第27話 差し入れ

 誘拐事件から五日後…ようやく兄から部屋の外に出る許可が下りた。別に具合が悪い訳ではなかったので暇で暇で仕方なかった。兄から貰った本も既に二回は読んでしまった。


 イヴァも見舞いに来てくれたが、庭に出ようとしたら鼻でぐいぐい押して部屋へ戻された。皆、過保護過ぎる。


 誘拐された子供達は、しばらく王都に滞在する事になったらしい。怪我はないようだが、経過観察として完全に元気になるまでは家族と一緒に王都にいるそうだ。王都警備隊の面々ともすっかり仲良しらしく駐在所での聞き取りも協力的だそうだ。会えるものならもう一度会いたいものだ。


 さて、出歩けるようになった今、私は一つの厨房を借りきっていた。迷惑をかけたお礼とお詫びに差し入れを配るのだ。材料は、リリーに頼んで事前に買って貰っている。たくさん材料を揃えてもらったので皆に行き渡るだろう。フローベリアで狩った魔物の素材や毛皮などを売ってお小遣い稼ぎをしていたからそこそこお金はあるのだ。


「ふんふふーん♪」


 鼻歌を歌いながら魔力を使って作業を進めていく。リリーも閉め出して鍵をかけて籠っているので魔力使い放題だ。


 パウンドケーキを焼き、クッキーを焼き、マフィンを焼き…焼き菓子が多いのは魔力で作った炎で一気に焼けるからだ。火力調整もお手のものである。こうでもしないと、オーブンだけでは時間が足りないのだ。


 昼食にもなるようにサンドイッチもたくさん作っていく。風を操り次々とパンに具材を乗せていく。もちろん風でパンがパサつかないようにも注意する。平行して魔力の炎でベーコンやチキンを焼いていく。ミートパイにも挑戦してみた。挽肉は特別調合のスパイスで味付けしてみた。


 食材や調理器具が宙を舞い、勝手に動く様は誰かが見たら腰を抜かすだろう。下手すればポルターガイストだ。


 そうして、ものすごい量の差し入れがたった数時間で完成した。


 竜騎士団や王都警備隊にお礼を言いながら差し入れを配りに行く。量が多いので厨房を何往復かしたが…そりゃ、カートに山盛りの差し入れがあれば皆、驚くよな。いろんな人が体調を心配して声をかけてきてくれたので騒がせて本当に申し訳ないと改めて反省した。


 城の外には勝手に出れないので、王都の駐在所にも届けてくれるようお願いしておいた。子供達の分もお菓子の包みを準備したので渡してくれるようお願いしたら、快く引き受けてくれた。


 そして今はクロードの執務室に向かっていた。側近のウィルはもちろんだが、エドも執務室にいるらしい。役職ではない一隊員のエドがクロードの執務室にいるのは、誘拐事件の報告をしているとの事だそうだ。犯人の大半を一人で倒したため、後処理もエドが担当しているらしい。


「兄さん、今少しいい?」


 ノックをしてから中を伺うと三人はお茶を飲みながら書類を広げていた。


「アーネ? もちろんだ、おいで」

「お邪魔します…」


 国王の執務室という場所に緊張しながら、空いていた兄の横へと座る。ウィルが書類を片付けて、エドが紅茶を入れてくれた。使用人を呼ばないのは見られてはまずい書類が多いからだろう。


「急にどうした? 兄さんに会いに来てくれたのか?」


 ニコニコと良い笑顔の兄はスルーしておく事にした。


「えっと、皆にお礼も兼ねて差し入れを作ったから配ってて。これ…迷惑かけてすみませんでした」


 三人に向かって頭を下げた後、持っていたバスケットをテーブルに置く。


「厨房を貸しきったとは聞いていたが…」

「アーネの手作りっ…!」

「良い匂いですね」


 ずっしりと大きなバスケットの中身は、マスタードが効いたベーコンサンドや甘辛く味付けたチキンサンドにタマゴサンド。種類が豊富な焼き菓子も持ってきている。


 チキンサンドは、屋台で兄さんと食べたアレを真似してみた。ちなみに身体強化をして抱えていたので腕への負担は全くない。


「すごいな…アーネ一人で作ったのか?」

「うん、たまにフローベリアでも作ってたから慣れてるし」

「すごいですね。とても良い匂いです」

「出来たてだからね。王都警備隊と竜騎士団にも配ってきたよ」

「すごい…美味しそう…」

「辺境警備隊の皆も美味しいって言ってくれたから食べれなくはないと思うよ」

 

 そうして、そのまま四人で昼食を取る事になった。お茶を飲んでいたのでちょうどいいからとの事だ。


「このベーコンサンド、マスタードだけでなくオリーブがまた良い味を出してますね」

「ミートパイも旨いな。スパイスの効いたひき肉がサクサクのパイに合う」

「…………」


 クロードとウィルは評論家のような事を言い合いながら食べていた。エドは幸せそうに無言で食べ続けている。そんなにお腹が空いていたのだろうか。仕事が忙しくて食べる暇もないとかなら可哀想だ。


 いっぱい持ってきていたが、三人とも気持ちの良い食べっぷりであっという間に完食してくれた。


「アーネ、どれもすごく美味しかった!」

「御馳走様でした。アーネ様、とても美味しかったです」

「アーネ、今回は仕方ないが野郎共に手料理なんて次からは絶対にダメだからな!」

「兄さん…。厨房貸し切るなんて簡単に出来ないから、そうそうやらないよ」


 訳の分からないクロードの発言に苦笑してしまう。ウィルとエドがちょっと残念そうなのはどうしたのだろうか。きっといつものシスコンぶりに呆れているのだろう。


 その後片付けをしながら、イヴァ達、竜のために狩りに行きたいと相談したらクロード、エド、ウィル、三人揃って全力で止められた。竜達へのお礼はまだまだ、先になりそうだ。

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