無数の塵が一つ

「じいさん、たまには誘導ステーションに来なよ」

「ああ、考えとく」

「じいさんみたいな人ごろしには打って付けの場所だよ。マップ見て、前線にいる魔術師メジたちに座標おくるだけで簡単にコロせるの」

「エレナは、誘導ステーションの仕事が好きかい?」

「ええ。大好きだよ。みんなを守るための大切な仕事だから」

 智能は考える。ミスリコフマータの葬儀に出なかったことと、誘導ステーションの仕事内容。エレナはなぜ、最初にこの二つを話題にしたのかな?共通点は、人が死んでいること。タックテッカーが心臓麻痺で死んで、名も無き戦士や巻き込まれた一般人が炎魔術で死んだ。そして僕のことを「人ごろし」と、二度も言った。戦争一歩手前、危機一髪。老兵は死なず、消え去りもしない。僕もまた、戦場に駆り出されようとしている。ぬいを見送って、息子よしかげを見送って、義娘コマを見送った。参謀総長ザンヨンは、エレナが僕の弱点と見て差し向けてきたのか。あるいはエレナは自身の意思で、僕と共に戦場に立ちたいと本気で思っているのか。どちらにせよ、エレナの覚悟は知りたい。

「エレナ…仮に僕はエレナをぶっ転がさなければならない立場にいたら、エレナはどうするんだい?」

「え?そんなの決まってるでしょ?みんなのためになら死ねるよ。笑いながらコロされてあげる。でもそれ以外の場合は全力で抵抗するよ」

「エレナは死ぬのが怖くないかい?」

「うーん、どうだろ。死ぬ寸前にならないとわかんないかな。でもこれは言えるよ。みたいにきれいさっぱり跡形もなく消えちゃうのって、すっきりできそうでステキだと思うよね」

 恐れを知らぬ戦士の鑑かな?

「なるほど。僕もエレナと同じ気持ちだよ」

 全然共感できないが、一応エレナに同意しよう。

「でしょ」

 満面の笑みを浮かべるエレナ。どうやら伝説の英雄じいさんから賛同を得てうれしいようだ。

「これなら後顧の憂いなく戦場に行ける」

「んじゃ、総長に報告するね。電気消してドア閉めて」

 言いながら、少女は去っていく。長針は6に指しかかっている。会議は10分も経たぬうちに終わった。智能ともよしは椅子に座ったまま、考える。みんなのためにって、エレナは言った。そのみんなというのは、一体誰だと言うんだい?「真ん中の左から九つフイバプロルド」のメンバーたちのこと?ならアレクセイの影響か?だとするとアレクセイはエレナ実の娘を犠牲にしようとしている。でたらめを考えるな。八年間も会っていないから、僕はエレナとアレクセイのことを知らなすぎる。あの子に頼るか。

 智能は多機能携帯端末モビミルを取り出して、チャットアプリでハンドルネーム「ポワロ」と連絡を取る。

「調べてもらいたい。高南たかな第一魔術学院一年生、エレナ・クリュチェフスカヤ。帝国第八研究院スタッフ、アレクセイ・クリュチェフスキィ。二名の今年三月から過去八年間の住所と帳簿」

 依頼料として800シールトを払い込み、送信。

 長針が11を過ぎる頃、智能ともよしは会議室を離れる。長い廊下を歩く。天井は低く、照明が行き届いていない廊下は仄暗く、あたかも帝国の百二十年間の歴史を物語っているようだ。ここに至るは幾星霜を燃やす鼓動。かつて、二代目皇帝朗度ろうどの統治下、ハマシクルの地は飢饉に見舞われ、四百万もの犠牲者を出した。それから、朗度はハマシクルに住む人々に出産を制限した。耐えかねたハマシクル人は武装蜂起を起こし、領主を追放して、自らの皇帝を擁立した。

 長い廊下を抜けるとそこに昇降機がある。ここ帝国陸軍参謀本部は地下1キロに位置し、戦略級魔術を凌ぐためのシェルターでもある。シェルター全体は地魔術の結界に覆われており、第五位階でも地・水・光の魔術攻撃は無効化され、第四位階以下なら炎・風・闇の魔術攻撃もシェルターの中に届かない。中に入るには昇降機を使わなければならないが、外に出るなら必ずしも昇降機を使うわけではない。たとえば、エレナは第三位階の風魔術「レビテート・スルゥ」を使って岩盤をすり抜けて地上に上がる。

 昇降機の中で智能ともよしは考える。僕は長いこと生きてきたが、人としての生活というものが、未だ見当つかない。僕は百年前の新月島にいづきしまの大都会のそこそこ裕福な家庭に生まれたので、幸せな子ども時代を過ごせたはずだったのに。なんだっけ。帝国陸海軍は、本9日未明、オケアノス海においてカムロ、クーフランと戦闘状態に入れり、だったかな?国の呼びかけにこたえて、僕の父さんと母さんは僕を連れて戦場に出た。カムロの工業都市シュナイツェヒに行われた市街戦で、父さんと母さんを目の前でころされた。僕は逆上して第七位階の闇魔術「カインルゥヤ」を振るってしまった。シュナイツェヒに存在した人とモノすべてが黒い泥と化して、百年後の今も怨念をまき散らしながら入ろうとする冒険者をころし続ける。僕はこの両手で少なくとも百万の人を葬った。あんなに美しかった都市が二度と戻らなかったし、黒い泥を何とかしようと頑張っても状況が好転しなかった。いっそのこと死のうかと思ったら女の子ぬいに止められちまった。今まで阿鼻叫喚で生きてきたこの世界において、たった一つ、と思えるのは、彼女ぬいが言ってくれたあの言葉だけ。


「魔物として生まれ落ちたとしても、死ぬまで人類として生きて」

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