第30話 宣言

 エドは今、王国騎士団の総隊長室に書類を届けに来ていた。


 総隊長は父であるジェイルが務めている。親子であっても仕事中は上司と部下の関係だ。いくら普段からちゃらんぽらんな父で、部屋には二人しかいないようでも礼儀を忘れてはいけない。


「よし、この件はこのまま進めて構わない」

「はっ、ありがとうございます」


 判を押された書類を受け取ると、ジェイルはからかうような目を向けてきた。


 エドは上司と部下としての境界線を守るつもりだが、ジェイルにはそんな気は全くないらしい。ニヤニヤしているのが腹が立つ。


「ところでエド、お前アーネ様に何かしたのか?」

「はい?」

「クロード様がお前とのお茶会の事をアーネ様に聞いたら真っ赤になって何も言わなかったと…。先日、ウィルづてに話を聞いてな」


 そう言われて、あの日の出来事がエドの脳裏に甦る。自分を意識してもらうため少し積極的に動いてみたのだが…真っ赤になるアーネは可愛かった。リスみたいに頬をパンパンにしてマカロンを頬張る姿もとても可愛かった。


 そう思い返しながら問われた質問へ答える。


「まぁ…お菓子を食べさせあったり、半分こして食べたりしただけですよ」

「お前っ…! いつの間にそんな積極的になってんだよ」


 あの日は、もう少し意識してくれないかとつい調子に乗ってしまい、あの綺麗な金髪に口吻をしてみたりもした。さらさらの髪からは良い匂いがして離しがたかった。最終的には逃げるようにお開きとされたが、少しでも意識してくれたようで何よりである。


「アーネを守るためには傍にいるのが確実ですからね」

「あぁ、誘拐事件のせいか。しかし…嫌われるような事はするなよ?」

「ご心配なく。その辺は見定めながら試行錯誤しております」


 予想外の答えだったのかジェイルは少し言葉を詰まらせた。


「……そのうちクロード様からも聞かれると思うぞ」

「もちろん事実をお話ししますよ。アーネに振り向いてもらうためには努力を惜しみません」


 ジェイルの生暖かい目に見送られながら総隊長室を出る。話しの最後にクロードへ書類を届けるよう頼まれた。


 これは元々クロード様からのお呼び出しがあったに違いない。親として事前に確認したかったという事だろうか。


 議会や謁見室などを通り抜け、総隊長の許可証を見せ厳重な警備の先へと進む。王都警備隊の役職もないただの一隊員であるエドでは、普段ならここまで来る事は出来ない。誘拐事件の報告の際もこうして総隊長の許可証を使用したのだ。


 重厚な扉の前でもう一度許可証と身分証を見せクロードの執務室へと入る。


「クロード様、ジェイル総隊長より書類をお預かり致しました」

「あぁエドか。今は俺とウィルだけだから楽にしてくれ」


 兄のウィルがクロードの代わりに書類を受け取った。その際に見せた笑顔は、はたから見れば柔和かつ爽やかと言われるだろう。しかし、弟であるエドには分かる…これは人をからかう時の顔だと。というか、ついさっきの父の顔と若干似ているのがこれまた腹が立ってしまう。


 これはやはりお茶会の事での呼び出しか…兄も何かあったのは勘付いているようだ。内心やれやれと思っているとクロードが予想通りの質問をしてきた。


「ところでエド、この間のお茶会でアーネと何かあったのかい?」

「アーネは何か言っていたのですか?」

「お前の話が聞きたいんだ」


 クロードが笑顔でエドを見るが、笑顔なのに威圧感がすごい。さすがは王たる者の威厳と風格といったところだろうか。聞いてきた内容が溺愛する妹の事なのは何とも言えない残念感があるが。


「アーネにお菓子を食べさせてもらったり…あとは半分にして分けあったりしただけですよ。あぁ他に髪に触れたくらいですかね」


 アーネに食べさせていたのは、お茶会初日からしていたので今回だけではない。髪にはキスしたが唇で触れたのだから言い方は間違ってはいない。言葉と内容を選んで答えたつもりだ。


「お前っ、急に積極的になりすぎだろ!」

「それ先程父にも言われました」

「エド…アーネ様に嫌われないようにしなさい」

「それも父に言われましたよ、兄上」


 しれっと答えて見せたエドに、クロードは厳しい目を向けてきた。


 俺の気持ちを昔から知っていながらも、この方がアーネと会うのを今も邪魔しないという事は少しは期待してもいいのだろうか。それとも俺がいつまでも踏み込めないとタカをくくっているのだろうか。


「いい機会なので言わせて頂きます。俺はアーネの事が好きです。ずっと彼女の一番傍で守っていきたいと思っています。俺の気持ちに応えてくれるよう全力を尽くすつもりです」


 エドは、クロードの目を真っ直ぐに見据えてはっきりと宣言した。


 お互い真剣な表情のまま目を逸らさない。そして、長い長い沈黙の後、ため息をついたのはクロードだった。


「はぁ……お前が信頼できるのは分かっている」

「ありがとうございます」

「……アーネの嫌がる事をしたらただじゃおかないからな」

「ギリギリを見極めて攻めていくのでご安心を」

「安心出来るかっ!」


 エドとしては一応オブラートに包んで答えたつもりだったが、間髪入れずにクロードのツッコミが入った。エドが口を開くより早く次の言葉を発したのはウィルであった。


「エド、頑張りなさい。母上が早く義理娘むすめが欲しいと言ってましたよ」

「兄上も義理妹いもうとが欲しいと言っていましたね。誠心誠意全力で努力します」

「お前ら、もう黙れっ!」


 こうして俺は、一応クロード様に認められたのであった。

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