第16話(終)

 人知れず遺灰を盗んだ男がいた。男は河川敷に遺灰を撒き、恍惚とした表情で日光を浴びた。

 風に流れた遺灰は、すべてに広がる。

 久しぶりに瞼を開けた少年は、起き上がるとめいいっぱい空気を吸い込んだ。

 開け放たれた病室の窓からは春の風がそよぐ。少年は目をこすり、くしゃみをした。

 窓を閉めようとベッドから立ち上がると、不意に眠気に襲われた。ここでねむったら次起きれるのはいつだろう、と考えていたら今度は寝れなくなった。

 もう寝れないのかと不安に感じた少年は、世界を騙そうと眠ったふりをした。そのまま倒れたものだから、ベッドの脚に腕がぶつかった。

 たまらずあげた声にかけつけた看護師は、部屋の入口から少年を見て取り乱した。

「先生!」

 看護師の声に息を切らしてやってきた医者もまた、少年を眺めて目を見開いた。肩を上下させ呼吸を整え、医者はただ一言問いかける。

「大丈夫かい?ユキくん」

 ユキと呼ばれた少年は頷いた。

「うん、大丈夫」

 まるで今までずっとその名前で過ごしてきたかのように、少年は自分をユキだと信じていた。

 次に目が覚めても、少年は自分の名前を疑わなかった。


 少年がユキとして過ごすこの町の名を、人々は、ルアリと呼んだ。



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色相環のルアリ 柚木有生 @yuki_noyuki

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