第8話 新しい生活

 王城での生活も数日経ち、そこそこ城での暮らしにも慣れてきた。急に王族としての暮らしをするには慣れないだろうと、ある程度の事を自分でするのをクロードは快く了解してくれた。王都警備隊の寮でいいと言った時には即否定された。豪華な調度品など壊しそうで嫌なのだが…。


 朝はクロードと一緒にご飯を食べ、日中はイヴァに会いに行ったり、お茶をしたりして過ごす。きっちり仕事をこなし夕食時までに帰ってくるクロードと共に夜ご飯を食べる。その後、お茶をしながらおしゃべりをして過ごした後、自分の部屋へと戻り就寝するというのがここ最近の流れだ。


 最初はクロードが一緒に寝ると言い出して呆気に取られてしまった。ウィルが半眼で毒舌を交えながらも説得してくれたので事なきを得た。アーネとていつまでも子供ではないのだが、クロードには昔のままの守るべき小さな子供に感じるのだろう。一応年頃の女性という事を分かっているのだろうか。


 スカートよりパンツ姿の方を好むアーネのために侍女達はさまざまな服を用意してくれた。本日の装いは、淡い菫色のブラウスに動きやすい黒のパンツだ。髪は一つに高く結わえている。どこぞの補佐官のようなピシッとして飾り気のない姿に侍女が嘆いていた。これだけでもと強制的にリボンを髪に付けてきたのは断れない雰囲気だった。まぁ一つにまとめた上からリボンを付けただけだし邪魔ではないから別にいいだろう。


「スカートも絶対似合うだろうに…」


 朝食の席でクロードはなぜか残念そうだった。王城生活初日から言われ続けているが今日も言われた。スカートなど王城にいた子供の時しか着た事がないというのに。北の地でスカートなど着たら足が凍えてしまう。


「今日は鍛練場に行くんだよ。スカートなんて邪魔なだけだし。本当は辺境警備隊の制服で行きたいのに」

「見学だろ? 参加する訳じゃないんだから動きやすさは関係ないんじゃないか」

「え? 一緒に鍛練しちゃだめなの?」

「アーネ……」


 咎めるような視線を向けられるもパンを食べながら知らんぷりをする。フローベリアでは毎日屈強な男達と共に鍛練していたのだ。このままでは体が鈍ってしまう。


「確か総隊長がウィルのお父さんなんだよね。おじ様と会うのも楽しみだなぁ」

「あぁ、ジェイルの他にウィルの弟のエドも在籍しているぞ」

「わぁ、エドに会うのも楽しみ。ウィルだっていつの間にか竜騎士になってるし、びっくりしちゃった」


 ウィルが竜騎士になったのは、8年程前らしい。今では、竜騎士団の若き副隊長を務めているそうだ。普段はクロードの側近兼護衛をしているらしい。書類仕事も出来て剣の腕までいいとは王城中の女性がキャーキャー言う訳だ。


 そういえば、本人からも呼び捨てでいいと言われたため、城に戻ってきてすぐに呼び方も変えている。クロードがどうしても兄と呼ばせたくないとごねたらしい。変なこだわりだ。



 ヴィッテル王国には、大きく分けて2つの軍がある。竜騎士団と王国騎士団だ。王国騎士団は、さらに細かく分けられる。王都警備隊・北方警備隊・東方警備隊・西方警備隊・南方警備隊。アーネがいたのは北方警備隊に所属する辺境警備隊だった。各隊に隊長がいるが、その隊長達をまとめる王国騎士団の頂点にいるのがウィルの父であるジェイル公爵だ。普段は王都を守護する王都警備隊と共にいる事が多い。


 クロードと共に第一王子を支えてきた人物である。アーネも面識があり「おじ様」と呼んでは、よくお菓子を貰っていた。大雑把というか豪快というか…男らしい性格の人だったはずだ。高い高いとか肩車とかよくしてくれたのは今でも覚えている。三歳の時に父が病死しているので、私にとって父のような存在の人だ。


「アーネ、エドだけじゃなく周りにも十分気を付けるんだぞ」

「うん。王都警備隊なら他の人も強いだろうね」

「はぁ……心配だ」

「兄さんは心配性だなぁ」


 兄が悪い虫が付くのではと心配するのには理由がある。男装にも見える格好で過ごしてはいるがアーネは勝ち気ながらも可愛いらしい顔立ちに明るくて人懐こい。身分関係なく兵や使用人と接しているためか、既に王城内での人気はうなぎ登りだ。


 「婚姻を結んではいけない」という条件は一部の者しか知らないがアーネを嫁にと思う輩も少なくない。それに、理由があり王都から離れていた王女が11年ぶりに戻ったという事だけでもアーネは注目の的なのだ。



 朝食を終えたアーネは、侍女に案内されて鍛練場へと向かった。クロードはウィルに連れられて仕事へと向かっていった。最後まで気を付けるよう言われたがいつまでも子供扱いはやめてほしい。


 王族の居住地を抜け、長い回廊を歩いていく。まだ王族居住地付近しか覚えられていないアーネは、つい色々観察してしまう。途中庭を横切る際は、また勝手に抜け出してきたであろうイヴァがいた。


「イヴァ、おはよう」

(おはよう、私の可愛い子)

「イヴァ、ここで何かしてたの?」

(可愛いアーネに会いに来たのよ。あまり無茶な事をしてはいけないよ)

「むぅ…イヴァまで子供扱いしてくる」


 皆私を6歳のままだと思っているのではないだろうか。納得出来ん。

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