第35話 調査隊
「はぁ…最近この案件が多いな」
「西の森の件ですか? 確かに少しずつ増えているようですね」
鍛錬場から執務室へと戻ったクロードは急ぎの案件に目を通していた。その内容は、王都に程近い西の森での魔物の討伐情報だ。
今朝方、西の森近くの荒野で商隊が襲われたらしい。幸い同行していた雇われ護衛が退治しけが人は出なかった。報告のあった近辺ではここ数ヶ月で魔物が増加傾向にあるのだ。
「このくらいの増え方なら前例がなくはない、か。魔物の大発生にしては周期が早すぎる気もするな…」
「王都警備隊や竜騎士団の見解も今はまだ様子見が望ましいと一致しております」
「議会でもおおむね同じ意見だな。しかし、近隣の街へ被害があってからでは遅い。調査隊を派遣するべきだろうな」
クロードは今までの調査書を思い出しながら思案していた。
前回魔物の大発生が起きたのはおよそ180年程前。今までの400~600年周期という事を考慮しても今起きるという事は前例がない。しかしこの周期の理由が解明されている訳ではないので決して捨て置くことは出来ない状況だ。
今は竜騎士団の定期見回り兼狩り場として対応している。それだけで対応出来なくなる前に調査隊を派遣して詳細を調べるべきだろう。魔物の討伐も出来る王都警備隊と今まで通り竜騎士団の見回りを入れて対策を取るのがいいだろう。
「はぁ…またアーネと過ごす時間が減る」
「お食事だけはご一緒出来るよう調整してますが?」
「朝晩の食事だけだぞ? 可愛い妹を愛で足りない…」
いつもであればクロードとアーネは夕食を共にした後、家族団欒で話をして過ごしている。しかし、ここ最近では忙しさから夕食後のその時間すら取れていないのだ。一日あった事を楽しそうに報告してくれるアーネを見るのはクロードの癒しであったのにだ。
「いい加減に少しは妹離れをしてはいかがですか」
「それは無理だな」
呆れ気味のウィルをよそにクロードは調査隊についての指示を書き出していった。
その後、調査隊が編成され近隣の街へと出発していった。
調査隊は、模擬戦の結果を考慮し精鋭20名で構成された。その中には、エドとエルンストも選抜されている。率いるのは、王都警備隊の隊長である。王国騎士団総隊長のジェイルは、王都及び王の警護に残ることとなった。
調査隊が拠点を構えるのは西の森に一番近い、シゼーラという街だ。王都ハウゼンからは街道が整備されていて、徒歩でも1日半…馬を走らせれば半日もしないで着く距離だ。
西の森は、そこそこな広さがある。普段は森の奥にしか魔物が出ず、街まで襲ってくるような事はない。そのため、今のところはシゼーラの住民も驚異には感じていないようであった。
「今のところは街を襲うわけではないようだな」
こげ茶の髪をガシガシかきながら森の入口に佇む方のはエルンストだ。
「だね。住民も森の奥には行かないし、あくまでも目撃される程度に留まってるようだよ」
同じく森を見ているのはエドだ。二人一組での見回り途中なのだ。二人はそのままためらう事なく森へと入っていく。
見回り順や時間を決めて森へ入り、魔物がいれば討伐する。こうして調査を進めていた。エド達も既に何度か森の奥へと入った事があった。商隊がよく利用する荒野を見て回る組もある。
「やっぱり森の入口付近じゃ何もねーな」
「もう少し奥に行ってみようか」
二人は、木の根や凸凹の道なき道でも足を取られたりする事なく、普通に話しながら歩みを進めていく。
「そういえば、エルはアーネの事が好きなの?」
「んなっ!? お前っ…急に何言ってんだ!」
「アーネ、可愛いもんね」
「……まぁ確かに可愛いよな。王族なのに誰にでも気さくだし」
エルンストの答えにエドは視線を向けずに牽制するような言葉を続ける。その声は静かながらどこか圧力が感じられる迫力があった。
「…エル、渡す気はないからね?」
「お前…その殺気がこえーっつの。アーネちゃんの前ではニコニコ嘘くさい笑顔をしてるくせに」
「今、色々と努力中でね」
「……真っ赤になるのが可愛くてわざとスキンシップしたりとか、か?」
「つい反応が可愛くてね」
「腹黒め……」
ここ最近エドがアーネに対してかなり積極的に動いているため、王都警備隊の中でもエドの恋心は周知されつつあった。エドとしては牽制になるので隠すつもりはいっさいない。
話をしながらでも、二人共獣の気配に警戒をするのを怠っていない。その辺りはさすがという所であろう。
「でもさ、エルだって『アーネ様を愛でる会』にちゃっかり入ってるよね?」
「ぶふぉっ! なっ…なぜそれをっ…!」
動揺したエルンストは木の根に足を取られてよろめいた。
「むしろこの会を作ったのエル達だろ」
「なっ…なぜそんな事までっ」
実はこの会を発足させたのは、アーネが初めて鍛練場に来たときに絡んできたあの三人なのだ。アーネの闘いぶりと人懐っこさはたった一日で多くのファンが出来た程だ。その筆頭がエルンスト達、発起人三名というところだろう。
ちなみに会員にはご令嬢や城内で働く女性も多くいる。女性陣いわく、勇ましい姿で戦うアーネと普段の無邪気なギャップがたまらないらしい。
「そういえば模擬戦の時、手を振られて赤くなってたよね。可愛さに悶絶してた感じ?」
「あれは…普通に可愛いと思うだろ」
「おかげでつい本気になりそうだったよ」
冗談のように笑いながら話すエドにエルンストはつい遠い目になった。
「お前…あの時かなりマジで打ち込んできただろ…」
「いやいや、俺なんてまだまだだよ」
「よく言うぜ…」
エドは王都警備隊の中でも上位の実力者と評されている。しかし常に本気は出していない。上手く周りに合わせるように調整しているので気付かれることもなかった。エドとしては、目立ちすぎては色々と動きにくくなるのが嫌なのだ。
「俺達の『好き』はお前の好きとは違うから安心しろよ」
「どうだかね。絶対アーネ狙いの会員もいるだろ?」
「……いるだろうな」
「まぁその分アーネに何かあったら頼もしそうだよね」
エルンストの素直な答えに若干苦笑しながらも、エドはとある言葉を引き出すため誘導するかのように言葉を紡ぐ。
「それは当たり前だ! アーネちゃんを守るためなら会員一同力になるさ」
「へぇ、それなら何かあったらよろしくね」
「もちろんだ!」
意気込むエルンストの様子にエドはふっと微笑む。
己が欲しい言葉を引き出し内心では満足していた。これで何かあったら会員達が力を貸してくれるだろう。そうしてエドは強力な味方を多数く獲得したのであった。
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