第16話 お茶会①
今日は朝からリリーがとても張り切っている。そして、アーネの目の前には三着の服が広げられていた。
「アーネ様、この中でお好みに合うのはございますか?」
一つは、白に近いアイボリーのシンプルなブラウスと膝より少し長い紺のフレアスカート。ブラウスには襟元や袖にレースがあしらわれているのでシンプルながらも女性らしい。
一つは、スカイブルーのワンピース。腰あたりに絞りが入っているが見た目ほど窮屈にはならないらしい。スタイルをよく見せてくれるそうだ。裾が僅かにふんわりしているのが上品さを醸し出している。
最後の一つは、鎖骨が見える程度に開いたアイスグリーンのトップス。スカートは布を重ねていき下にいくほどふんわりしているが色が黒なので大人っぽい雰囲気だ。
一通り説明されたがリリーの熱意がすごい。動きやすさ重視で、おしゃれとは無縁だったアーネには、正直よく分からない。
「リリーが選んでくれない?」
「まぁ! よろしいのですか! 本日はヴァンクリフ公爵と御子息様とのお茶会ですよね。それであれば大人っぽさを……いいえ可愛らしく仕上げるのも…」
ぶつぶつ言いながら真剣に悩み出したリリーについ苦笑してしまう。
ヴァンクリフ公爵とはジェイルの事だ。そして御子息とはウィルではなく、弟のエドの事である。以前約束したお茶会をする日なのだ。二人の休みが合う日を教えてもらい、今日に決まったのだ。それを知ったリリーがその日にスカートを着てみようと言い出し今に至る。
朝食までに選べなかったのでクロードには夕食の時にお披露目する予定だ。驚かせたいのでスカートを着るとは内緒にしている。おじ様達とお茶会をする事だけは朝食の席で伝えておいた。エドとも久々に会うと話したら、なぜか渋い顔をしていた。
さて今は王族居住区を出て少し歩いた先にある応接室へと向かっている。結局リリーが選んだのはスカイブルーのワンピースだった。髪はサイドを少し残して、あとはアップにまとめてある。しかも髪飾まで付けられた。さっとピンクの口紅までされている。ここまでするなんて聞いてない…。
あまり人に見られたくはないが城内なのでそこそこの人とすれ違う。視線を感じるのは似合わな過ぎるからだろう。もう嫌だ…帰りたい…。
しかし、この先には美味しいお菓子が待っている。おじ様達も待っているし本当に帰る訳にはいかない。すれ違う人と顔を会わせないようにしながら早足で歩き、何とか応接室へと辿り着いた。ここに来るまでで大分疲れた気がする。
リリーがノックをし、扉を開けて中へ入るよう促してくれた。おそるおそる中へと入れば、二人とも既に来ていたようで、こちらへとやってきてくれた。リリーは、隣の部屋で待機するそうで静かに去って行った。
「アーネ様、今日は随分可愛らしいお姿ですなぁ」
「おじ様。何か…侍女のリリーが張り切りまして…」
「いやはや立派なレディで驚きました。なぁエドワード」
ジェイルがにやにやしながら隣の息子に話しかける。
エドワードことエドは、夫人譲りの赤みがかった茶髪に翠の瞳をしている。無駄な筋肉はなく、王都警備隊の隊員だけにたくましい体つきだ。アーネより5歳年上で小さな時はいつも一緒に遊んでいた友達だ。
「エド! 久しぶり! わぁ~…すごく背が伸びたんだね」
11年ぶりに会った彼は、アーネより頭一つは背が高かった。子供の時は、ここまで差がなかったのに。思わず背を図るように近付くとエドの顔が引きつったように思えた。11年ぶりなのに馴れ馴れしかっただろうか。
「エド…?」
「あ……その…久しぶり」
「うん、11年ぶり。また会えて嬉しいよ」
嬉しそうに笑うアーネを見てエドの顔がじわじわと赤くなる。そんな挙動不審の息子に笑いを堪えながらも助け船を出すように、ジェイルがアーネを席へと誘導する。アーネのイスを引いてくれたのはエドだ。昔からさりげない気配りをしてくれるのだ。紳士な所はウィルとそっくりである。
「すごい! 見た事ないお菓子がいっぱい!」
「お約束通り王都のお菓子をお持ちしましたよ。張り切って選んだのはエドですが」
「エド、ありがとう! すごく嬉しい!」
「…それなら良かった」
エドが安心したようにふと微笑んだ。テーブルの上のお菓子は色とりどりで見た目にも可愛らしい。すぐにエドがいくつか皿に取り分けて渡してくれる。おぉ、紳士だ。父であるジェイルには皿だけ渡していたが。
「これは何?」
「それはナッツのタルト。蜂蜜でコーティングしてるから甘くて美味しいよ」
「本当だ。ザクザクしてほんのり甘くて美味しい! こっちは?」
「そっちは苺のムース。…苺も蜂蜜も好きだっただろう?」
「よく覚えてるね? ん、美味しい…!」
幸せそうに頬張るアーネの隣で、ジェイルがからかうような顔をエドに向ける。
「こいつは無駄に記憶力があるからなぁ、無駄に」
「父上、うるさいですよ」
「へーへー、お邪魔はしませんよ」
もぐもぐと口を動かしかながら、じゃれるような親子の会話を眺めていると、ふとジェイルがまだ何も食べてない事に気付いた。
「おじ様も一緒に食べましょう。これも美味しいですよ」
アーネは一口サイズの紅茶のフィナンシェをジェイルの口元へと差し出す。その姿は、どう見ても「あーん」のシチュエーションである。アーネ本人には深い考えはないのだろう。しかし約一名にとっては羨ましい…もとい許しがたい状況だろう。
絶対零度の瞳で父を睨むエド。それに気付かずニコニコとフィナンシェを差し出すアーネ。軽くカオスな状況である。ジェイルはそんな二人の様子に悪戯心が刺激され、ニヤリと笑う。アーネからしてみればダンディな微笑みだが、エドにとっては悪魔の微笑みにしか見えない。
ジェイルが口を開け、少し身を乗り出してフィナンシェを食べようとした瞬間………勢いよく扉が開いた。
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