第37話 出陣
議会には長方形の重厚なテーブルが中央に配置されていた。国王であるクロードが上座に、その他の者はずらりと左右に座っていた。
王国騎士団の総隊長ジェイル、王都警備隊の隊長代理、竜騎士団隊長のアルベルト、各大臣達、年嵩の相談役など国の中枢を担う者が集まっていた。皆、一様に顔色は優れない。
「シゼーラに追加の戦力を出すべきでしょうな」
「王都に来る可能性もあるのでは? こちらにもある程度戦力を残すべきでしょう」
「国民達への公表はどうする?」
「そんな時間もないだろう。早急に退治せねば」
各々意見を出し合っては堂々巡りが始まる。
少し前に竜騎士団の隊員から魔物の大発生が起きたと聞き、緊急で議会を開いたがずっとこの調子であった。クロードは彼らのやり取りを静かに見ていた。
形式上、話し合いはやむを得ない事だが、一刻を争う事態なのだからこれ以上ダラダラと話している暇はない。クロードは話を遮るように声を上げる。
「静かに! 今は時間が惜しい。竜騎士団の半数と王都警備隊の半数をシゼーラに向かわせる。王都に残る者もシゼーラへ行く者も国民の避難をする者と魔物に備える者に分かれて対応にあたれ」
「…少しよいですかな、陛下」
王の決定で話しがまとまったかに思えた時、その指示に否やを出すしわがれた声が響いた。口を挟んできたのは相談役の中でもリーダー格の古老だった。
「陛下、こんな時こそあやつを使うべきでは?」
「おぉ、それは名案だのう。こんな時のための制約だ」
古老達の一方的な提案にクロードは内心盛大な舌打ちをした。この爺共はアーネを使うと言っているのだ。
ウルマの時、アーネに制約を課して北の地へ追いやった筆頭もこいつらだ。あの子を何だと思っているのだ。物のように扱い都合のいい時だけ使おうとする。
クロードは腹の内で暴れる怒りを必死に律していた。しかし最悪な事にこの提案のせいで議会がざわつき出した。大きな力があるなら縋りたいのは誰でもそうなのだ。
嫌な雰囲気が漂う中、クロードの気持ちを察するような言葉が聞こえてきた。
「竜騎士団でも我ら王都警備隊でもないアーネ様を戦力に加えるのは早計ではないですかな?」
「そうだな。あんな少女を送り出すとはあんまりだ」
誰もが答えを決めあぐねている中、ジェイルとアルベルトは真っ向から相談役の意見に反対した。しかし、ここにいる者の大半は11年前のウルマ軍撃退の真相を知っているのだ。アーネの力を知っているからこそ簡単にはジェイル達に同意しない。
ひそひそと隣同士話し合いがされる中、急に外が騒がしくなる。
バタンッ!!
──入ってきたのは渦中の人物、アーネだった。
議会に乱入したアーネは、自分に集まる訝しげな視線をものともせず中へと進んだ。周りがざわついているがそんな事は気にしていられない。事は一刻を争うのだ。
「アーネ!? なぜここに…?」
「魔物の大発生が起きていると竜に聞きました。そこで皆様に相談があります」
クロードの焦ったような声に毅然と答える。きっと自分の提案にクロードは反対するだろう。しかし王という立場にある者が身内一人と国民を秤にかけるべきではない。王が守るべきは国であり国民でなければならない。
アーネは議会にいる重鎮達の顔を見回した。ジェイルやアルベルトが心配そうな目を向けてくるのも見えた。
「私が行きます。竜騎士団も王都警備隊も出兵は不要です」
「なっ…アーネ様!?」
「姫さんっ!?」
「アーネ!!」
声を荒げたクロードを真っ直ぐに見据える。今は時間が惜しい。兄がこのまま反対をし続けて王としての責務を問われるのもまずい。アーネは冷静に状況を判断していく。この場にいる全員が納得するにはどうするべきか。
そして、魔力を封じる腕輪がある左手を全員が見えるように高くかかげた。何事かと周囲の視線が集まる。
──キィン!!
その瞬間、高い音を出して腕輪が割れた。カツンと割れた破片が床に転がる音が響く。
小さな頃は壊せなかったが今の魔力なら壊せるかもしれない…そんなアーネの予想は的中したようだ。一か八かの行動に内心ホッとしながら言葉を続ける。
「私の魔力の高さはご存知ですよね? こんな物で封じる事は出来ません」
絶句する重鎮達に追い打ちをかけるべく、魔力を巡らせて炎を生み出した。ゆらりと現れた大きな炎はとぐろを巻くようにアーネの体を包む。
「私一人で何とかします」
凛とした声が静まり返った部屋に響く。うねるような炎を纏うアーネに誰もが声を出せない。美しくも猛々しいその姿に目を逸らす事も出来ないでいた。
沈黙を了承とみなしてアーネは矢継ぎ早に言葉を続ける。
「全力を出すので巻き込まない保証はありません。なので私一人で行きます。皆さんは避難誘導にだけ力を注いで下さい」
そう言った後、アーネは一瞬で炎を消してみせた。室内には明るい炎の余韻と熱気だけが残った。
「では、今から行って参ります」
「待てっ、アーネ!!」
颯爽と議会を出ていったアーネに、クロードが慌てて追いかける。ジェイルとアルベルトもすぐにその後に続いた議会をあとにした。その他は突然の出来事に身動きもできないでいる。
そして、アーネを追った先で見た光景に彼らは息を飲んだ。たまたまその場にいたのか、警備隊や使用人など多くの人も驚愕の表情を浮かべたまま立ち尽くしていた。
イヴァを筆頭に11頭の竜が頭を垂れてアーネを迎えていたのだ。竜が頭を垂れるなど聞いた事がない。絆を結んだ相棒にでさえそれをする事はないのだ。ただ一度アーネがイヴァと初めて会った時に起こったくらいだ。
竜を従えるよう堂々と彼らに近付くアーネの姿にクロード達も動けないでいた。そうこうしているうちにアーネは軽い身のこなしでイヴァの背に乗ってしまう。
「イヴァ! ジーク! アシェル!
ウォーレン! シェザード! ベイリー! ロッド! ミネルヴァ! ラウル! リグリス! セディ! 行くぞっ!」
アーネの一声で竜達が一斉に飛び立つ。竜を従えるその姿は、まさしく竜の王だった。
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