第22話 事件①
「うっ……」
何かの物音でアーネは目を覚ました。霞がかったようで頭が重い。
(ここは……)
視線だけで周囲を見れば、辺りは暗く窓もないので何も見えない。床に転がされているアーネは、後ろ手に縛られていた。ぼーっとする頭を必死に働かせここに来る前の事を思い出す。
(……そうだ。落とし物を届けようとして路地に入ったら突然後ろから何かを嗅がされたんだ)
きっと眠り薬だろう。一瞬で寝てしまうくらい強力だったせいか頭がクラクラする。とりあえず横になったままだと床が冷たく体も痛い。何とか起き上がり壁にもたれ掛かる。
「……あの…大丈夫?」
「っ!」
「お、驚かせてごめんなさい。辛そうだったから」
人がいるとは思わなかったので驚いてしまった。話しかけて来たのは声色から女の子だと判断出来た。暗いので姿はよく見えない。彼女は声を頼りにアーネの隣へと寄ってきた。なんとなく他にまだ人の気配があるので他にも数人いるんだろう。
「あの、ここがどこだか分かりますか?」
「ごめんなさい…私も分からないの」
隣の少女が呟く。どうしたものかと思っていると部屋の隅から声がした。
「…おじさん達がウルマに売るって言ってたよ」
「…ぼくも聞いた。ウルマの商人に売るって」
「………」
「まさかっ!? 人身売買は重罪なのにっ」
驚きで一気に目が覚めた。この国では奴隷や人身売買は重罪だ。しかし悪党はどこにでもいる。絶対にあり得ないとは言い切れない。ウルマに売るという事は足がつかないようにするためだろう。ウルマでは人身売買が暗黙の了解で密かに行われていたはずだ。
ここにいるのは声を聞いただけでも私を入れて最低4人…声だけでは分からないので、まだいるのかもしれない。魔力を使って脱出するにしても犯人の数や今いる場所も分からない。風で探ろうにも勘づかれたらここでは逃げ場がない。今、行動に出るのは危険過ぎる。
寝ていた時間は分からないが一日二日ではウルマに着けない。ここはまだヴィッテル国の中だろう。馬車の中でもないしどこかの建物の地下室だろう。逃げ出すチャンスはまだある。今は情報を集めながら、この子達を守らねば。
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その頃、クロードは王都内にある王都警備隊の駐在所にいた。次々と隊員達に指示を出し集められた情報を整理していく。
あの時、飲み物を買っていると運悪く巡回中のエドに見つかってしまった。アーネと二人だけでお忍びで来ている事がバレてしまい小言を言われながら護衛をすると付いてこられてしまった。
しかし広場に戻るとアーネの姿がない。アーネと離れてまだ10分も経っていないはずなのに。勝手にどこかへ行くような子ではないし、誰かに付いていくはずもない。もし何かあれば俺に声をかけにきたはずだ。
周囲に聞き込みをすると鮮やかな金髪の少女が路地へと入っていくのを見たという者がいた。この国で金髪はほぼいないからアーネで間違いないだろう。教えられた路地へと入るが誰もいない。裏路地も探してみるが木箱が積まれていて行き止まりだ。どちらの道も隠れるような場所も建物へと入る扉もない。木箱の山は裏口を塞ぐために王都ではよく使用するのでさほど気になるものではない。ほんの数分の間にどこへ行ったというのだ。
(まさか…そんなはずは…)
少し前に王都警備隊からあがってきたとある事件が頭をよぎる。
ここ二週間程、7~14歳くらいの子供達が次々と行方不明になっているのだ。子供達は皆、地方から王都へ来た者だ。王都へ慣れていない者を狙ったのだろう。それらしい目撃者もなく、家族から王都警備隊へ相談された時には数時間経っていたので情報も中々集まらない。そんな訳で王都警備隊では手を焼いていた案件なのだ。
「くそっ…!」
「クロード様、アーネは我々で探します。護衛を付けますので城へ戻って下さい」
「…いや、駐在所へ行く」
「クロード様…お気持ちは分かりますがあなたはこの国の王なのですよ」
「だから俺が動くのだろう。誘拐事件絡みであれば失踪直後の今、犯人を辿れる可能性が高くなる。すぐに検問を強化し全ての荷物を改めさせろ。エドは城へ行って兵の増員、竜騎士団での王都周辺の警戒を指示してこい」
クロードは、一息で指示を出しすと踵を返して足早に駐在所へと向かう。その背からは怒りがありありと感じられた。しかし、それを抑えての冷静な判断には王としての風格がにじみ出ていた。
エドは、そんなクロードを追いかけながら小さく息を吐いた。
「越えるべき背中は大きいな…」
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