第2話 突然のお迎え

 辺境の地、フローベリア。

 ヴィッテル王国の王都であるハウゼンから北へ馬車で10日以上もかかる国境沿いの地だ。真冬の今は深い雪に覆われ、流れる川すら時を止めたように凍りつく。空気は刺すように張りつめ、人々は厳しい冬を家の中だけで過ごす。


「ふふふ、いいお肉が手に入った」


 雪に覆われた街道を満足気な笑顔で歩くのは一人の少女だ。時間は昼を少し過ぎたくらい…なのに街道には誰もいない。昨夜まで雪が降り続いていたせいで、みんな家の中にいるのだろう。少女は森で仕留めた大きな熊を橇そりで引きながらご機嫌で歩いていた。


 先程森で巨大な熊を息も乱さずに仕留めた少女は、アーネという。17歳の辺境警備隊員だ。肩より少し長い金髪は雪原でも輝くように目映いが今は帽子の中にまとめてある。髪が凍りつくのを防ぐためだ。屈強な男達の中では小柄に見えるが身長は平均的だ。決して小さい訳ではない。ぱっちりとした目は、青空のように澄んだ青色で、すっと通った鼻筋。活発な性格が滲み出るような顔立ちだ。


「お、アーネが帰って……でかっ!」

「何あれっ!」




 砦の上から数人の男が少女を見つけて声を上げた。ここは国境を守る辺境警備隊が常駐する砦である。街を守るように堅牢な砦が造られている。砦の正門を出れば、魔物やら大型動物やらが生息する大きな森がある。森の先には隣国であるゾーラ帝国がある。誰しも危険な森を抜けてまで戦争をしたいとは思わないのでゾーラ帝国とは昔からそこそこ良好な関係だ。辺境警備隊のもっぱらの仕事は、魔物退治や雪掻きが多い。


「ただいま。見回りついでに熊肉捕ってきた。こんなのが街に行かなくて良かったよ~」


 少女は門をくぐった先で待ち変えていた男達の前に橇を置いた。


「アーネ、お手柄だ。こいつは最近目撃例があった駆除対象だ。今日は肉料理だな!」

「たいちょー、ただいま帰りました! 血抜きは済ませたので解体は任せていいですか?」

「おう。お前は風呂に入って暖まってこい」

「やった! もう手が寒くてぴりぴりするよ」


 わしゃわしゃと豪快にアーネの頭を撫でるのは、辺境警備隊の隊長であるゼフだ。がっしりしたいかつい体格ながらも明るいこの性格で多くの隊員から慕われている。ここでのアーネの保護者的存在でもある。




 解体を任せた分、ゆっくりお風呂を堪能したアーネは、ほこほこと気持ちの良い暖かさに浸りながら回廊を歩いていた。まだ明るいし夕飯の料理を手伝いにいってもいいかもしれない。解体はまだしているだろうがお風呂上がりだしそちらの手伝いは却下だ。せっかくお風呂に入ったのに血生臭い臭いがまた付くのは困る。


 そんな事を考えながら食堂へと歩みを進めていると、正面から慌てたように駆けてくる隊員が見えた。何だろうと思いつい首を傾げてしまう。


「アーネ~、隊長が至急執務室まで来いって」

「えっ…何だろう。熊の件かな?」

「いや熊は関係ないだろ。ついさっき竜騎士が来てたからその件だと思うけど…」

「竜騎士? 何でまたハウゼンから?」


 竜騎士は、王都ハウゼンにのみ存在する、首都を守る要のような部隊だ。竜は魔力で序列関係を決める生き物である。上位と認めさせるなら魔力が関係するが、竜と絆を結ぶうえで重要なのは相性だ。魔力を持たずとも絆は結べる。竜が『この人と共にありたい』と思った場合のみ絆が結ばれる。つまりは全てが竜次第なのである。もちろん竜自体が希少なうえ、絆を結べる事はそうそうない。竜騎士とは竜に選ばれたエリート中のエリートなのだ。そんな人物が何をしにここへ来たのだろうか。


「とにかく行ってみます」


 心配顔の隊員と別れ、執務室へと向かう。

 賑やかな談話室を通りすぎ、仕事中の隊員から声をかけられたりしながら砦の奥へと進む。とある扉の前へと辿り着くと軽く息を吐いてからノックをする。


「ゼフ隊長。アーネです」

「入れ」


 おそるおそる扉を開けて中へ入ると、先程別れたばかりのゼフが難しい顔をしていた。部屋の中央にあるソファにはゼフの他に、一人の青年が座っていた。40代後半のゼフよりかなり若い。ゼフに言われソファへ座りながらちらりと向かい側に座る青年を見る。


(この人が竜騎士かな…)


 艶つやかな黒い髪に翠の鮮やかな瞳、年は20代後半だろうか。竜騎士の制服である濃紺の騎士服はすらりとした体型によく似合っている。姿勢良く座る様は、年頃の女性からとても人気がありそうだ。ついまじまじと見ていると、柔らかな笑みを向けられた。


「お久しぶりです。すっかり大人の女性に成長されましたね」

「……えっと…」


 どうやら青年とは会った事があるらしい。大急ぎで記憶を巡らせているアーネを見て、青年は微笑ましそうに笑みを浮かべる。


「突然で申し訳ありませんが、本日はアーネ様をお迎えに上がりました。今から王都へと向かいましょう」

「……はい???」


 突然のお迎え宣言にアーネは、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。

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