第28話 疑惑
「なぁウィル。アーネの事だが…どう思う?」
「そうですね…やはりクロード様の見解が正しそうです」
「だよなぁ。あの差し入れ…一人で作れる量ではないよな」
「えぇ。竜騎士団や王都警備隊にはカートに山盛りで持っていかれたそうですよ。美味しかったといまだに話題になっているようです」
「はぁ…」
ウィルと二人だけの執務室でクロードは頭を抱えた。可愛い妹の事を思いだし小さくため息をつく。
──アーネは魔力が使えている。
そんな疑問を持ったのはアーネが城へ来てすぐの頃だ。日々鍛えている王都警備隊の男と互角に撃ち合ったあげく木剣を折ったらしい。ぽっきり真っ二つにしたとはどんな怪力なのだ。
後日その木剣を回収して調べて見たが不具合もなく、そう簡単に折れるとは考えられなかった。
しかも、その後の手合わせでも全勝したらしい。警備隊の中でも屈指の腕前を誇るエドとも堂々と撃ち合ったそうだ。
そんな事17歳の女の子には到底出来るはずがない。いくら強くても男女の筋力の差からまともに撃ち合うのは難しいだろう。あの細腕で木剣を折るとは…どう考えてもあり得なさすぎる。
そして極めつけが、先日の大量の差し入れだ。たった一人で作ったそうだが、あの量は異常だ。朝食の後から厨房に籠って昼前までの数時間で作るとは絶対に無理だろう。下拵えまで完璧にこなしていると分かる旨さだったのに。
本人は魔力が使えるのを隠しているようなので問い詰めはしない。北方へ行く際に付けられた魔力を封じる腕輪は何らかの不具合を起こしたのだろうか。俺としてはそれならそれで構わないが周りはそうはいかないだろう。本来あの腕輪は、国の驚異になるほどの魔力を封じ込めるためのものなのだ。
「ウルマ軍撃退の詳細はあまり知られておりません。11年前の事ですからアーネ様が当事者だったと思う者も少ないはずです。屈強と名高い北方へいた事から剣の腕が優れているのも不審には思われていないでしょう」
「だが、年寄り連中は感づくかもしれない」
「それでも証拠がある訳ではないです」
「……」
ウィルの正論は分かるが頭では不安ばかりがよぎる。万が一またアーネが窮地に立つ事にでもなったら…。
「何かあれば我々が動きます。父も私も昔と違い力を付けました。弟も役に立つでしょう」
「…悪い。弱気になった」
「いいえ。我々はアーネ様だけでなくあなたにも幸せになって頂きたいのですよ」
珍しく素直な事を言う親友に、クロードは、ふっと笑い窓の外を見た。どんよりと曇っている空はまるで自分の心境を現しているようだ。
「そういえば、エドのやつはまだ諦めてないのか? 頻繁にアーネと会っているそうだが、友達…もしくは戦友としか見られてなさそうだぞ」
「さて、どうでしょうかね。むしろこの間の事件でふっ切れたかもしれません」
曖昧な言い方をしてくるウィルに思わず半眼になる。
「おい、それは諦めたという意味だろうな?」
「さぁ? アーネ様の傍に安心できる護衛が出来るというのはいい事ではないですか」
「その護衛が安心できないんだよっ」
エドの強さは認めている。一途にアーネを想い続け、アーネを守るために力を磨き続けているのも分かっている。あいつは付き合いも幅広く、こちらに有益な味方を多く集めてくれているのも正直助かっている。だが、可愛い妹を持っていかれるのは癪に障る。
「……確か今日はエドと恒例の手合わせをすると言っていたな」
「アーネ様は身体を動かすのがお好きなので張り切っていそうですね」
「その後のお茶会の方が心配なんだがな」
「はて、何の事でしょう」
「アーネから聞いているから知ってるぞ」
アーネとエドは手合わせの後、必ずお茶会をしているそうだ。そんな事は今までウィルからもジェイルからも聞いていない。こいつらは絶対故意に黙っていたのだろう。エドとは直接会う機会が少ないのでアーネに聞くまで知らなかった。というか、今朝初めて聞いて驚いた。アーネが楽しそうに話すのでダメだとは言えなかった。話す内容が美味しいしお菓子についてだけなのはエドに同情しなくもないが。
「先に行っておきますが本日中に処理しなければいけない未決済の書類が溜まっております。私が不在の際は、見張り…ではなく、補佐を数人付けますので頑張って終わらせて下さい」
「見張りって……お前正直過ぎるぞ…」
机の上に山となった未決済の書類が置かれていく。お忍びで出かけた事に対する仕返しも含まれている気がしないでもない。
「あぁ、誘拐された子供達のケアのためにこちらの書類も今日中にお願いしますね」
「それが一番優先事項だな」
被害者の子供達は、怪我も何もなくすぐ家族と再会できた。しかし心のケアは必要だろう。王都の観光ややりたい事を上手く聞き出し、家族と共に楽しんで貰おうという案を押し切った。国庫を使う事に反発はあったが、丁寧に説得を続けたおかげで納得はしてもらった。各部署でまとめられたこの書類をチェックすれば費用は問題なく下りるだろう。
「………しかし…今日中に終わるのか、この量は?」
「クロード様は大変優秀で有能な王であらせられるので深夜までには終わるでしょう」
「アーネとの夕食までには終わらせるっ!」
「それはこちらも助かります。終わるまではここから出れないと思って下さいね」
有無を言わさぬ爽やかな笑顔のウィルを見て、クロードは諦めて執務に取りかかるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます