第6話 過去②
ウルマ進軍を教えてくれたのは友達のあの竜だった。彼女の名前はイヴァという。煌めく白銀の鱗が美しい竜だ。空の散歩の最中に見かけたと言っていた。
アーネは、すぐにそれをクロードへと伝えた。情報の出所が竜だとしてもクロードは怪しむことはしなかった。今まで竜と会話をするアーネを見ているので十分信用しているのだろう。
早急に議会が開かれ防衛戦の準備が慌ただしく進められた。偵察に出ていた兵からも進軍が確認出来たと報告され、クロードは執務室に缶詰状態となった。中々会えない兄に寂しく思いつつ日々を過ごしていたアーネだが、何か手伝えないかと考え、突如予想外の行動を起こした。
イヴァに乗りたった一人でウルマ進軍の地へと向かったのである。以前魔力で兄の手伝いをした際、頭を撫でて褒めてくれたのは、アーネにとっていい思い出だ。魔力には自信もあるし何か手伝えるはずと思ったのだ。夜にこっそりイヴァに連れ出して貰ったのだ。
ウルマ軍がいるのは王都からみて東にある乾いた大地が広がる場所らしい。竜なら半日ほどで着くが武装した兵士であれば10日はかかる距離だろう。
あっという間に目的地へと着くも、イヴァはアーネを守るためか決してウルマ軍に近づこうとはしない。遙か上空にいるため、アーネからは地上のウルマ軍などただの点にしか見えない。ウルマ軍からも竜の背にいる小さなアーネなど見えないだろう。
(アーネ…私の可愛い大切な子。無理をしてはいけないわよ)
「うん、大丈夫!」
アーネは風で小さな竜巻を生み出しウルマ軍を追い払おうとする。子供の思い付く撃退法とはいえ、いくつもの竜巻が突如として巻き起こされた様にはウルマ軍も怯んだ。それでも進軍を止めないため、さらに小さな火球を進行方向手前へとお見舞いする。6歳になったばかりのアーネには、敵軍とはいえ直接人に攻撃をする考えはない。あくまでも追い返すことが目的である。
風を使い、火を使い、氷を使い…大地へ働きかけ地割れを起こしたりもした。前へ進もうとするウルマ軍をひたすら邪魔し続けた。侵攻も止まる夜には、イヴァがアーネを守るように長い尾で抱き寄せ、安全に眠れるよう気遣ってくれた。美味しい果物を取ってくれたりもしたのでお腹も満たされていた。アーネとしては、ちょっとした冒険気分だった。
日中は魔力で進行を阻害し、夜は森や洞窟で眠る。そんな日も3日目となるとウルマ軍は、ようやく遥か上空に竜がいる事に気付く。
度重なる妨害で大きく後退させれていたウルマ軍は、竜が国を守るため自然を操り、自分達を攻撃していると思い込んだ。恐ろしい竜が自分達へと牙を向けている…兵達に動揺が走った。上空ではそんな頼れるイヴァが冷静に状況を把握していた。
(アーネ、そろそろ奴らは心が折れているだろう。遠慮なくありったけの力で雷撃をお見舞いしておやり)
「雷? それで帰ってくれるかな?」
(大丈夫よ。私が上手くやるわ)
友であり母のような姉のような頼れるイヴァに促され、アーネは魔力を巡らせた。ずっと魔力を使っているがまだまだ余裕がある。遠慮するなというイヴァの言葉の通り、力一杯魔力をこめる。小さな手を振り下ろすと、周囲が光に覆われ、すさまじい轟音を轟かせた雷撃が、ウルマ軍の周囲を襲った。避ける事も出来ない雷撃はまさに天の鉄鎚のようだ。
「グオオオォォ!!」
焦げ臭さが充満し土煙がまだ舞い上がる中、腹の底に響くような恐ろしい竜の声が響き渡る。アーネはイヴァのこんな声など初めて聞いた。イヴァはいつも優しいのだ。
しかし兵達からすればそんな事は知った事ではない。
(──これは竜の警告だ。こんな圧倒的な力があるのなら自分達もウルマ国も跡形もなく消されてしまう)
兵達はイヴァの思惑通り次々に戦意を失い、撤退する事を決めた。恐怖に捕らわれた兵達の撤退は、侵攻するよりも早くあっという間であった。
イヴァと共にウルマ軍が国境を越え、自国へと逃げ帰るまで見届けた時には、城を飛び出して4日が経過していた。
「ありがとうイヴァ!」
(アーネ、可愛い私の娘。さぁ帰りましょう。クロードには一緒に叱られてあげるわ)
羽ばたく音が聞こえた方を見やれば、竜騎士を乗せた2頭の竜達がこちらへ向かってきていた。どうやらお迎えが来たようだ。
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