第32話 デート

 子供達を見送った後は、可愛い小物屋を覗いたり広場で大道芸を見たりして王都を廻っていた。いつの間にかエドともいつものように気軽に話せている。


「今日はありがとね。見送りに連れてきてくれたんでしょ」

「それもあるけど…アーネと王都を歩きたかったのもあるかな」


 嬉しそうに笑いかけられるが、きっとこれも子供達が言っていたようなアフターケアのようなものだろう。一応私も被害者のくくりに入るから間違いない。きっと子供達もこうやって頼れる王都警備隊と一緒に観光したのだろう。


 そうこうしているうちに、お昼の時間が近付いてきたのでランチへ向かう事になった。既にエドが予約済みらしい。見覚えのある道を進んだ先にあったのはあの行列のお店だった。今日も10人以上の人が並んでいる。


 エドが店員に声をかけると、予約をしていたのでそのまま中へと案内された。店内は満席でこの店の人気ぶりが分かるほどだ。


 店内も小ぢんまりとしながらも木の温もりを感じられる居心地の良い雰囲気だった。テーブルクロスは白と緑のチェックでこの空間によく似合っている。


 花壇が見える庭に面した席へと案内されると慣れないアーネに代わり、エドが注文をしてくれた。


「エド、手慣れてるね? 来た事あるの?」

「いや、初めてだよ。同僚からパンケーキが有名とは聞いてたけど」

「なんだ~、デートで来た事あるのかと思った」

「………」


 アーネの一言にエドは真顔のまま動きを止めた。それを見たアーネは、図星だったのかと勘違いをする。


「…うん、もっと頑張らなきゃいけないのがよく分かった…」

「……? よく分かんないけど下見が必要な時は付き合うよ」


 エドの言葉がよく分からなかったが、手伝いくらいなら出来るだろうとニッコリ笑いかければ何とも言えない顔をされてしまった。


 そうか、デートの下見に他の異性と行くのは良くないか。そんな事を思っているとパンケーキが運ばれてきた。エドは、お肉のサンドにしたようだ。


「うわぁー、いい匂い~。すっごくふわふわしてる!」


 運ばれてきたパンケーキは見るからに美味しそうだった。分厚いながらもふんわりしていて、たっぷりの蜂蜜とバター、隣には生クリームとフルーツが添えられている。


 食欲を誘う甘い匂いに負けて、ナイフを入れる。力を入れていないのにスッと切れてしまう。口に入れればシュワっと溶けるようになくなってしまった。口に残るバターの塩気もたまらない。


「美味しい~!」


 王城での食事も美味しいが毒味後のため出来たてを食べる事はないのだ。アーネは食べる手が止まらなかった。そのまま食べても、生クリームを付けても全てが完璧だ。流石行列が出来るお店だと納得する。


「ね、エドも食べてみてよ。ふわふわでシュワってして…とにかく美味しいから」


 エドにも味わってほしくてパンケーキをフォークに刺して差し出す。エドは驚いた表情を浮かべたがすぐに嬉しそうにしながら食べてくれた。エドも食べてみたかったのだろう。とても幸せそうに咀嚼している。


「本当だ、美味しいね」

「でしょ!」

「こっちも美味しいよ。食べてみて」

「わぁ、ありがとう!」


 そして今度はエドが自分のサンドイッチを差し出してきた。美味しいと言われては食べるしかない。


「美味しい! お肉柔らかい~」

「甘いのと交互に食べるとより美味しいね」


 端からみればイチャイチャしてるバカップルにしか見えないが、パンケーキの美味しさでアーネは全く気付いていなかった。もちろんエドは周囲の生暖かい視線に気付いていたが、恋人らしいこの一時にとても満足していたのであえて指摘はしなかった。


 ランチ後も色んな店を見て廻った。雑貨屋では辺境警備隊に手紙を書くために便箋を買った。エドの希望で鍛冶屋へも行った。お肉屋の前ではついイヴァが好きそうだと生肉を凝視し笑われた。


 時間はあっという間に過ぎ、今は王城への帰り道だ。並んで歩く影が少し伸び始めている。城門はこの道を曲がればすぐ見えてくる。すると突然エドが立ち止まった。


「そうだ。ちょっとごめんね」


 そう言ってアーネの後ろに行くと突然髪を触られた。あの時を思い出しビクッとしていると、髪をすくように触った後、一つに結わえられた。何だろうと思い手を伸ばすと…。


「……これ、髪留め?」

「さっき小物屋で見つけたんだ。アーネに似合いそうだと思って」

「えっ、悪いよ」

「いいから着けてて。今日のデートの記念に」

「…デート?」


 下見という事か? これはそのお礼という事??


 よく分からないとばかりにエドを見上げながら首を傾げる。するとエドが蕩けるような甘い笑顔を向けてきた。


「俺はアーネの事が好きだよ。子供の時からずっと好きだった」

「………え?」


 突然過ぎて意味が理解出来ないアーネに、なおもエドが話続ける。


「無邪気な笑顔も凛々しい姿も全てが愛おしいよ」

「なっ……何っ…」

「真っ赤になって可愛い」


 すっと手が伸びてきて頬を撫でられる。壊れ物を扱うような優しい手つきに顔も耳も一気に赤くなる。心臓がドキドキとうるさい。全身茹で上がったように熱い。


「今日一緒に過ごしてみてよく分かったんだ。アーネは俺の事友達くらいにしか思ってないでしょ?」

「………(幼馴染みであり戦友のようにも思っているけど)」


 アーネの心の声が聞こえたのかとても爽やかな笑顔でこちらを見ている。でも何故かその笑顔は少し怖いとも感じてしまう。


「だからもう遠慮しない事にした。振り向いてもらえるよう頑張るよ。これからは遠慮しないから覚悟してね」


 そうして笑顔なのに脅されているようなプレシャーで宣言された後、エドの顔が近付いてきて頬に柔らかい何かが触れた。


 これは………今、私は何をされたっ!?


 

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