第19話 帰郷

「姫さん、見えてきたぞ」

「アルベルト隊長、付き合わせてしまってすみません…」

「なぁに、こいつの散歩ついでた」


 今アーネはイヴァに乗りフローベリアへと来ている。荷物整理と挨拶に来たのだ。ウィルがクロードの補佐で外せないため、付き添いは竜騎士団隊長のアルベルトとなった。一人で行けると言ったのだが、クロードがよしとしなかったのだ。相変わらず過保護過ぎる。



 約一ヶ月ぶりの砦が懐かしい。もう雪が降る時期ではないから、あとは積もった雪が溶けるのを待つだけだろう。ここでは遅い春ももうじきだ。


「イヴァ、乗せてくれてありがとう。午後には帰るからまたよろしくね」

(もちろんよ。あなたを乗せたのは久しぶりだから嬉しかったわ)

「イヴァー、大好き!」

(私も大好きよ。私の可愛い子)


 つい感極まって、顔を寄せてきたイヴァの鼻先に抱きつく。なぜかアルベルトの相棒竜のジークも背中に顔を寄せてくる。ジーク、アルベルト隊長にしてあげなよ。


 辺境警備隊の隊長であるゼフの執務室にアルベルトと共に向かう。ゼフとアルベルトは、アーネが北方へ送られた経緯も魔力の事も全て知っているそうだ。突然王城へ移り住んだ事にも内情を察してくれていた。案の定、ゼフもアーネがこれから王城で王妹としての生活をする事に何も驚かなかった。



 アーネは幼少時にフローベリアへと移り住み、少し大きくなってから、ゼフに色々な話を教えられた。兄達の後継者争いや父の事、今の王城の様子などもその話の内だ。そのおかげで自分の幼い頃の状況を詳しく理解する事が出来た。


 あの時は気付けなかったが、元々ゼフは兄からアーネの事を任されていたのだろう。色々な知識を身に付けさせ、何かと手を焼いてくれていたのを覚えている。幼いながらにたった一人でフローベリアへやってきたというのに、寂しさで泣く事もなかった私を心配して、ふわふわのテディベアをくれたりもした。泣いても状況は変わらないと思っていた可愛げのない子供だったのは早々にバレたが。


 しばらく三人で会話をした後、アーネは一人で自室の荷物をまとめていた。私物はほとんどない。数少ない服をまとめ、幼少時に持ってきていた思いでの品々をまとめるだけで荷造りは終わってしまった。ゼフから貰ったテディベアもしっかり荷物に入れてある。本は図書室へ返したし、化粧もしないので元々持っていない。武器類は持って行きたいが支給品なので返品した。


 きっちり掃除をして、部屋を見渡す。殺風景になった部屋を見ると何となく寂しさを感じる。11年間お世話なった部屋を脳裏に焼き付けるように見渡した後、静かに部屋を出た。


 お昼御飯に食堂へ行くと遠くからでも分かるほど、いつも以上に賑やかな声が聞こえてきた。ひょっこり顔を覗かせれば、そこはたくさんの料理が並び隊員達が待ち構えていた。


「おっ、来たな」

「アーネの送別会だぞ!」


 いつもより人を見かけないと思ったらこの準備をしていたようだ。見張りがあるので交代交代ではあるが砦の全員が来てくれたのには驚いた。


「アーネ、元気でな」

「王都では暴れんじゃねーぞ」

「いっぱい食って風邪ひくなよ」

「家族と暮らせるようになったんだって? 良かったな」

「いつでも遊びに来いよ~」


 隊員達はアーネの身分を知らない。ここへ来た時から一人の隊員として扱ってくれている。剣など握ったこともない子供に一から剣術を教えてくれた。子供だから、女だからと差別せずに森の魔獣に出会っても生き残れるように鍛えてくれた。


 短い夏には庭でバーベキューをして疲れてそのまま外で眠ったりもした。雪かき当番を賭けて手合わせをして、ゼフにしこたま怒られ結局全員で雪かきをした。アーネが作ったお菓子やご飯を美味しいと言って食べてくれた。思い出は、数え切れない程ある。


 よく乱暴に頭を撫でられ髪をぐちゃぐちゃにされたが、いつだってその手には優しさが込められていた。今までの思い出が次々と思い起こされ、胸がじんと熱くなる。震えそうになる唇で何とかお礼を口にするので精一杯だった。


「……今まで…ありがとう…ございました……」

「何か嫁に出す気分だ…ちくしょう…」

「隊長、泣かないで下さいよ…俺達まで…うぅ」

「アーネ~…ぐすっ…幸せになれよぉ~」


 結局昼食は、暑苦しい隊員達の泣き声を聞きながら食べた。辺境警備隊の定番である具材たっぷりのシチューも煮込んだお肉もとても美味しかった。


 食後すぐに帰る事となっていたが、その時に、不格好な手作りの栞や木彫りの熊のお土産を貰い目頭が熱くなった。なぜ熊なのかと聞いたら「アーネはよく熊を狩るから」と言われ皆に大笑いされた。失礼過ぎて涙も引っ込んでしまった。食料確保は北方の重要課題だというのにとんだ言い草だ。


 名残惜しい気持ちを胸に、イヴァの背に乗る。ふわりとした浮遊感を一瞬だけ感じれば、あっという間に地面が遠くなる。


「また遊びに来るねーー!」

「おう、待ってるぞー」

「アルベルト、道中アーネをよろしくな」

「おうよ。兄貴も元気でな」


 アーネに遅れて飛び立ったアルベルトにゼフが話しかける。その内容が聞こえたアーネは、つい叫んでしまった。


「ええぇぇー! ゼフ隊長とアルベルト隊長って兄弟なのっ!!」


 あれ、私だけが驚いている。えっ…知らないの私だけなんだ。というか、皆して残念なものを見るような目で見送りしないでほしい。さっきまでの感動はどこへ行ったのだ。確かに二人の…何というか……脳筋的な所は似ている。


 王城へと帰る道中もついジーっとアルベルト隊長を見てしまうのだった。

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