第36話 気持ち
エドがシゼーラへと派遣され三週間が経った。調査隊とは聞いているが詳細は教えられていない。聞いても誰も教えてくれないので機密事項なのだろう。
エドと距離を置いてゆっくり考える時間が出来た事は、今のアーネにはありがたかった。自分の事、エドの気持ち…落ち着いて考える事が出来た。
(私には制約がある。エドの気持ちに応える事はできない)
エドの事は好きだが、この好きが友達以上なのかは分からない。元々恋と言うこともよく分からないし、するつもりもなかったのだ。エドには申し訳ないがお付き合いは、お断りするつもりだ。
国の有事には無条件で従い力を振るう事
婚姻を結んではならない
この二つの制約があるからこそ、アーネには王族としての責務が課されていない。社交も政治も見合いも…何も求められないのは、いざという時、国の剣となるためだ。
王族らしい教育も6歳までしか受けていない。魔力を封じるこの腕輪が外された時がアーネの果たすべき役割がきたという事だろう。実際は、腕輪をしていても魔力が使えている現状だが。
「今頃エドはお仕事頑張ってるかなぁ…」
エドが戻ってきたらしっかり話をしなければならない。エドならばもっと素敵な女性がすぐに見つかるだろう。誰かと結婚しても友達のままでいてくれればありがたいが。そう思うとズキリと心が痛んだ気がした。その感情が何なのかは分からないままだった。
一人で考えをまとめながら庭園を散策していく。静かな庭園は考え事をするにはうってつけの場所だった。
王城の庭園は、植栽がキレイに刈り込まれ、季節の花々が植えられている。植栽は竜の形に刈り込まれていたりと遊び心もある。近くにはバラ園もあり今は早咲きのバラが咲く季節だ。
(いい匂い…。バラなんてフローベリアでは寒すぎて咲かないからなぁ)
ローズピンクのバラの匂いを嗅ぐと華やかで甘い香りがする。刺があるのに花はこんなにも美しい。気持ちを落ち着かせるようにバラ園を歩いていると、ふと暗い影がさした。不思議に思い、上を見上げれば帰城したらしき竜が竜騎士団の敷地へと飛んでいく所だった。
竜騎士団も西の森には毎日見回りに行っているらしい。きっと今日の見回りが終わって戻ってきたのだろう。それならば果物でも持って労いにでも行くか。そう決めて、アーネは庭園を後にし果物を貰いに向かった。
果物の籠を持って竜騎士団の敷地へと来ると、イヴァを含めた11頭の竜全員がいた。
広い芝生で寝転んだり蝶を追いかけたりしている。日中は常に見回りに出ている事が多い竜達が全員揃っているのも珍しかった。しかし、竜の相棒である竜騎士は皆いないようだ。
「イヴァ、おやつ持ってきたよ。天気が良くて日光浴日和だね」
(いらっしゃい。まぁ、リンゴ…あの子達も喜ぶわ)
そう言うと「くるるる」と鳴き皆を呼んでくれた。それを聞いた竜達は我先にとこちらにやってくる。
大きな竜、しかも11頭に囲まれるとそこそこ迫力がある。早くくれとばかりに顔を近付けてくるので端から見れば襲われてるようにも見える。イヴァからの順で一頭一頭リンゴをあげていった。
(美味しい~。あま~い)
(うむ、旨い)
竜達からすればリンゴなどとても小さいがシャキシャキと味わって食べる姿はなんだか可愛いらしい。果物が好きなアシェルは、うっとりしながら咀嚼している。アーネも厨房で味見を貰ったが酸味が少な目で甘くて美味しかった。
「今日は相棒の皆はいないの? 珍しいね?」
(隊長殿は会議らしいぞ)
(他の皆はどっかいっちまったぞ)
何かあったのだろうかと思うもここから見える限り城内はいつも通りであった。
(人間は忙しくて大変そうだよね)
(いつも動き回ってるわよね)
長生きの竜達からすれば人間は忙しく動き回っているように見えるらしい。リンゴを食べて満足した竜達はまた散らばっていった。各々日なたぼっこしたり思い思いに過ごすのだろう。
「そういえば……ウォーレン!」
アーネは去っていこうとしていた黒い竜に声をかけた。彼は呼ばれた事に気付き振り返ってくれる。
ウォーレンは艶やかな黒い鱗の竜で、他の竜より落ち着いている。口調からしても、ここの中では年上なのかもしれない。
「ねぇ、さっき帰ってきたのウォーレンだよね。どこに行ってたの」
(なに、いつもの見回りさ)
「シゼーラに? エド達もいた?」
(副隊長殿の弟君でしたかな。残念ながら空からでは人間は小さ過ぎて見分けがつかんなぁ)
「そっか…元気かなぁって思って」
つい俯いてしまったアーネにウォーレンは言葉を続ける。
(うむ、今は元気だろうが近々忙しくなるであろうな)
「どういう事?」
(ここ数日、魔物が急激に増えたようでな。今日見て来たが…あれはもう十分に大発生と言えるだろう)
「えぇ!? シゼーラは? 魔物は森から出てきてるの!?」
ウォーレンの話にアーネは大声をあげた。その声に周りの竜達もこちらを見てきた。イヴァが言っていた魔物の大発生…それが起きたのなら大変だ。
(今はまだ森の中にいるが溢れ出るのも時間の問題だろうな。シゼーラに向かうかここに向かうか…そればかりは魔物次第だな)
「大変っ! まさか会議って…行かなきゃ!!」
アーネは身を翻して駆け出した。目指すは城内の議会。きっとそこで魔物の大発生についての話がされているはずだ。
残された竜達は駆けていくアーネの背をじっと見つめていた。
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