第18話 初恋と再会
エドは王都警備隊の制服のまま急ぎ足でダイニングへと向かっていた。
今日は、恒例の夕食会だ。公爵という身分を賜っている我が家だが、兄弟が成人した今でも時々こうして家族四人で過ごす時間を作っているのだ。
父とは職場が同じだが、総隊長と一隊員では基本接点はない。国王の側近である兄とはなおさら会う事は少ない。自分自身、仕事が忙しい時は、宿舎を使ったりもするので家に帰らない事もある。
ダイニングへと入ると既に家族全員が揃っていた。ラフな格好なので兄は今日休みだったのだろう。早くもワインを嗜んでいた。仕事で少し遅れてしまった事を謝り席へと着く。それを合図に使用人達が配膳を開始する。いつものように近況報告のような会話をしながら食事を進めていく。
食事も終わり、紅茶とデザートが出されると母が思い出したとばかりにこちらを向いた。
「そういえばエド、この間ようやくアーネちゃんに会えたのでしょう? どうだった久々の再会は? また一段と可愛くなってたのでしょうね」
「ぶっ…!」
危ない…紅茶を吹き出す所だった。
相変わらずこの母はのんびりしているようで痛いところを突いてくる。兄の心を抉るような絶妙な毒舌も絶対この母譲りだろう。
「あぁ、その日はアーネ様が普段と違う格好でな。エドのやつ赤くなってぼーっと見惚れてたり…いやぁ、笑いを堪えるのがつらかった」
「どうせまたアーネ様の前では緊張してろくに会話もしてないのでしょうね。ヘタレ過ぎて泣けてきます」
にやにやする父と見透かしたような兄にイラっとする。
俺は昔からアーネが好きだった。5歳下のお姫様は外出できる範囲に制限があるらしく人付き合いは最小限だった。彼女の周りは友達と言える子供が見当たらない。遊ぶのはいつも小さな庭で俺か兄、第二王子でアーネの兄であるクロード様…たまに第一王子や第三王子も来ていた。第一王子はともかく、実は第三王子もアーネを可愛がっていたのだ。派閥争いが激化すると会わなくなってしまったが。アーネ本人は幼すぎて覚えていないだろう。
その中でもいつも一緒に遊ぶのは比較的年の近かった俺とアーネだった。小さなアーネの手を繋いで兄達の後を付いて行ったり、こっそり魔力を使って遊んだり…結構お転婆なお姫様だった。いつからか、この小さなお姫様を守りたいと心から思うようになっていた。騎士になりたいと言ったのもアーネを守りたかったからだ。
しかし俺が11歳の時、まだ6歳のアーネは北方へと行ってしまった。手紙も出せず政治的関係から会いに行くのも許されない。いつか会える日を願い、日々力を磨く日々が続いた。
アーネが戻ってきたと聞いた時には、本当に嬉しかった。自分の事を覚えていてくれるのだろうか。
すぐに会いに行こうとしたが相手は王族、気軽に遊びに行くような事はできない。どうにか自然と会う手段はないのだろうか。
兄が何度もアーネの話をするのにはムッとしたりもした。国王の側近という立場上、アーネに会う機会もそこそこあるらしい。
王都警備隊の訓練にアーネが来ると父から聞いた時には、しばらく浮かれていた。ようやく…ようやく会えるのだと。実際は予定が合わず、巡回も揉め事があり会う事は出来なかったのだが。
訓練後に隊員達からアーネの話が頻繁に上がるようになったのも気に入らない。いつの間にか王都警備隊だけでなく竜騎士団や使用人、はては文官達までアーネに好意を抱いているから焦ってしまう。アーネは、昔とは違い、自由に城内を歩いているようだ。俺は、まだ姿すら見かけてはいないのに。
そしてようやくの再開を果たしたのがつい先日のお茶会だった。セッティングした父には、思わず礼を言ったが、ニヤニヤした顔が苛ついた。
当日の朝からそわそわしていた俺は応接室で待つ間も落ち着かない。そして部屋へ入ってきたアーネを見るなり固まってしまった。
(何だこれ…無茶苦茶可愛くなっているではないか)
『エド! 久しぶり! わぁ…すごく背が伸びたんだね』
無邪気な笑顔で近付いてくるのがまた可愛い。こういう所は子供の頃と変わらない。小さな足で一生懸命駆けてくる子供の頃の姿が重なる。
やばい、近過ぎる、可愛い。引きつりそうな顔を何とか繕う。
元々可愛かったが成長してさらに可愛くなっていた。さらさらの金髪はキレイに結わえられ、何だか良い匂いがした。ぱっちりとした青い目は子供の時のまま無邪気な光を宿している。紅をさした唇はふっくらとして触れれば柔らかそうだ。スカイブルーのワンピースがふわふわと揺れ、きゅっとした腰など折れそうなくらい細い。細身ながら女性らしい体型……いやいやいや。何を考えている、俺。
アーネのために準備した菓子は大層喜んでくれた。頑張って選んで良かった。アーネの好きそうな菓子を取り分けてやれば嬉しそうな顔で頬張っている。いや、もう可愛すぎるだろう。ずっと見ていられる。
アーネが父に菓子を差し出した時には、つい父を本気で睨み付けてしまった。乱入してくれたクロード様はさすがである。俺の気持ちを知っているからか、ちょいちょいこちらを牽制するように見てくるのはやめてほしいのだが。
『だめ? 向こうでは毎日訓練してたからこのままじゃ鈍っちゃいそうで…お願い』
上目遣いでこちらを見てくるアーネはもう破壊力が凄かった。可愛すぎて何の言葉も出ない。あの瞳に負けて手合わせを約束すれば、『大好き』と花が咲き誇るような可愛らしい笑顔で言われ、心臓が止まったと思った。いや、まだ死ぬ訳には行かないのだが。
「エド、アーネちゃんが好きならちゃんと言葉と態度にしないとダメよ」
「ある意味態度には出てると思うぞ? 残念な方向に」
「父上、うるさいです」
「周りにはまるわかりなのに、肝心のアーネ様に全く伝わってないのがまた滑稽ですよね」
「うぐっ…」
「困ったわぁ。アーネちゃんがエドのお嫁さんになってくれないと、この子初恋を拗らせたまま独身を貫き通しそうだわ」
「エド、男なら頑張らんか!」
「早くしないと誰かに持っていかれますよ。アーネ様はとても人気がありますから」
そんな事は嫌というほど分かっている。だが無理に距離を詰めて嫌われたくもない。
「そういや今度アーネ様と手合わせするんだろ? その後に茶会でもして親交を深めたらどうだ」
「まぁ素敵。いいわね、それ」
「クロード様には言いませんからデートの約束でも取り付けてきなさい」
(くそっ、言いたい放題言いやがって)
でも二人でお茶会はいい案だ。手合わせの後なら休憩と称して誘いやすいだろう。それならその日は休みにして時間を気にしないようにしなくては。
あの『大好き』は友としての好きだろう。少しずつこちらを意識させねば。うん、まずは休みを取ろう!
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