は息を飲んで見下ろしていた。凄まじい熱気は上空にも届いていた。
(…これは確かに我々の手助けはいらんな)
(わ~、アーネすごいね~)
(あなた達、油断はしないで。あの子に何かないよう…万が一にでもシゼーラに魔物が行かないよう、注意は怠らないで)
漆黒の竜・ウォーレン、アルベルトの相棒・ジークが感嘆の声を上げる中、イヴァはいつも通り冷静であった。
(私達は西の森を見てくるわね。行こう、ミネルヴァ)
(アシェル、待ってよー)
(じゃ、僕はシゼーラを見てくるよ~)
(ジーク、僕も行くよ)
アシェルとミネルヴァは森を見に、ジークとベイリーはシゼーラの状況を見に飛び去って行った。他の竜は、境界線からはみ出る魔物がいないか飛び回っている。
アーネは、そんな竜達の様子を地上から確認していた。自分の意図を組んで動いてくれているのがありがたい。おかげで目の前の闘いだけに集中できる。
魔物の数はまだまだ減らない。アーネは、迫り来る魔物の方へと右手を伸ばした。腕に巻き付くように現れた炎は、アーネの指先から離れた瞬間、一気に大きく膨れ上がった。
それはやがて巨大な炎の竜となり魔物達へと襲いかかっていった。
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アーネから見て右方向…シゼーラ側からは王都警備隊の隊長率いる援軍が馬を走らせていた。
半数をシゼーラの警備に残し、残り半数でアーネの援軍に出てきたのだ。エドやエルンストもこの中にいた。
「なんだありゃ! 炎の竜…?」
「あんな地割れみたいなのあったか?」
隊員達が荒野の異変を見つけ、口々に呟く。この援軍の中で正しく状況を理解しているのはエドだけだろう。
(アーネの魔力を解放したのか。とすると、やはり制約をだしにアーネを寄越したという事だろうか)
推測される状況にエドが歯を食いしばりさらにスピードを上げようとした時、突如二頭の竜が行く手を阻むように現れた。
低く唸りながらこちらを威嚇してくるため、怯えた馬が足を止めてしまった。先頭を進んでいた王都警備隊の隊長は、彼らが竜騎士団の竜だと分かり、臆することなく二頭の竜に話しかけた。
「そこを退いてくれ。援軍に来たんだ」
(ダメだよ。アーネの邪魔になるから行っちゃダメ~)
言っている事は普通の言葉だが、竜の唸り声は迫力がある。
「くそっ、何でこんなに唸ってるんだ」
(ジーク、いっそ馬を食べちゃえば行けないんじゃない?)
(それはダメ。何かあった時、馬がいた方が逃げれるでしょ~)
エド達を足止めしているのはジークとベイリーだった。つい今しがた、シゼーラの様子を見に行こうとしていたら、彼らを見つけてアーネの邪魔にならないよう足止めする事にしたのだ。
(うーん…言葉が通じないって面倒だね~)
「もしかして…こいつらは足止めしようとしているのか?」
エドがポツリと呟いた。それを聞いたベイリーは拍手でもしそうな勢いでギャウと一声鳴いた。
(わ、すごーい。当ったりー!)
「アーネが俺達に近付くなと言ったから…?」
エドは、少し前のアーネの言葉とこの竜達の行動を見てそう思い至ったのだ。それに気付くがアーネを助けたいという気持ちは変わらない。
(おぉー、あの人間やるね)
(ベイリー、あれアシェルの相棒の弟だよ~。アーネとも仲良しのヤツ)
(え、じゃあアイツだけでもアーネの近くに連れてく?)
(ダメダメ~。せめて全部が終わってからじゃないと~)
背後の爆音からはかけ離れたのほほんとした会話だが、エド達にはその内容が分からない。竜達のせいでアーネに近寄ることも出来ない。何とか強行突破しようとするも、これ以上進むことを二頭の竜が許しはしなかった。
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