第9話 手合わせ
案内された先は、広い鍛練場だった。地面は特に整備されてはいなく凸凹だが、実践を考慮し、あえてこういう作りにしているのだろう。周りはぐるりと塀で囲われていて、観覧席のようなものまである。来るのが早かったのかまだ誰もいない。
侍女にはここで帰ってもらった。クロードにはああ言われたが鍛練に参加する気満々である。それならば長い間待たせておくわけにはいかないだろう。
ただ座って待つのも暇なので、近くに落ちていた木剣を手に取り軽く振ってみる。久々の感覚に何だか楽しくなってしまう。辺境警備隊でも木剣を使っての訓練をするので特段違和感はない。何度か素振りをして身体を動かしていると背後から嘲るような声が聞こえてきた。
「女が騎士の真似事か?」
「おい、邪魔だ。ここは我々の鍛練場だぞ」
「準備を任されたっつーのに、部外者が何してやがる」
素振りを止めて振り返れば、グレーの騎士服を着た3人の男達が、いぶかしむような態度でこちへ近付いてきた。どうやら今日の訓練の準備をしにきたらしい。
「邪魔をしてすみません。今日は訓練に参加させて頂けると聞きここで待っておりました」
(本当は見学という名目だが、おじ様なら参加してもいいと言うはずだ)
「は? そんな細腕で何が出来る?」
「時間の無駄だろーが」
確かに鍛えている彼らからすればアーネは剣も握れないように見えるのだろう。しかしこれでも辺境警備隊として11年を過ごしてきた実績があるのだ。そしてアーネは、あちらでは三本指に入る実力の持ち主なのだ。初めて手合わせした隊員からは、見た目詐欺とか言われた事もある。
「では、どなたか私のお相手をしてくれませんか? 私が勝てば今日の訓練に参加させて下さい」
「はぁっ? お前が俺らに勝てるわけがないだろ」
「ははっ、俺らが勝ったらデートでもしてくれるのか?」
「お前余裕だからってここでナンパかよ」
「構いません。私が負けたらデートでも何でもしますよ」
「「「はっ??」」」
まるで負ける気がないとばかりの強気な態度に男達は闘争心を煽られる。こんな細く、まともに剣も振れそうにない女に馬鹿にされたとあっては、王都警備隊の名が廃る。
「三人同時でもいいですよ」
「ちっ! 怪我しても知らねーぞ」
「早く済ませろよ。準備が間に合わなくなるぞ」
「ほれ、さっさと撃ち込んでこい」
一応木剣を構えそれらしい姿勢を取っているが、明らかになめられている。アーネは魔力で身体を強化し静かに木剣を構えた。先程までとは雰囲気が一変して鋭い目で相手を見据える。静かな雪山のように射すような空気が
ガッ!
(早っ……それに重いっ)
意表を突かれた男は、予想よりも重い一撃に驚く。しかし、鍛え抜かれた王都警備隊である彼もすぐに反撃へと打って出る。アーネはその反撃を冷静に分析・予測し、なんなく受け止める。
ガンッ!
ゴッ!
アーネの動きに相対している男だけでなく見ていた二人までもが口を開けて何も言えない様子だった。日々厳しく鍛えられている騎士と細身の少女が互角に戦っているのだ。それも激しい撃ち合いで。
男が胴を狙って撃ち込めば、木剣でいなしながら軽いステップで距離を取る。そうかと思えばすぐに素早く距離を詰めて撃ち込む。動きはアーネの方が激しいのに息一つ乱れていない。踊るようなしなやかな動きだが的確に撃ち込む際の剣筋は鋭い。
(くそっ! 何なんだこいつは)
焦げ茶色の髪の男は、焦りを感じ始めていた。隙を見つけては撃ち込むもそれすらアーネの策らしく軽々と止められる。撃っては止められ撃っては止められ…どのくらい撃ち合っただろうか。
「このっ……!」
ついに焦れた男が木剣を振り上げた。
アーネは、鋭い視線で剣筋を見据えると、自分へと振り下ろされる剣筋を見極める。そして、その木剣を目がけて素早く一閃をふるう。その瞬間ひゅんという風を切る甲高い音が耳に届いた。
ギイィィン!
……ガッ。
男が振り上げた木剣が真っ二つに折られ、遠くに欠片が飛ばされる。しんと静まりかえった鍛錬場には、折れた木剣が転がる音だけが響く。
(なっ……!)
男達は目を見開いて驚愕した。
いつの間にか鍛練場の入口には他の隊員達が来ていてギャラリーと化していた。その彼らまでもが三人の男達と同様に驚愕している。
「あっ…! 壊しちゃった」
先程の研ぎ澄まされた刃のような雰囲気はどこへやら、いつもの調子に戻ったアーネがしまったとばかりに呟く。
(いや、普通そう簡単に壊れない…)
ここにいる男達全員が内心突っ込んでいると、一人の男が現れた。入口に固まる隊員を叱りながら鍛練場へと入ってくる。
「お前達何をしている! さっさと鍛練の準備をせんか」
「総隊長!」
「いや…あの…先客が…」
入ってきたのは総隊長のジェイルだった。彼は、隊員に言われた先へと視線を向ける。そこには陽に照らされた金髪をたなびかせる少女の姿がある。
「あぁ? おぉっ、アーネ様ではないですか!」
「「「「王女様っ!!!」」」」
隊員達は少女の正体に声を揃えて、さらに驚愕するのだった。
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