第7.5話 『場違い』と呼ばれる彼女の軌跡

 ――レンティ視点にて記す。


 談話スペースを離れたレンティは、一人、依頼募集掲示板がある区画に来ていた。

 ここは、張り出される依頼の種別によって幾つかの小部屋に分かれている。


 部屋内にあるのは依頼内容を記した用紙が張られている掲示板と、カウンター。

 冒険者はそこで受けたい依頼の用紙を剥がして、カウンターに申請する。


 レンティが入った小部屋は『採取依頼』の掲示板部屋。

 鉱石、薬草、毒草、その他の錬金素材など、求められるものは多岐に渡る。


 しかし、ダンジョン探索や討伐依頼に比べれば達成難易度は高くはない。

 難易度はそのまま報酬額にも直結するため採取依頼の報酬は基本、低めではある。


 だが難易度が低い分、達成も容易であるため不人気というワケでもなかった。

 不人気依頼の代表例は、例えば下水道の清掃などである。


「……さすがにまだいっぱいあるな」


 掲示板には大量の用紙が張られており、部屋にはレンティ一人しかいなかった。

 カウンターの方にもギルド職員の姿はない。来る時間が早すぎたか。


「より取り見取りだな、こいつは」


 小さく笑って、彼女は用紙を眺め始める。

 昨日までの一週間、新たに見つかったダンジョンの探索遠征に赴いていた。


 ダンジョン自体は小さく、そこまで実入りもなかった。

 だが、生息していたモンスターが想定より強力だったため、手こずってしまった。


 おかげで用意した回復用のポーションも底を尽き、ニコのケガを治せなかった。

 帰り道、あの『仮面の騎士』がいなかったら、自分はどうなっていたか。


 詳しく想像する前から、すでに背中が冷たくなる。

 それでも、さっき、ニコの足は治っていた。

 彼女がいる孤児院を運営している神官が街でも有名なヒーラーだったおかげだ。


 リップも来てくれた。

 昨日は魔力も気力も使い果たして、疲労の深さでいえば一番は彼女だった。


 今日くらいは休んでも誰も文句は言わないと思う。

 しかしそれでもギルドに顔を出してくれた――、いや、出さざるを得ないだけか。


 何故なら、金が必要だからだ。

 自分とニコとリップは、各々の事情で金銭を欲している。


 二人の事情については深くは知らない。知るべきではないとも思う。

 ニコとリップは友人だが、パーティー自体は臨時で組んでいるものに過ぎない。


 互いに目的を達成すればあとは自由にやる。

 最初からそういう契約で結成された、最終手段としてのパーティーだ。


 何せ、自分も含めて三人とも、冒険者ギルドから一度引退勧告を受けている。

 それを受けた者は冒険者の間では疎まれ、つまはじきにされてしまう。


 おかげで、三人についたあだ名が『場違いミスキャスト』。

 何とも素敵なネーミングだ。どこも、何も、一つも笑えない。


 お互いに引退勧告を受けた経緯については話さないことで合意している。

 だから彼女は、ニコとリップが『場違い』と呼ばれる理由については知らない。


 しかし、二人は逆に自分が『場違い』になってしまった理由を知っている。

 第一区でそれを知らない人間はいないだろう。というくらいに有名な話だからだ。


 今だって、周りから聞こえる露骨な陰口に耐えかねて、この部屋に来た。

 自分は、あの場に仲間達を残してここに逃げてきた。


 何て、情けない話だ。

 我が身可愛さに、白い目に晒される仲間を放って、自分だけ……。


「……リアン」


 腰に提げる使い古した剣の柄を頼るように指でなぞり、その名が唇から漏れ出る。

 その名は『勇者』レオンの妹であり、かつての相棒の名前。


 リアンは、死んだ。

 自分と共に数多の冒険をくぐり抜けて、最後は自分が見捨てて、死んだ。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 レンティとリアンは同じ日に冒険者になった。

