第21話 お忍び

 あれからエドとは手合わせを何度かしている。手合わせ後のお茶会は、もはや習慣化していた。


 身体強化をかけてもどうしても手が痺れるため、いつも食べさせて貰っている。男女の力の差が恨めしい…。二回目からお菓子が全て一口サイズに変わったのはこれを見越してだろうか。見た目も可愛いし、食べやすくて美味しいなんて凄すぎる。


 お茶会では、エドが王都の話をよくしてくれた。たくさんの種類が売っているお菓子屋や出来立てを提供するお店があると聞き、王都へ行った事のないアーネは興味津々だった。可愛い小物が売ってたり武器屋があったりとたくさんの店があるらしい。フローベリアでは小さな食堂と生活必需品を売る店くらいしかなかったのだ。




「ねぇ、リリー。王都は楽しい?」

「え? は、はい。市場や屋台、旅芸人などでいつも賑わっておりますよ」

「ふぅん。いいなぁ…」


 部屋で寝支度を整えてくれるリリーに問いかければ、気になる言葉が返ってくる。旅芸人など聞いた事しかない。よほど行きたそうな顔をしていたのか、わざわざ手を止めたリリーがこちらに向き直る。


「あの…アーネ様、城の外に勝手に出てはなりませんよ?」

「うん、分かってる」


 一応王族なので城外に勝手に行くわけにはいかない。それはちゃんと理解している。でもとても気になるのだ。仕方ないので何日も図書室へ行き、本を読んで情報を得たりしてみた。知れば知る程、気になるだけだったが。


 そんなある日、お昼少し前にクロードが突然部屋へとやってきた。いつもと違い、とてもラフな姿だ。ラフな姿なのに絵になるから恐ろしい。しかし、朝出かけた時と違う格好だが、いつ着替えたのだろう。


「アーネ、今から出掛けるぞ」

「え? どこに?」

「それは着いてからのお楽しみだ。こっちから行くぞー」


 ぐいぐい引っ張られるようにして案内された先は、王都警備隊の敷地に程近い、とある部屋だった。なんと本棚の裏には、隠し通路があったのだ。ここへ来る途中、警備の兵に『夕方には戻る』と告げていたが仕事は終わったのだろうか。隠し通路という面白そうな事よりそちらが心配になってしまう。


「ねぇ兄さん、これどこに繋がっているの?」


 隠し通路は、薄暗いが意外と歩きやすく、かがむ事もなく普通に歩ける高さだった。私より背の高い兄さんでも普通に立って歩けている。通路は、ただ真っ直ぐの一本道で横道もない。


「もう少しで着くよ…っと、ここだ」


 通路の先にあったのは何の変哲もない扉だった。そこを開けると、むわっと酒の匂いが鼻をつく。ここは酒蔵だろうか。たくさんの酒樽やワインが所狭しと置かれている。


 クロードが慣れた足取りで酒蔵らしき部屋を出て階段を上がる。後について行けば、そこは賑やかな酒場だった。昼時という事もあり多くの客で席は埋まっている。クロードは店主らしき男に何かを話しかけに行った後、アーネの手を引き店の外へと連れ出した。


「えっ……?」


 一歩外に出た瞬間、思わず息を飲んだ。そこはたくさんの人で賑わっていたのだ。


「驚いたか? 時間は少ないが王都を見て回ろうと思ってな」

「えっ…お城があそこに。えっ、ここ王都?? えぇ!」

「驚いてるアーネも可愛いなぁ」

「人がいっぱい! お店もたくさん! すごい!」

「俺の妹が世界一可愛い…」


 突然の王都に驚きはしたがそれ以上に活気溢れる街の様子に釘付けになる。迷子になると思われたのか、クロードに手を引かれたまま歩くもきょろきょろしてしまうので人とぶつかってしまう。


 キレイに整備された道、食堂や宿屋、本屋に雑貨屋にパン屋…遠目に見える広場からは音楽が聞こえてくる。目に映るもの全てが気になってしまう。


「しまった…予約をしておけばよかった」

「どうしたの?」


 立ち止まったクロードに気付きそちらを見るとカフェらしきお店の前だった。行列がすごい。甘い匂いからすると以前エドから聞いた出来たてのお菓子が食べられる店かもしれない。


「ごめん、アーネ。そんなに時間がないから並べそうにない」

「そんな、気にしないで。あ、それなら屋台に行ってみたい。フローベリアにはなかったし。お昼ご飯にもちょうどいいんじゃないかな」

「そうか? 屋台なら市場の辺りがいいだろうな。ちょうどここからすぐだ」


 そうして屋台が多く建ち並ぶ場所までやってきた。二人で色んな屋台を覗き、気になる物を選んで買った。空いていた簡易テーブルを見付けそれらを並べる。甘辛く味付けした肉をパンに挟んだもの、海の幸山の幸の串焼き、一口サイズの揚げドーナッツ、冷たい果実水…アーネにとっては珍しいものばかりだ。


「うわぁ、このお肉甘辛くてパンに合う」

「こっちも旨いぞ」

「本当だ!」


 どれも美味しくて、あっという間に食べてしまった。お城のご飯も美味しいが、こういうご飯もとても美味しい。いつか違う屋台の料理も食べてみたい。


 その後二人は市場を見たり、雑貨屋を見たりと色々な場所へ連れて行ってくれた。視察などで王都に来る事があるらしく、そこそこ知っているとの事だ。


 もう少しすれば夕方になろうかという頃、最後に休憩してから帰ろうという事になった。広場でベンチに座り飲み物を買いに行ってくれたクロードを待つ。


 行き交う人々を眺めているだけでも楽しい。地方から来たのか珍しい服装の人もちらほら目に入る。すると、ふとフードを被って杖をつく老人に目がいった。その老人は路地へと入って行く際、何かを落とした。それに気付かないまま奥へと行ってしまう。


(大変、渡しに行かなきゃ)


 アーネは迷うことなく走り出した。老人が落としたハンカチを拾い路地へと入って行く。しかし老人が見当たらない。裏路地があるからそっちに行ったのだろう。裏路地へと進み、突き当たりを曲がるとどこかの家の裏口らしきものが目に入った。老人はこの家へ入ったのだろうか。その瞬間、突然背後から羽交い締めにされ口に布を当てられる。


(しまった)


 そう思った時には既に遅く、アーネはそのまま意識を手離した。

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