第38話 闘い
一方、シゼーラでは住民達の避難が開始されていた。
竜騎士から聞いた情報を元に、西の森から離れた位置へと住民を誘導していく。避難誘導する隊員は少数にし、大半の隊員達は街の外で森からの魔獣を警戒していた。エドやエルンストもこちらを任されていた。
「エドワード…お前どう見る?」
エルンストに話しかけられたエドは森から目を離さないまま思案した。シゼーラでの調査内容を思い出して重い口を開く。
「ここへ来てからの状態からすると王都へ向かうだろう…。シゼーラ側には出ないのに王都側には魔物が出やすい」
「だよなぁ…。大発生となると、この人数では太刀打ち出来ねぇ。早目に応援が来ればいいが」
見回りで異常を察知した竜騎士団が王都に向かったのが今朝の事だ。援軍派遣が議会で承認されても、部隊編制などの準備があるので今日中に来るかは何とも言えない。
二人がそんな話をしていると他の隊員から大きな声が上がった。
「おい! 竜が……竜騎士団だ!」
「援軍かっ!?」
同僚の声を聞き二人は思わず空を見た。そこには確かに11頭の竜が物凄い速さでこちらに向かってきているのが目に入った。
まさか全頭が来るとは…誰もがそう思っただろう。しかし、近付いてくる竜を見てざわつきが広がっていく。
──竜には誰も乗っていないのだ。
唯一、人の姿が確認できるのは先頭の白銀の竜のみだ。その背には、鮮やかな金髪が陽の光を受けて輝いている。
エドを始めとした他の隊員達もそれが誰なのか気付いたようだが、状況が飲み込めない。全員口を開けてただただ見上げるだけだった。
あっという間に接近した白銀の竜がすぐ近くに着地してきた。そして、その背にいる少女が大きな声を上げた。
「魔物の大発生は森を出て王都へ向かった! 討伐は私と竜達のみで行う! 民の警護を優先して決してこちら側へは近付かないように! 援軍は不要だ!」
その声は凛としていて、堂々とした姿は誰もが目を惹かれるものがあった。ただ簡潔に用件だけを告げると、アーネは返事も待たずに再び空へと舞い戻っていった。
竜の羽ばたきによって巻き上げられた砂ぼこりに顔を覆い、それが収まる頃に再び顔を上げれば、その姿は既にもう遠くなっていた。
「今の…アーネちゃんだよな」
「一体どういう事だ?」
「いくら強くてもアーネさんと竜だけでは…」
「国の決定なのか? なぜ彼女一人で?」
隊員達がざわつき出すのは無理もない。彼らはアーネの魔力については知らないのだ。ウルマ軍撃退の事など知るはずがなかった。
「と、とにかく隊長の判断をあおごう!」
誰かがそう言えば、若い隊員が調査隊を率いる王都警備隊の隊長を探して駆け出していく。
そんな中、エドだけは去っていくアーネの姿を呆然としたたまま目で追い続ける事しか出来なかった。
「…おいエド、どういう事か分かるか?」
エルンストが問いかけるも、エドには聞こえていない。苛立ちが頭を占め体が棒のように動かないでいた。
(アーネだけを寄こしただと? 王都では何をしているんだっ!?)
その後、隊長からの指示で調査隊の半数がアーネを追い掛けると決まった。その頃には、ようやくエドもやるべき事を思い出したように動き出した。
誰よりも早く、誰よりも傍へ…そんな早る気持ちでただひたすらに馬を走らせた。
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「皆、魔物を私の方に追いたててくれる?今から境界線を作るから、皆はそれより中へ入らないで」
イヴァから降りたアーネは竜達に指示を出す。その言葉に不満を漏らしたのはウォーレンだった。
(我らの手伝いは不要と言うのか)
「違う。境界より中は一気に魔物を叩くから皆を巻き込むかもしれない」
そう伝えてもウォーレンを含め何頭かは納得していなそうだった。そんな中、一番に理解を示したのはイヴァであった。
(…分かったわ。ウォーレン、アーネは私達を気遣っているよの。アーネが全力を出すなら私達は足手まといよ)
(イヴァ殿…しかし…)
「時間がない。もう森から出てきている。皆行って!」
ウォーレンとしてはアーネだけを地上に残す事が心配で仕方ないのだ。まだ渋っていたが、結局アーネには逆らえず諦めたように飛び立った。
アーネが立っているのは、荒野が広がる地だ。ここは普段であれば、商人が大きな荷馬車で行き交う事が多い場所であった。避難誘導が早くから行われたのか、周辺に人の姿は見えない。
西の森を見れば、今はまだ豆粒くらいに見えるほど遠くに魔物が見える。それでも巻き起こる砂煙からすると物凄い数である事が分かる。
先程イヴァの背からシゼーラが見えると同時に大発生が始まったのを見た時には、迅速に王都を出てきて良かったと心底思った。あの腕輪があっさり壊せたので議会をすんなり黙らせる事が出来たのも大きかった。昔より魔力が上がったので壊せたのだろう。
アーネはしゃがんで地面に手をつき、軽く魔力を籠める。すると唸るような地鳴りが響き始めた。ビキビキと鈍い音がしたかと思えば地面が割れてゆく。二本の裂け目は少しずつ広がっていき、一瞬の間に扇状に広がる境界線が出来上がった。その深さはまるで峡谷のようで、幅は10メートルはあるだろうか。大型の魔物でも飛び越える事は出来ないだろう。
こうして西の森からアーネの立つ場所まで、入ってしまえば逃れる事のできない境界線が出来上がった。境界線の内にいる魔物は溝に阻まれ進路を変える事はない。
その先で迎え撃つのはアーネただ一人。国の危機を救うための闘いが始まった。
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