 共に、冒険者の下限年齢である十二歳になった当日のことだった。


 二人はその日初めて出会い、意気投合し、パーティを結成した。

 周りは二人を子供扱いし、大人と組むべきだと諭したり、叱ったりしてきた。

 中にはハッキリと指さして笑ってくる輩もいた。


 しかし、そういった連中を黙らせるのに、さして時間はかからなかった。

 リアンもレンティも、共に才気迸る冒険の申し子だったからだ。


 冒険者は最低のGランクから始まり、Cランクまで上り詰めれば一人前とされた。

 普通は、Cランクになるまで最低でも五年はかかるとされている。


 しかしリアンとレンティは、わずか三か月でその領域へと到達してしまった。

 冒険者界隈は完全な実力社会。

 年功序列など存在せず、冒険者ランクこそがモノをいう。


 二人が冒険者になって半年も経つ頃には、誰も彼女達を笑えなくなっていた。

 そして一年が経過し、レンティとリアンはAランクに至った。


 それは、事実上の最上位ランク。即ち『最高の冒険者』であることの証だ。

 このときには、周りもすっかり二人のことを認めていた。認めるしかなかった。


 第一区のギルドでも史上最速でのAランク到達。

 当然、彼女達二人の名は第一区のみならずパルレンタ市全域に轟き渡った。


 それだけ名が知られればやっかむ者も出てくる。多くの嫉妬を集めることとなる。

 しかし、リアンとレンティには敵よりも味方の方が多かった。


 彼女達がそうなるよう仕向けたワケではない。

 単に、リアンもレンティも、困っている人間を放っておけない性分だっただけだ。


 世の中には困っている人がたくさんいる。

 そんな人々を助けられる人間になれたら嬉しい。


 レンティとリアンが冒険者になった動機は、全く同じだった。

 だからこそ、二人は一緒に組んで、心からお互いに信頼を寄せ合えた。


 金銭や名声を欲する他の冒険者と違い、二人は徹底して『人助け』を続けた。

 善行を重ねれば、その分だけ信用は高まり、信頼へと繋がる。

 そしてその信頼は、二人の人柄への信頼でもある。味方も増えるに決まっている。


 冒険者ギルド創立以来の天才児。史上最速のAランク、若き『正義の味方』。

 誰もが、リアンとレンティのことをそう褒め称えた。


 二人はいずれ『勇者』になるだろう。

 彼女達を知る皆が、それを予感としてではなく確信として思っていた。


 ――だが、全てが順風満帆だった二人に、終わりは唐突に訪れた。


 ある日のことだ。

 リアンとレンティに、当時の副ギルド長ザンテが『試練』への挑戦を提案した。

 それは誰もが知る『勇者』への登竜門。


 ついに来た、と冒険者達は大騒ぎをした。半分祭りのようだった。

 まだ十四歳になったばかりのレンティとリアンは、よくわかっていなかった。


 しかし『勇者』になれば、もっと大きな仕事ができる。

 そうすれば、より多くの人々を助けられるだろう。


 そのザンテの言葉によって、二人は『試練』への挑戦を心に決めた。

 ギルドから提示された『試練』の内容は、未調査のダンジョンの探索だった。


 過去に二度、高ランク冒険者が探索に挑んだが、いずれも失敗。

 探索に向かったパーティはどちらも全滅し、生還者は一人もいなかった。


 ダンジョンはパルレンタ市に近く、外に出たモンスターが街を襲うかもしれない。

 リアンとレンティからすれば、そんな危険な場所を放置などできるはずもない。


 二人はザンテからの依頼を承諾して、問題のダンジョンへと向かった。

 だが、二人だけで向かったのが、間違いだった。


 結果からいえば――、『試練』は失敗した。

 ダンジョンの最奥に待ち受けていたボスモンスターが、あまりにも強すぎた。


 圧倒されたワケではない。

 もう一人か二人、リアンとレンティに並び立てる冒険者がいれば結果は違った。


 しかし、現実は二人に無情なる敗北を突きつける。

 最悪なのは、ボスモンスターの状態が活発化していたことだ。


 ボスモンスターは活発化という状態になることでその強さが飛躍的に増す。

