第7話 過去③
城へと戻ったアーネは、クロードに泣きそうな顔で抱き締められた。突然いなくなったアーネには、翌朝すぐ気付いたものの、中々見付からず不安にさせてしまったようだ。後継者争いで第一王子の兄を亡くしているため、アーネも殺されたのではないかと嫌な考えをしてしまったとの事。申し訳ない事をした。
どうやって見つけたのかと聞けば、竜のおかげだと教えてくれた。アーネがいなくなって数日が経過した頃、竜舎で騒ぐ竜達が、己の相棒である騎士を背に乗せ、言う事も聞かず勝手に東の地へと飛び立ったそうだ。中々戻らないアーネとイヴァを心配した竜達が強引な行動に出たのだ。竜達はイヴァがアーネを乗せて北へ飛び立つのを竜舎からしっかり目撃していたので、どこへ向かえばいいかはだいたい分かっていた。イヴァの匂いを辿り、アーネの強い魔力を感じ取り、二人を追ったのだ。それが、お迎えに来たあの二頭である。
竜に連れられるようにして来た竜騎士からすれば大層驚いただろう。行き着いた先では、えぐれた大地に不自然に残る氷塊や焼け焦げた大地。それらをさらに辿った先では、白銀の竜に乗った幼い子供。ましてや、それが4日前から行方不明の王女なのだから訳が分からなかっただろう。
そもそも絆を結んでもいないのに騎乗が許されている事からしておかしいのだ。度々竜舎を抜け出してアーネの元へ行くのも不可解だった。イヴァは大人しいが城にいる竜の中での序列は一番上なのだ。
竜は魔力を持ってはいるが、自然現象を起こしたりするような事は出来ない。他者の魔力を感じ取れるくらいしか出来ないのだ。竜に詳しい騎士達からすれば、この惨状を引き起こしたのは、アーネだとすぐに分かっただろう。
アーネがたった一人でウルマ軍を追い払った話は、瞬く間に城内へ広がった。ウルマから進軍の詫び状や賠償金など一方的な敗戦宣言をされたのも噂に拍車をかけたのだろう。
数年前の後継者争いを知っている臣下達からは、周囲の国々との均衡を壊しかねないアーネを今後どう扱うかで議会が揉めに揉めた。兄はアーネが寝る前に必ず部屋に来てくれて、絶対に守るからとずっと言い続けてくれた。疲れた表情を隠して優しく笑いかけてくれるのがつらい。迷惑をかけたかった訳ではない。
(クロード兄様の役に立ちたかっただけなのになぁ…)
だからアーネは、王都から出て政治から遠い北の地へ行かせるべきと言う多数派の意見を自ら飲んだ。兄から離れたくないと言う気持ちより、迷惑をかけたくないと言う気持ちの方が強かったからだ。クロードや数人の大臣は猛反対したが、アーネ本人が望んだ事であっさりと決定された。
魔力を封じる腕輪を付けさせられる事にも従った。国の危機には無条件で従う事、婚姻は結ばない事という条件にも従った。婚姻を結ばせないのはアーネの伴侶争いが起きないよう、それが派閥争い…ひいては後継者争いに発展しないようにとの事らしい。6歳の子供には理解出来ていなかっただろうが。
最後までクロードは、議会に反対し続けたが即位して一年半の彼では力が及ばず決定が覆ることはなかった。北の地へ送られる前の夜は、泣きながら何度も何度も謝られた。翌日見送りの際には、必ず迎えに行くと言ってきつく抱き締めてくれた。
竜舎の方からは、イヴァや他の竜達がアーネを見送るように鳴いている。イヴァいわく「今王城にいるのは危険」との事で彼女はアーネが北の地へと行く事にむしろ賛成していた。
そんな兄やイヴァ達に見送られ、北の地であるフローベリアへ向かったのはアーネが6歳の頃だった。
その後は、たまに来るイヴァに頼みクロードとは文でのやりとりはしていた。最初は色んな事を書いていたが、長い年月を過ごすうちに手紙も簡素な物へと変わっていった。幼い頃の日々はあまり思い出せなくなり、あんなに大好きだった兄の顔ももう朧気となってしまった。自分が迷惑をかけたのだから会いたいなどとは思ってはいけない。私はここフローベリアで生きていくのだ。
早い段階から割り切って過ごしていたため、厳しい北の大地での生活に馴染むのは早かった。厳つい隊員ばかりだが、顔に似合わず子供好きが多かったのもすぐに馴染めた要因の一つだろう。剣を覚え、一人で熊や猪を捕ってくるようなたくましさも身に付けていった。
そして11年の歳月が経ち、いつものように過ごしていたあの日…突如ウィルによって王城へと連れていかれたのだった。
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