第11話 【side】クロード

 12歳年下の大事な大事な可愛い妹がようやく城へと戻ってきた。


 11年…ずっと妹を城へ戻すよう動いてきた。それがやっと実を結んだのだ。


 久しぶりに会ったアーネは、見違えるほど美しく成長していた。母譲りの鮮やかな金髪は長く艶やかで、父譲りの青い瞳はくりくりとしていて可愛いらしく長いまつげがその形を縁取っている。まだあどけなさが残ってはいるが、これからさらに美しく成長していくのだろう。


 しかし、クロードには小走りで必死に追いかけてきた小さな子供のままにも感じてしまう。長く離れていたせいもあるのだから仕方ない。可愛い妹の成長過程が見れなかったのが本当に悔やまれる。まぁ、昔も今もアーネが可愛い事には間違いないが。


 スカートやドレスも着てくれればもっと可愛いのだが…。そういえば幼い時はドレスを普通に着て、ぬいぐるみを抱きしめて…女の子らしかったなぁ。舌足らずな声で『おにーしゃま』なんて言って、ちょこちょこ付いてきたのは本当に可愛かった。ちょっとお転婆なのは昔からで、走っては転んだりもして…遊びたい盛りの子犬のような愛らしさだった。


 そんな事を思っていると声をかけられる。


「クロード様、他の者の前でそんな顔を見せないで下さいよ」

「…どんな顔だ?」

「デレデレとだらしないお顔です。何を考えてたかすぐ分かります。シスコンも大概になさって下さい」


 この毒舌男は、同い年の幼馴染…側近であり親友のウィリアムだ。黙っていれば涼やかな美形ではあるが、口を開けばその理想も崩れ去る冷血男だ。比較的誰にでもこういう口調なのだが、俺にだけは物言いだけではなく態度も一段と手厳しい。今は執務室に二人だけなので、より砕けた口調だ。こいつ…アーネには優しいくせに。


 ウィルは、アーネを妹のように思っているのだろう。アーネの北方行きを覆さんと、当時は共に奔走したが力及ばずだった。その事をいまだに悔いているのは知っている。昔から時々菓子を与えて甘やかすのは彼の父親のジェイルとそっくりだ。妹がふっくらしたらどうしてくれる。…いや、それはそれで可愛いかもしれない。ぷにぷにしたほっぺなど突きたくなるではないか。


「そういえば今日アーネは王都警備隊の訓練を見に行くと言っていたぞ」

「あぁ、以前アーネ様が興味ありそうにされておられたので。父に話したらあっさり許可がおりましたよ。それを先日アーネ様にお伝えしたら喜んでおりました」

「俺は何も聞いてないんだが…」


(何なんだこの親子。普通アーネの保護者であり国王の俺にも断りを入れるだろ)


 ウィルは微笑を浮かべるだけで答えようとはしない。内心で舌打ちをしていると思い出したように言葉を続けられた。


「エドは街の巡回のため訓練には参加出来ないと嘆いておりましたよ」

「エド…あいつまだアーネに気があるのか」


 エドとは、ウィルの7つ下の弟エドワードの事だ。ウィル同様に文武に優れているのだが、こいつはアーネが初恋らしい。まぁ、あんなに可愛いのだから当然と言えば当然か。11年離れていても想い続けているのには感心する。


「我が弟ながらここまで一途だと感心しますね。まぁ、アーネ様は私同様きれいさっぱり忘れていたようですが」

「仕方ない。アーネがここを離れたのはまだ6歳だったんだ」

「11年も離れていましたからね…」

「手紙もろくに出せなかったしな…」


 二人揃ってしんみりとした空気を醸し出す。


 竜のイヴァが時々手紙のやりとりをしてくれていたが、頻度が高いとうるさい狸爺共に変な勘繰りをされる。おかげで会いに行く事は一度も出来なかった。手紙だって年々業務報告のような簡素なものになっていって悲しくなった。俺自身6歳の頃の記憶などはっきり思い出すものは少ない。だから仕方がないと言えばそうなのだが…。いつか『兄』から『会った事のある人』などと忘れ去られていくのではないかと心が痛んだ。


「これからはアーネの自由にさせるさ。あの子がのびのびと過ごせるよう力は惜しまん」

「その際は、我々公爵家も力になります」

「……嫁にはやらんぞ」

「婿を取って頂く手もあるかと」

「却下だ!」


 本当にこいつのよく回る口はどうにかならないのだろうか。もうさっさと帰って癒やされたい。可愛い妹は、今日の出来事をきらきらとした目で楽しそうに語ってくれるだろう。


 さぁ、仕事を片付けるか。そうして、口の端を緩ませながら書類へと向き合うのであった。

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