第34話 模擬戦

 雲ひとつない澄みわたった青空が広がる王都警備隊の鍛練場には、多くの隊員達がいた。グレーの制服をきっちり着こなし、整然と並ぶ様子は圧巻である。


 本日はトーナメント形式の模擬戦が開催されている。半年に一度くらいで行われている王都警備隊の恒例行事らしい。この日は王城で働く人やその家族に限り、一般公開されている。そのため、観覧席にはそこそこ人が集まっていた。いつもより賑やかな雰囲気とは逆に、隊員達は引き締まった表情をしている。


 アーネは王都警備隊に属していないので参加は出来ないが、ジェイルに誘われて見学をしに来ていた。今はジェイルと二人並んで関係者席で観覧している。


「アーネ様が参加すれば盛り上がっただろうにぁ」

「おじ様は参加しないの?」

「おぉ、この哀れな老体に無茶な事を仰いますなぁ」


 わざとらしく腰を叩きながら年寄りぶるジェイルだが、老体というには無理がある。普段は飄々としているのでそう見えないが、各地方の警備隊を束ねる総隊長の名は伊達ではない。他を寄せ付けない圧倒的な剣技の腕前を誇っているのだ。豪快な剣筋ながらも、冷静に周囲を観察し、的確で素早い判断が出来ると評されている。


「おじ様はとても素敵ですよ。参加したら優勝間違いなしでしょうね」

「嬉しい事を仰りますな。エドが聞いたら嫉妬されそうだ」

「………」


 楽しげに笑うジェイルとは逆にアーネは返す言葉がなかった。


 ちなみにエドも今日の模擬戦に参加している。先程からきっちり勝ち上がっているのは把握済みである。事前に『ちゃんと見ててくれなきゃ…お仕置きだよ』と笑顔で脅されているのだ。


 その他にも、木剣を折ってしまったあの焦げ茶色の髪の青年も勝ち上がっているようだった。


「すごい迫力…訓練とは言え実践さながらって感じ…」

「そりゃ~見られてると思えば無様な試合はできないさ」

「確かに。上司に見られてたら気合いも入りますよね」

「ははっ、勝利の女神様もいらっしゃいますしなぁ」


 はて、何の事だろう?


 そんな事を思っていると急に会場全体がざわざわと騒がしくなった。視線はこちらに集中しているような気がしないでもない。


 不思議に思っていると、クロードとウィルがこちらへやって来るのが見えた。どうやら突然の国王の登場、かつ美形二人の登場に観覧席のご令嬢達が色めき立っていたようだ。


「ジェイル、見学させてもらってもいいかな?」

「おぉ、陛下。もちろんですとも。今日はエドのやつが一段と張り切っとりますよ」 

「それはそれは。模擬戦で負けるようなら色々と考えものだな」


 そんな会話をしながらクロードはアーネの隣へと腰を下ろす。ウィルは少し後ろの壁際へ控えていた。


 総隊長と国王の間に座っているアーネは、観客席の噂の的となっていた。アーネは王族ではあるがあまり顔が知られていないのだ。存在自体は公表されているのだが今まで公の場に出ることがなかったためである。城で暮らすようになっても城内の人以外にはまだまだ周知されていないのだ。

 

 そんなこんなで観客席がざわついている間にも試合はどんどん進んでいき、次は準々決勝戦となった。組み合わせは、なんとエドとあの青年であった。


「おじ様、エドの対戦相手の人ってなんていう名前なの?」

「んぁ? あぁ、アーネ様が手合わせしてましたなぁ。あいつはエルンストですよ。まぁ長いんで皆エルって呼んでますがね」

「あぁ、アーネが木剣を折った時の相手か」

「うん、前に飴貰った事もあるよ。あ、こっち見た~」


 アーネ達の視線を感じたのかこちらを向いたエルンストに小さく手を振ってみた。すると何故か片手で顔を覆い、視線を逸らされてしまう。まだ試合は開始していないが邪魔してしまったようだ。


「おーおー、これは熱い試合になりそうだなぁ。ねぇ、陛下?」

「若干憐れにも思うがな…」

「いやいやいや、これはこれで双方やる気が出るでしょう」


 ジェイルとクロードが話をしているが、アーネにはよく分からなかったのでスルーしておいた。


 審判の合図で試合が開始すると、エドは早々に猛然と攻め込んでいった。前の試合まではあしらう感じの戦い方で力を抑えているようにも見えたが、これは相手が強敵だという事だろうか。エルンストも猛攻をいなしつつ反撃を繰り出している。激しい撃ち合いの応酬が続きお互い一歩も引いていない。準々決勝でも物凄い迫力だ。


 観覧席からは、声援の他にご令嬢達の黄色い悲鳴も聞こえてくる。ジェイルいわく、エドもエルンストも女性から人気があるそうだ。


 二人の試合を固唾を飲んで見ていると、部下らしき人と話していたウィルがクロードへ何かを告げに近寄ってきた。クロードは一瞬だけ難しい顔をした後、一言二言何か指示をしていた。


 アーネは、つい気になってクロードの方へと視線を移す。視線に気付いたクロードは可愛い妹へと振り返る。


「アーネ、ごめん。急ぎの仕事が入ったから戻らなきゃいけなくなった」

「そっか…」

「夕食後に話を聞かせてくれるか?」

「うん、分かった」


 残念そうな表情から笑顔にとコロコロ変わるアーネの表情に、クロードは微笑ましそうに目を細めながら頭を撫でてやる。ひとしきり可愛い妹を愛でた後、ジェイルへと顔を向けた。


「ジェイル、そろそろ戻らせてもらう。王都警備隊の日々の努力、しかと見させてもらった」

「ありがたきお言葉…より一層精進致します」


 そう言ってクロードとウィルは早足に去っていった。


 普段砕けた態度で話す二人しか知らないアーネは何となく見入ってしまう。二人のこういうやり取りは王と臣下という立場をまざまざと感じさせられるものがあった。


 去り際にちらりと見えたクロードの厳しい表情からは何か問題が起きたのが明らかだった。ついクロードの姿を見えなくなるまで目で追っている間に、試合はエドの勝ちで終了してしまう。


 すっかり気をとられているアーネはエドの勇姿も試合が終わった後の声援すらも全く気付かない。


「本当…ウチの息子は間が悪いというか何というか…」


 隣のジェイルの呟きすらもアーネには聞こえていなかった。


 後日、アーネがエドにとてもいい笑顔で迫られたのは言うまでもない。

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