第31話 動揺
最近変だ。髪をとかしていてはあの光景を思いだし、一気に顔が熱くなる。リリーにキレイな髪だと言われればまた思い出して耳まで真っ赤になる。
昨日なんか夕食後のデザートにマカロンが出てきて、つい椅子から立ち上がってしまった。兄さんが驚いてたよ…ごめん。
(あーーっ! もうっ! 何だったんだ、あの時のエドは! 普通するか、人の髪に…キ、キスだなんてっ!)
「いやーーーっ!!」
(アーネ? どうしたの? 顔が赤いわよ?)
しまった、また思い出して叫んでしまった。だめだめっ、イヴァに心配をかけてしまう。
あれからエドと会って普通に話せる自信がないので王都警備隊へ行くのを避けていた。部屋に一人でいても思い出して悶絶してしまうので見られたら不審に思われそうだ。結局逃げるようにイヴァの元へ駆け込んだのだ。今は人があまり来ない庭でイヴァに抱きついている。
「イヴァー、すべすべ…鱗が気持ち良い…」
(具合でも悪いの?)
「うぅん、考えすぎて頭がワーッとなっただけ」
もうイヴァの所でしばらく過ごそうかなと本気で考えてしまう。きっと落ち着けばまたいつものようにエドと話せるようになるはずだ。まずはあの時の記憶を抹消せねば。
「イヴァ…大好きー」
(ふふ、今日は随分甘えん坊ね。私も大好きよ、可愛いアーネ)
伏せるように座っているイヴァの胸元にすりすりと抱きつく。太陽に照らされる白銀の鱗は宝石のように輝いていて美しい。
竜セラピーで癒やされていると、背後から今一番会ってはいけない人の声が聞こえてきた。そう、エドである。
「アーネ、ここに居たんだ。見つかって良かった」
「ぴゃっ!!」
まさかのエド登場にアーネは心臓が掴まれたような衝動を覚えた。思わず変な声を出してしまった程だ。
どうしよう、顔を合わせずらい。このまま振り向かなかったら知らないふりを出来ないだろうか。アーネは振り返らずに頭を急速に働かせていた。
「アーネ、今から出かけよう」
「…………」
「アーネ?」
どうしようか固まったまま悩んでいるとイヴァが鼻先でアーネを押してエドの前に引っ張り出した。そのせいでエドと向き合わざるを得なくなってしまう。
「アーネ、この間は王都を回りきれなかっただろう?暗くなる前に帰るなら外出していいって許可を貰ったから王都へ行こう」
今はまだ朝の10時。暗くなる前と言うのなら今の季節だと16時くらいまでだろう。6時間もエドと二人きりなど今の私には無理だ。無駄に頭を働かせてNOの答えを導き出す。
「……兄さんと行った時で十分楽しめました」
「出来立てふわふわのパンケーキ食べたくない? 生クリームと蜂蜜たっぷりできっと気に入ると思うんだ」
「……(食べたい。物凄く食べたい)」
パンケーキに釣られ、中々答えないアーネに業を煮やしたのか、エドはイヴァの方へと向き直った。
「イヴァ、アーネを借りてもいいかな? 必ず傍から離れないと約束する」
「くるるる」
「アーネ、何て言ってるの?」
(何も言っていない。あれはただ鳴いただけだ。イヴァは何のつもりなんだろう)
ちらりとイヴァを見上げるとその瞳はいつも以上に優しい光を宿していた。そして、行ってこいとばかりにアーネの背中をぐいぐい押し始めた。
「どうやらお許しが出たみたいだね。イヴァ、ありがとう。アーネは必ず守るから」
エドはそう言うとアーネの手を取り正門の方へと引っ張っていった。
「イヴァーーー!!」
「くるるるる」
「何か言ってよーー!!」
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イヴァに差し出されるような形で送り出されたアーネはエドと王都へ行くため城門をくぐっていた。よく外出許可が出たと思ったらクロードの許可がしっかりおりていた。あの過保護な兄がよく許可を出したものだと、少し違和感を覚える。
「悪いけど少し急ぐよ」
「え? 何かあるの?」
「行けば分かるから」
そう言われて早足で着いた先は、王都警備隊の駐在所だった。駐在所の前にはいくつかの馬車と何人かが集まっていた。何か事件でもあったのかと不思議に思いながら近付いていくと、見覚えのある子供がこちらに走ってきた。
「お姉ちゃん!」
「おねーちゃんだー!」
子供達は走ってきた勢いのまま腰のあたりに抱きついてきた。頭を撫でてやりながら周囲を観察すると、各馬車の傍にはこの子達の家族らしい人達がいた。
「今日警備隊の付き添いで出発する予定だったんだ。アーネも挨拶したいかと思ってさ」
「だから急いでたんだ」
「おねーちゃんのお菓子美味しかったよ!」
「お店で売ってる物くらいすごく美味しかったわ」
「本当? ありがと~」
あの時のお菓子はちゃんと子供達の所に届いたようだった。美味しいと言ってくれるとやはり嬉しい。
「あのねー、警備隊のお兄ちゃん達が色々連れてってくれたの」
「ぼくは、竜を見せてもらったー」
「私も…お洋服を買って貰っちゃった」
「ん? 王都を観光でもしたの?」
突然話し出された内容に何の事か首を傾げてしまう。すると横からエドが説明してくれた。
「クロード様のご配慮で王都で楽しい思い出でが作れればとの事らしいよ。ご家族と警護の隊員とで王都を案内したんだ」
子供達はニコニコと楽しそうにその時の事を話してくれる。皆一斉に喋るからよく聞き取れなかったが、楽しい思い出が出来たようなのは明らかだった。クロードが自ら言い出し、迅速に予算まで取り付けて実現したそうだ。
しばらく話をしていると、子供達が親に呼ばれてパタパタと走って離れていく。本当に出発間際だったらしく、そのまま馬車へと乗り込んでいった。
「おねーちゃん、またねー」
「今度は一緒に遊ぼうねー」
馬車の窓から身を乗り出してこちらに手を振り続ける子供達にアーネも手を振って見送る。最後まで笑顔の子供達を見るとこちらまで笑顔になってしまう。
事件に巻き込まれてしまったが、また王都に来たいと思ってくれて良かった。アーネだけでなく見送りの隊員達も馬車が見えなくなるまで見送るのだった。
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