第3話 王都到着
現在アーネは、遙か空の上にいた。
執務室でお迎え宣言をされた後、荷物をまとめさせられ、慌ただしく竜の背に乗せられたのである。向かう先は、王都ハウゼンへ。何の用事かは分からないが数日で帰れるだろうから荷物も最低限しか持っていない。帰りも送ってくれるのかが気になる所だ。
(あぁ…夕日がキレイだなぁ…。そういえば熊料理食べ損ねたなぁ…)
ほんの数時間前は、山で熊を仕留めていたのに今はなぜか空の上である。夕日を眺めながら現実逃避をしていると背後から声をかけられた。
「突然ですみませんでした。驚かれたでしょう?」
「えぇ…まぁ…」
「主がすぐにでもと急かすもので。夜中だろうと何とかして帰ってこいとまで言われましたよ」
苦笑を浮かべながら申し訳なさそうに話すこの青年は、ウィルと言うらしい。ゼフがそう呼んでいたのを聞いた。一隊員の小娘でしかないアーネにも丁寧に自己紹介してくれた。こんな紳士のような人には、やはり心当りはない。辺境警備隊は荒っぽい野郎ばかりなのだ。
「竜は怖くないですか?」
「はい。竜の友達がいるので…しばらく会ってませんが」
「そうでしたね。彼女もですが、皆アーネ様のお戻りを待っておりますよ」
竜の飛行速度はとても早く馬車で何日もかかる道のりも数時間で移動する事が出来る。上空のピリリとした空気が冷たいが、防寒対策には抜かりない。しかし、どうしても密着度の高いこの状況に緊張してしまう。
「夜の飛行は初めてですか? それなら星空もキレイですし、眼下の夜景も味わいがありますよ」
「わぁ、月が近い! 星もいつもより明るく感じる!」
話し上手な彼と揺れないよう飛んでくれる気遣い屋の竜のおかげでいつの間にか星空を楽しむ余裕すら出来ていた。今はどの辺りを飛んでいるとか、この辺の名物は何だとか楽しい話をたくさんしてくた。
「さぁ、ようやく王都が見えましたよ。お疲れでしょうがこのまま主の所へ向かいます」
そう言ってウィルが竜を操りゆるやかに高度を下げていく。眼下には、真っ暗闇の中に灯りがたくさん灯る城下町らしきものが見えた。お城も見えるし、あそこが目的地の王都・ハウゼンなのだろう。
(あれ、何か…とんでもない所へ着地しようとしてない…?)
アーネの心境をよそに竜が着地したのはどう見てもお城の城壁の内側だ。夜なので暗くて分かりにくいが広い庭のような場所へ着地したようだ。フローベリアを出たのが夕方だったが今は就寝時間を過ぎている頃だろうか。人気はなくひっそりとしている。
ひょいと竜の背から下り、ここまで乗せてくれた竜へお礼を言う。竜は「くるるる」と甘えるような声を出しながら顔を擦り寄せてきた。とても可愛い仕草だ。
こちらへやってきた別の騎士に竜を預けたウィルは、そのまま城内へとアーネを導いた。長い回廊を抜け、右へ左へと曲がり、階段を上がり…迷うことなく進んでいく。途中、警備兵がいる場所がいくつかあったが、ウィルを見るなり敬礼して一度も引き止められることはなかった。そうして来た道が分からなくなる程歩いた頃には、周りの雰囲気が一変していて、柱の細工一つを見ても豪華になっていた。
(あ~……なんとなく行先が分かってきたかも)
何重にもある警備を顔パス出来るほど身分が高いと思われるウィルが主と言う者。そして城の中でもこのように豪華なエリアにいる者。
アーネが思いを巡らせていると、遠目に警備兵が守る一つの扉が見えてきた。警備兵はウィルに気付くなり何やら中へと話しかけ扉を開けた。ここでも顔パスである。警備兵が開けてくれた部屋へ躊躇いもなく入室するウィルに続きアーネもおそるおそる部屋へと入る。背後では、静かに扉が閉められた音がした。
部屋は来客を予想していたのか明かりが灯されていた。広々とした室内には、磨きあげられた調度品や家具、一目で高級品と分かる絨毯…一級品ばかりで揃えられていた。機能性重視のフローベリアとは違う煌びやかな様子に、思わずぽかんと口を開けて見回してしまう程だ。
「クロード様、アーネ様をお連れ――」
「アーネ!!」
ウィルの言葉を遮るように奥の部屋から駆けてきた青年は、その勢いもそのままにアーネに抱きついた。それはもうぎゅうぎゅうに。部屋の豪華さに気を取られていたアーネには全くの不意討ちであった。
「アーネ! 何年ぶりだ! あぁ、すっかりキレイになって。あんなに小さかったアーネがこんなに大人になって…。大きくなっても可愛いままで安心したよ」
「クロード様、アーネ様がドン引……驚いております」
「あぁ、すまない。数年ぶりの再会だからな。いや、でも驚いているアーネも可愛いなぁ」
抱きしめられたり、頭を撫でられたりもみくちゃにされたアーネは青年を見て苦笑した。子供の時の面影は少なく、立派な青年となっているが間違えるはずがない。
「久しぶり。クロード兄さん」
そう、彼はアーネの実の兄である。
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