第26話 その後

 誘拐事件から二日が経った。


 あの日、クロードに連れられて城に戻ったアーネは、すぐに医師の診察を受ける事となった。殴られた脇腹は見事な青あざになっていた。殴られた本人だけがあっけらかんとしていたが、周囲は大いに大騒ぎする事となった。主にクロードが凄かったが、医師にうるさいと叱られていた。


 このおじいちゃん医師は、王族主治医らしく私も小さい頃お世話になった事があるらしい。シスコンだがれっきとした国王であるクロードを一喝したのも私達を小さい頃から知っているからだろう。


 診察の後、自室に戻りクロードに一部始終を話した。油断していた私が悪いのに、何度も何度も謝られてしまった。私が迂闊に路地に入って、勝手に攫われたのだと言っても納得しない。挙げ句の果てには、しばらく部屋で療養するよう厳しく言われている。青あざ程度で療養とは大袈裟すぎる。


 あの時魔力がすぐに切れたのはやはり眠り薬のせいだったようだ。薬が残っていたのか頭がクラクラしていたので、集中出来なかったのだろう。一眠りして元通りに戻ったので安心した。体調が悪いと魔力を巡らせられないというのは初めて知った。今まで体調が悪い時に使う事もなかったからだろう。


 昨日はベッドから出るのを禁止され一日中ごろごろしていたが、今日は部屋の中なら起きててもいいと言われている。もちろん素振りは禁止だが。エド達がお見舞いに来てくれるそうなのでちゃんとお礼とお詫びをしなければ。


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(sideクロード)


 俺は今、執務室で例の誘拐事件の報告書に目を通していた。犯人である6人の男達は、ウルマに子供達を売ろうとしていたが、ウルマから依頼があった訳ではないそうだ。人身売買は腹立たしいが、国際問題にはならなそうでホッとした。


 助け出されたアーネの無事な姿を見た時は泣いてしまうかと思った。城に戻って、怪我をしていると分かった時は生きた心地がしなかった。


 一人にしてごめん。怖い思いをさせてごめん。痛い思いをさせてごめん。お忍びで連れ出したせいでごめん。抱きしめながら何度も何度も謝った。


 アーネは笑っていたが、ここまで俺が心配したのには理由がある。幼少時、俺達兄弟の中の誰よりも命を狙われていたのはアーネなのだ。この事をあの子は知らないだろう。敵対派閥に取り込まれ、大いなる脅威になるのならば早々に消してしまおうという輩が多かったのだ。今でこそ落ち着いたが、万が一の事があったのではないかと思ったのだ。


 あの怪我ではしばらく部屋からは出せないな。きっと退屈しているだろうから本でも見繕ってやろう。


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(sideエドワード)


 住人と玄関で話をしていると、家の奥から大きな物音が聞こえた。それを理由に、強引に室内へと入り込んだ。争うような物音を辿った先で見たのは脇腹を殴られ倒れ込むアーネの姿だった。


 その瞬間、頭に血が上って男達を手加減なしで叩きのめした。殺さなかった事を褒めてほしいくらいだ。まぁ、アーネの前でそんな物騒な事はしないが。


 わざと明るい声を出すアーネに思わず抱きしめようとした。アーネは俺のそんな気持ちなど知らず子供達を心配して俺から離れていく。泣きじゃくる子供達を抱きしめ、頭を撫で慰めていた。弱さを見せずいつでも他人を優先する小さな少女が愛おしい。


 ふらついていたので抱き上げればその軽さに驚いてしまった。4人の男を相手にあんな勇ましい立ち回りをしていたとは思えない程、華奢だった。


 二度とこんな事にならないよう守りたい。アーネをそばで守るのは俺でありたい。誰よりも一番近くで守る事が出来たなら…。


 そう決意した直後に、クロード様からアーネを渡すよう言われた時は思いきり顔に出てしまっていただろう。だが、王都警備隊として自分のするべき事も理解はしている。それでも理性では納得出来ない。


 俺が城まで連れて帰りたかったのに…。


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(sideイヴァ)


 私の可愛いあの子が消えたですって!?


 その話を聞いて私はすぐに王都に飛び立った。他の竜達が探す少し上空であの子の魔力をくまなく探す。


 どういう事! なにも感じない! あの力強く凛とした美しさを感じない! あの子はどこへ行ってしまったの!


 あの子の事は生れた時から存在を感じていた。大きく光輝くような魔力は離れていても分かる程だった。あの子が少し大きくなって初めて会いに行った時は、圧倒的な魔力に畏怖さえ感じた。本当はひれ伏すべき存在として従いたいが、共に過ごすうちに我が子のように愛しくなっていった。


 あの子を殺そうと狙う多くの人間を切り刻んでもやった。殺してやりたかったが、まだ魔力制御の出来ないあの子がやっただとか周囲に勘違いされては困るから我慢した。


 今度も可愛いあの子に害をなすのならば腕の一本でもねじ切ってやる! 


 そんな時とある方向から強い魔力を感じた。


──あの子だわっ!


 反応はすぐに消えてしまったが場所は分かった。後は人間達に場所を知らせればいい。あぁ、早くあの子に会いたい。


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(sideリリー)


 アーネ様が…アーネ様が事件に巻き込まれてしまった!


 クロード様に抱き抱えられてお戻りになったアーネ様はすぐに医師の診察を受けた。殴られた脇腹は痣になっており、少しふらつかれてるようにも見えた。


 お着替えを手伝った際に見えてしまった痛々しい青あざに思わず泣いてしまう。アーネ様は平気だと笑っておられたが、ベッドへ入る際は、痣が痛むのか動きがぎこちなかった。


 犯人は何て事をするのだろう。あぁ犯人を同じめに…いえ、ボコボコにしてやりたい。


 しかし、私にはそんな力も権限もない。私は私の出来ることをしなくては。


 まずは、アーネ様が起きられたら美味しくて栄養のあるお食事を準備しよう。もちろん美味しいしデザートも準備せねば。

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