第4話 再会

 12歳上の兄・クロードは、アーネと同じ鮮やかな金髪に青い瞳、きりっと整った顔立ちはまさに絵本の王子様のようだ。整った外見だけではなく、政治手腕も素晴らしいと評判だ。その人気ぶりは辺境のフローベリアにまで聞こえてくる程である。


 ……が、今はデレデレした顔がとても残念だ。初孫を喜ぶおじいさんのようである。


 厳重な警備を抜けた城の最奥に部屋を持つ彼は29歳にしてこのヴィッテル王国の若き国王だ。年が離れた妹のアーネを我が子のように溺愛する重度のシスコンでもある。


 アーネを膝に乗せてソファへと座っている様は、兄妹と知らない人が見れば久々の逢瀬を楽しむ恋人のようにも見える。複雑な事情があり会うのは実に11年ぶりだが、この歳になってもこうでは少し恥ずかしい。


「兄さん…私、もう17なんだけど…」

「そうか~もうそんなになったのか。アーネはいくつになっても可愛いなぁ」

「クロード様、あまり構いすぎると嫌われますよ」

「可愛い妹を愛でて何が悪い」

「あなたの愛は重すぎるんですよ」

「二人きりの家族なんだ。俺がアーネを甘やかさずに誰がするんだ」

「その残念な思考は変わりませんね」


 向かいのソファに座るウィルが、春のそよ風を思わせる爽やかな笑顔で毒を吐いている。気安い関係を思わせる二人の様子にアーネは何となくウィルの事を思い出し始めていた。


 ウィルことウィリアムは、兄であるクロードと同じ29歳。公爵家の長男で幼少時から側近候補としてクロードのそばにいた。幼馴染であり友といえる関係といえよう。国王であるクロードに辛辣な言葉を言えるのも長い付き合いゆえなのだろう。アーネとも面識があり、小さな頃は「ウィル兄」と呼んでもう一人の兄のように慕っていた。確か弟が一人いたはずだ。


「兄さん。それで、急に呼び出したりして…どうしたの?」

「ん? やっと一緒に暮らせるようになってな。ようやく…よーやく古狸の爺共を納得させられたんだ。早くアーネに会いたくてウィルには今朝すぐにフローベリアに行ってもらったんだよ」

「出仕した途端、今すぐ竜でフローベリアへ行けですからね。今日中に戻れと言われた時には思わず剣を抜くところでした」

「11年も待たせたんだぞ! 必ず迎えに行くと約束したのに…」


 職権乱用のような物言いのクロードに呆れてしまう。11年会わなければ、乗合馬車で王都に向かう10日ちょっとくらい待てるのではないだろうか。いや、雪があるからもう少しはかかるだろうか。


「兄さん、ウィル兄に迷惑かけちゃダメでしょ。手紙で教えてくれれば自分で行くのに」

「それじゃ遅い! っていうかアーネの兄は俺だけだろ」

「アーネ様に、まだ兄と呼んで頂けるとは光栄です。すっかり忘れられてるかと思いましたよ」

「あはは…(さっきまで忘れてたのバレてる)」

「父も弟もアーネ様に会えるのを楽しみにしていたんですよ。えぇ、特に弟が」

「アーネは嫁にやらんからなっ」


 何か変な事を言っているクロードに呆れるも、二人の雰囲気に昔を思い出しとても懐かしい気持ちになる。クロードは昔から心配性でとても過保護だった。ウィルは柔らかな物腰だが結構毒舌なのは昔から変わらない。小さな頃はウィルの弟に手を引かれながら兄達の背中を追っかけて歩いたっけ。


「ん? あれ? 一緒に暮らすって…? 私、フローベリアに帰るけど?」

「なんでっ!!」

「えっ? 荷物もそのままだし、仕事もあるし」

「そのうちウィルに竜で送迎させるから問題ない! ゼフは元から事情を知っているから仕事も問題ない。アーネにこれ以上苦労はかけさせられないからな」

「苦労? 確かにフローベリアは寒いけど、魔物とか獣狩ったり、皆で雪中行軍したり慣れれば楽しいよ」

「「……」」


 何だろう。二人して微妙な顔をしている。

確かに辺境警備隊は厳しい気候もありつらい。立地柄、ベテラン兵が多い中、女性隊員はアーネしかいなかった。10代もアーネだけだった。しかし、厳しい環境だからこそ家族のような絆が生まれる。大型の獣や魔獣と戦うのも嫌いではない。自分の身は自分で守るくらいは出来るつもりだ。もとより北の大地で生きていくつもりだった。


「兄さん達に会えたのは嬉しいけど…」

「アーネは兄さんと一緒に暮らすのは嫌か…?」


(うっ…。そんな悲しそうな顔をしなくても…)


「たった一人の妹を今度こそ守りたいんだ。アーネが幸せになれるようずっと頑張ってきたのに…」

「クロード様は寝る間も惜しんで政務をこなしつつ、老害…年寄り達を説得し続けてきたのですよ」

「……(今、老害って言った)」

「今まで離れていた分、家族としての時間を取り戻したいんだ」

「私もアーネ様が城にいらっしゃると思うと仕事を頑張れます」

「アーネ……」


 美男子二人に悲しそうな顔で見つめられると罪悪感を感じてしまう。アーネが王都を離れなければならなかったのには理由があった。兄が古狸とやらを納得させたと言うのであればここにいてもいいのだろうか。色んな考えがよぎるが、じっとこちらを見てくる二人の視線が痛い。すごいプレシャーだ…。


しばし二人と無言の会話をした後、アーネは根負けしたように息を吐いた。


「分かりました…」


 本日から城住まいが決定した瞬間である。

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