第33話 ひととき
エドから贈られた髪留めは、青と翠の石が嵌め込まれ、花と蔦のモチーフが可愛い透かし細工の髪留めだった。
貰ったのはいいが、元々手合わせや料理の時くらいしか髪を結んでいなかったので最初のうちは部屋に置いていた。何となく気まずくて使いづらいという理由もある。
しかし王都に行った翌日、たまたま城内で会ったエドにその事を指摘された。
「あれ? アーネ、今日は髪結ばないの?」
「え……う、うん。普段おろしてる方が多いし」
「虫除けになるし、毎日着けてくれると嬉しいな」
「えっと……虫??」
何の事かとクエスチョンマークを浮かべてしまう。するとエドがニコリと笑顔を浮かべた。
「着けてくれなきゃ…またするよ?」
優しげな笑みをたたえたエドは、以前口づけた側の頬を指でなぞるように撫でた。あの日の感触が甦り、アーネには一気に緊張が走った。
結局エドに脅され、かつその場に居合わせていたリリーに張り切られて毎日髪留めを使う事を約束する事となったのだ。リリーいわく『お二人の瞳の色の石がステキ』との事だ。毎日髪型を変えては楽しそうにしている。
「アーネ、最近髪を結んでいるね? その髪型も可愛いよ」
「ありがとう、兄さん」
朝食の席で、リリー渾身の編み込みハーフアップを誉められる。自分ではどうなっているのかよく分からない。とりあえず今日もふわふわのパンが美味しいと噛みしめながら口を動かす。
「ところで、その髪留めはエドから貰ったのかな?」
「っ……!!」
「外出した後からそれを使うようになったね?」
笑顔ではあるが問い詰めるような雰囲気につい目を逸らす。
(兄さんの笑顔が怖い…)
危機察知能力が働き、危険を回避すべく自然と体が動く。パンを口に押し込み、残った紅茶を一気に飲み干す。
「そうだ! イヴァの所に行かなくちゃいけないんだった! じゃあね、兄さん」
適当にごまかして、逃げるように朝食の席を立った。背後からはいまだにクロードの刺すような視線を感じるが逃げるが勝ちである。
あの日、エドに告白されると同時にあの宣言をされてから二人の関係は変わりつつあった。主にエドが積極的にアプローチをしてくるのだが、会うたびに距離が近すぎるためアーネとしては困っていた。
蕩けるような笑顔で可愛いだの好きだの言ってきては触ろうとしてくるのだ。その度に赤くなってしまい、どうしたらいいか分からなくなる。
(何か兄さんもやたらエドの事を聞いてくるし…)
ついまた上の空になっていると竜騎士団の隊長であるアルベルトの相棒竜・ジークがすり寄ってきた。
(アーネ~。撫でて撫でて~)
本日もイヴァの元に逃げてきたのだが、イヴァは竜舎にいたのでジーク達も寄ってきてくれるのだ。
(私も撫でて欲しいわ)
ウィルの相棒竜・アシェルも寄ってくる。交代で撫でてあげると嬉しそうに喉を鳴らすのがとても可愛い。やはり竜セラピーは癒やされる。
(あれからウィルが狩りに付き合ってくれるの。前よりお肉が食べれて嬉しいわ)
「良かったね、アシェル」
(あ、もちろん準備してくれてる果物も好きよ)
慌てたように付け足すアシェルが可愛い。アシェルは、結構グルメなようで、色々な果物を食べるそうだ。
(そういえば、僕も狩りに連れてってもらうけど…最近魔物が多くない~?)
(そぉ? 南の森によく行くけどいつも通りよ)
(じゃ、たまたまか~。僕が行ったのは西の森だったけど~)
この大陸では魔物の大量発生が数百年に一度の周期で起こっていた。その原理はいまだ解明されていない。そもそも魔物の生態すら謎なのだ。なぜかだいたい400~600年周期となっているのも謎である。
魔物と定義される生物は、その全てが魔力を保有している。しかし、アーネのように自然現象を操るような事ができる訳ではない。動物と違い頑丈な肉体に獰猛な性格、鋭い牙や爪、総じて巨体のものが一般的な特徴だ。人や家畜を襲うものも多くいるため、見つけ次第討伐される。
竜も魔物に分類されるが彼らは知能が高く、人に好意的な個体が多い。人と絆を結ぶというのがいい例だろう。彼らに危害を加えなければ襲われることもない。
(魔物の大発生が起きると人も…共に戦う竜も多くが傷付くわ。彼らは何かに取り憑かれたようにひたすら前へ前へと進むの。木々がなぎ倒され、家が壊され…ひどい有り様よ)
「えっ? イヴァ、知ってるの?」
(えぇ。あれは…150年以上前になるかしら)
「150年っ!? イヴァって何歳なのっ?」
突然のイヴァのカミングアウトに驚いてしまった。するとすかさずジークの緩いツッコミが入る。
(女性に歳を聞くのはダメなんだよ~。前にアルベルトがウィルに怒られてた~)
「待って、竜ってそんなに長生きなの? まさか、ジークやアシェルもっ?」
(私達は違うわよ。まだ子供だもの。隊長さんよりは上だけどね)
(僕はアシェルより少し上かなぁ)
隊長のアルベルトは40以上だから…アシェルやジークはそれよりも上という事になる。40年以上生きていて子供とは竜の生態が凄すぎる。イヴァがここの竜達をいつも優しい目で見ていた理由が分かった気がする。言われてみれば自ら子供と言ったアシェルやジークは、イヴァと違い遊んでいるような行動が多かった。
竜についての本は多いが年齢についてはあまり知られていないのだ。絆を結んだ相手が亡くなれば竜は野生へと戻る。そうなると個体を特定して観察し続けるのは困難だ。それこそ竜本人から聞けない限り年齢など分からないだろう。
「じゃあ、皆からしたら私なんて赤ちゃんなんだね」
(え~、アーネは僕達のリーダーだよ~)
(そうそう、皆そう思ってるわよ)
「何それ? あ、通訳が出来るからって事?」
(あ~、確かに僕達の声が聞こえるのもすごいよね~)
「えっ、そうなの?」
(そうねぇ、私も話が出来たのはアーネが初めてかなぁ)
(私もこうして話が出来るのはアーネが初めてね。大昔は魔力が強くて私達と話せる人間が多かったのよ。人間は年々魔力がなくなる一方みたい…)
ジーク達の言葉に驚いてしまったが、次いで言われた声にまた驚いてしまう。イヴァが初めてなら150年以上は私みたいな人がいないという事だ。
「私の魔力って…本当に珍しかったんだ」
(魔力保持者はたまーにいるけどアーネの足元にも及ばないよね~)
(うんうん。本人も気付いてないような微量よね~)
ジークとアシェルにここまで言われると自分の異常さがハッキリと分かってしまう。
「私っていったい…。突然変異的な? 先祖返り?」
(ふふ、何であろうと私達はあなたの事が大好きよ。アーネ…私達の可愛い子)
(うん、僕アーネ大好き~)
(私も大好きよ!)
三頭の竜が鼻先を寄せてきて思わず笑顔になる。年上でも皆可愛い事には間違いない。皆にぎゅっと抱きつくと揉みくちゃにされるのであった。
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