 そかもその変化は、ダンジョン内の全モンスターに影響を与える。

 このままでは、ダンジョンから大量のモンスターが溢れ出し、街を襲いかねない。


 そこで、リアンが提案した。

 ここは自分が残って時間を稼ぐから、レンティは街に戻って報告してくれ。と。


 レンティがそんな案にうなずくはずもない。

 だが、ここで自分達が全滅すれば、パルレンタがっモンスターの大群に襲われる。


 そして逃げるだけならば、リアンよりもレンティの方が適任だ。

 リアンの考えは、残念ながら理に適っていた。

 それをレンティも理解できてしまい、結局、自分だけが逃げることとなった。


 そのとき、レンティはリアンが使っていた二本の長剣の片方を預けられた。

 自分は生きて戻るから、そのときには返してほしい。そう言われて、持たされた。


 ――自分が戻ったら、また一緒に『人助け』をしよう。


 リアンとそう約束して、レンティは逃げた。

 その場にボスとリアンだけを残し、泣き叫びながら逃げた。

 声が枯れかけるまでリアンに謝りながら、瀕死に陥りつつも何とか逃げのびた。


 そして、最終的にボスモンスターは討たれた。

 討ったのは、リアンの兄である同じAランク冒険者のレオンとその二人の仲間。


 その功績によって、レオンは王室から認可を受けて『勇者』となった。

 一方、レンティは依頼を受けることなく、ひたすらリアンの帰りを待ち続けた。


 リアンは生きている。リアンは絶対に帰ってくる。

 そう信じ続ける彼女をに、だが、周りはリアンは死んだと言い続けた。


 それはレンティを慮っての言葉だ。

 彼女の味方であった人々は、純粋に立ち直って欲しいと願っていたのだ。


 だが、レンティは彼らの主張を否定し、相棒が帰ってくるのを待った。

 こうして味方だった人々は徐々に彼女から離れ、半年も経つと誰もいなくなった。

 そしていつからか、こんな噂が流れるようになった。


『ダンジョンのボスモンスターを活発化させたのはリアン達が探索したからだ』


 レンティが活動しなくなったのは、その事実を周りに知られたくないのが理由だ。

 あの女が眠っていたボスモンスターを起こした。リアンの死は自業自得だ。


 あまりといえばあまりな話である。

 しかし、それを否定する材料は残念ながら何もない。


 そして噂というものは独り歩きを始めれば、もうどうしようもなくなる。

 噂が事実を塗り潰し、人々は大して確認もせず、印象だけを頼りに軽やかに踊る。


 レンティが噂を知ったのは、彼女のもとに殴り込みに来た男がいたからだ。

 彼はかつてリアンとレンティに助けられた経験を持った、かつての味方だった。


 何も知らないレンティに彼は「俺の期待を裏切った」だの散々に罵倒を浴びせた。

 ずっと引きこもって外との関わりを絶っていたレンティには、寝耳に水だった。


 そして、噂を知った彼女が最初に感じたのは『リアンを侮辱された』という想い。

 それが頭に浮かんだ瞬間、レンティの意識は灼熱の怒りに染まった。


 気がつけば、彼女は第一区の大通りの真ん中に立っていた。

 周りには、血まみれで倒れ伏している、多くの一般人達。


 全身を他人の血で染めたレンティは、忘我の状態で無防備に立ち尽くしていた。

 死者は出なかった。

 しかし、その事件で多数の重傷者が出て、街中のヒーラーが第一区に集められた。


 レンティの餌食となったのは、あの噂を得意げに話している連中ばかりだった。

 それ以外の、噂に関わっていない人間は一人として傷つけていない。


 もちろん、そんなことを理解できる者はいない。

 結局、彼女は投獄され、冒険者ギルドからも引退勧告をくらうこととなった。


 一気に除名とならなかったのは、これまでに築いた信用があってのことだ。

 しかし、それも引退勧告によって全てなくなった。レンティの信頼は、消滅した。


 あとに残ったのは相棒を死なせ、街の人々を傷つけた『死神』という烙印のみ。

 檻の中で己の所業を思い返したレンティは、心の底から後悔した。

 自分がやったことは、リアンの名誉を逆に地に貶める行為でしかないと気づいた。


