第15話 秘密

 アーネは自室から庭の景色を眺めていた。晴れ晴れとした陽射しが木々を照らし続けている。時折吹き抜ける柔らかな風が髪や頬を撫でていき心地いい。今はリリーも誰もいない。部屋に一人きりである。


 特にする事がなかった今日、昼食後の時間を持て余していたのだ。先程まで本を呼んでいたが、あまりの快晴ぶりに、何となく庭を見ていて今に至るといった感じだ。


(お花に水をあげた方がよさそうだなぁ)


 暖かな日射しに照らされ続けている花々は心なしか、しんなりしているように見える。キョロキョロと周りを確認するが、もちろん部屋には誰もいない。


 息をするのと変わらないくらい普通に魔力を巡らせる。水やりなら少量の水をシャワーのようにかけるのがいいだろう。発現位置を固定させるかのように花壇の方へと手を伸ばす。このくらい距離が離れていても何の問題もない。


 ふわりという独特の感覚がすると、花壇の上、何もないところからそこだけ雨が降っているように水が降り注いだ。何てことのないようにやってのけているが、これだけ精度の高い魔力操作はとても難しい。簡単に使うのは中々出来るものではない。ましてや魔力持ちなど今の時代では珍しいとされている。アーネはそれをいとも簡単にやってみせたのだ。


──6歳からを付けているにも関わらず。


 実はフローベリアに来てしばらくするとなぜか簡単な魔力が使えるようになった。さらに数年もすれば、何の制限もなく普通に魔力が使えるようになった。


 不思議に思い、こっそり本なので調べてみたが、どうやら魔力とは成長と共に量が増えたりするらしい。それが原因で腕輪の許容量を越えたのではないかと推察した。腕輪本体が壊れた訳でもないし、自分では取れないのでこのままにした。カムフラージュにもなるしちょうど良かったのだ。


 魔力が使えるようになったからといっても、人前で魔力は絶対に使わなかった。不用意に魔力を使ってしまい北方へ送られた事を忘れてはいない。


 身体強化は目に見えて分からないので不審に思われない程度に度々使用してはいた。女の腕力では限界があるので、どうしても必要になるのだ。見た目詐欺と言われた原因はこのせいだろう。


 王城に戻ってからも身体強化以外の魔力は決して人前では使わなかった。何かあれば兄にまた迷惑をかけてしまうのは目に見えている。今だって誰もいないのを確認し、さらに念のためにと風で周囲の音を拾って再確認までしてから、こっそり使ったのだ。


(兄さんには言った方がいいのかな…)


 でも何かの拍子で兄以外にバレてしまい、兄が責められるのは嫌だ。昔のように苦しそうな泣き出しそうな顔をさせたくない。やはりこのまま黙っているべきだろう。心の中で兄に謝りながらソファに横になる。


 ふかふかのソファにふわふわのクッション。高級な家具は、いまだに慣れないがやはり座り心地はとても良い。


 開け放ったままの窓からは、さわさわとした木々のささやきが耳に心地良い。聞こえてくる鳥の鳴き声は北方では聞いたことのない声だ。


(あぁ、小さな頃はこの音を子守唄に芝生の上で寝てしまった事があったなぁ…)


 そんな幼い日の事を思い出しながらアーネは目を閉じた。心地良い眠気に誘われるように微睡みだす。


(夢で父様や兄様達に会えるといいな……)


 願ったのは、もう顔の思い出せない父と二人の兄との刹那の再会だった。

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