 このまま、冒険者をやめるワケにはいかない。

 自分はどうなってもいい。でも、リアンの名誉を回復しなければならない。


 それに、レンティにはリアンとの約束があった。

 自分達が冒険者になったのは困っている人達を助けたいと願ったからだ。


 こんな形で、その願いを、約束を、終わらせたくはない。

 そう訴える彼女に手を差し伸べたのが『勇者』レオンだった。


 彼の後押しもありって、レンティは最底辺のGランクから冒険者をやり直した。

 ただし、そのためにレオンと契約を交わすことになった。


 契約の内容は、自分が依頼達成で得られる報酬の八割を彼に支払うこと。

 辛い契約であったが、冒険者をやめるワケにはいかないレンティはそれに応じた。


 レオンも妹を失って辛いに決まっている。

 それでも自分に手を差し伸べてくれたのだから、感謝しなければならない。


 依頼報酬の上納は、いわばレオンから自分への罰なんだ。

 彼にとって自分は『妹を死なせてのうのうと生き延びた憎悪の対象』だろうから。


 以来、一年以上、レンティはレオンに報酬の上納を続けている。

 そして彼女の『助けグセ』が表に出始めたのも、Gランクに降格してからだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 部屋に、カウンター担当のギルド職員が入ってくる。


「げ」


 若い男性の職員は、レンティの姿を見るなりそんな呻き声を出した。


「…………」


 無言を貫く彼女の前で、職員は居心地の悪そうな表情のままカウンターに入った。

 掲示板を眺めるレンティを、彼はチラチラと見て、ため息をつく。


「……朝から『場違い』と遭遇か、運がない」


 聞こえている。その呟き、完全に聞こえている。

 さすがにレンティもイラッとしたが、ここで文句を言えばどう受け取られるやら。


 人が持つ無意識の悪意にすっかり警戒するようになってしまった彼女だ。

 しかし、ここで依頼を選ばないというのもできない。


 何せ、金が必要だ。

 ダンジョン探索の報酬で手元に残ったのはわずか銀貨十枚。


 昨日、ハナコと共に泊まった宿が一日銀貨六枚だから、今日はもう泊まれない。

 今日中にどうしても銀貨二枚が必要なのだ。


「……何してんだろな、わたし」


 手にした四枚の銀貨に目を落として、そんなボヤキを漏らしてしまう。

 だが、ハナコを助けないという選択は、彼女の中にはない。


 今まで、そうやって何人もの逃亡奴隷を助けては、全員に逃げられてしまった。

 中には信じて預けた現金を持ち逃げされたこともあった。


 だが、別に逃げられるのはいい。

 相手に自分を信用してもらえなかったというだけの話だ。


 人に見限られることには、慣れている。

 一人でいることにも、慣れたくはないが慣れてしまった。


 ただ、街の外にいる『困っている人』を見捨てることがどうしてもできない。

 自分でも悪癖だとわかっているが、それを正せない。どうにも放っておけない。


 ニコには心底呆れられ、リップもよくは思っていないだろう。

 それでも――、次に助ける『困ってる人』こそは、リアンかもしれないから。


 結局、レンティはこの期に及んでもリアンの死を信じ切れていない。

 あの子との約束を忘れられずに、その影を追い続けて無駄に人助けを続けている。


「……リアン」


 相棒から預かった長剣の柄を指先で撫でて、彼女は採取依頼の用紙を剥がす。

 期日は一週間以内、街の東の森での薬草採取。

 報酬支払いは即日で、金額もこの内容にしては悪くない。むしろいい。


 うん、これにしよう。

 これなら、今日の午後いっぱいを使えば終わるはずだ。


「これを頼む」


 レンティはイヤそうな顔をしている職員に構わず、カウンターに用紙を出した。

 さぁ、今日も依頼を頑張ろう。

 胸に蟠るものに無理やりフタをして、レンティは談話スペースへと戻っていった。

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