第7話 女剣士レンティを取り巻く事情:後
――翌朝の冒険者ギルド第一区支部、談話スペース。
多くの冒険者達が集まってぽり、朝から随分と賑やかだ。
その端っこにある丸いテーブルで、俺とレンティはニコやリップと合流していた。
三人娘+俺で合流したのだ。が……、
「…………」
すんんんんッッごい、睨まれとる。
何かね? ちっこい重武装の蒼髪の子がね? 俺のことをジィ~~~~っとね?
「……あの、ニコ?」
俺の隣に座っているレンティも、その視線の圧に若干不安げなご様子。
残る一人、リップはへの字眉で俺とニコの間でひたすら視線を右往左往させてる。
「ぁ、あの……、ニコち? レンちゃん? ぁ、あの、あの、あのね……?」
場に漂う、というかニコが漂わせている険悪な雰囲気に、リップが泣きそうだ。
「別に何もしないわよ、リップ」
と、ニコは言うのだが、じゃあ、俺を睨みつけるのをやめろよッ!
「えっと……」
俺は、戸惑うように声を漏らす。
これは、俺からはアクションを起こせない。今の俺は、庇護された弱者なのだ。
なので俺はレンティを見る。この状況、主役は彼女だろう。
「――ニコ」
俺からの視線を受けて、レンティは意を決して口を開こうとした。
だが、先にニコが言った。
「面倒見なさいって言ったのはニコだし、別に反対とかはしないから」
「え……」
勢いをなくすレンティの前で、ニコはそう言いつつも、ため息。
「でもね、レンティ。言うだけは言わせてもらうわ。……あんた、これで何人目?」
「それは……」
ニコは、視線の圧をゆるめることなく、その視線を今度はレンティに向ける。
そのまなざしに、レンティも言い淀んでしまう。
「あんた」
直後、ニコの視線が俺の方に戻ってくる。
「あんたは、何者よ?」
そしてようやく、俺自身のことが話題に上がる。
こんなこともあろうかと、この世界における俺のカバーストーリーは構築済みだ。
「名前は、ヨシダ・ハナコといいます。東の国で、商人の家に生まれました。生まれ故郷がモンスターに滅ぼされて、そのあと、人買いにさらわれて奴隷に……」
「そ。よくあるパターンね」
ニコが肩をすくめる。
当たり前だよ。ナビコから得た情報をもとに組み上げたストーリーだからな。
怪しまれないように『ありふれ度』を重視した内容だぞ。
「ハナコを乗せた奴隷商人の馬車がモンスターに襲われたらしくて、ハナコはそのときに逃げ出したらしいんだ。それでひたすら歩き続けて――」
「ニコ達のところまで来た、と……?」
俺の説明を引き継いだレンティが、ニコにうなずく。
内容的に『そうそうないが、珍しいというほどでもない』というラインのはずだ。
さて、これを聞いたニコとリップのリアクションは――、
「何か前にもそんなような事情の逃亡奴隷を助けてなかった、レンティ?」
「あ、ゃ、やっぱニコちも思った? 私も思ったょ~……」
前例があった。
これは、俺としては非常にやりやすい。
「……まぁ、放っておけなくて」
そして身を縮こまらせるレンティ。
昨日も言われていた『助けグセ』に、ニコからの追求。そういう事情か。
自らを省みずに困っている人間を助ける。
それは善行なんだろうが、レンティみたいなバチクソ搾取されてる人間がやることか。と問われたら、誰だってすぐにはうなずけないだろう。当たり前の話だ。
「ま、まぁ、でも、ほら! ハナコにはこれから手伝ってもらえばいいじゃん!」
努めて明るく振る舞おうとするレンティだが、ニコの視線は変わらない。
「それも前に聞いた気がするわね、レンティ?」
「ぅ……」
レンティは、完全にニコに意気を挫かれている。
何なんだ。レンティは一体、何度同じようなことを繰り返しているんだ?
それに、どうして人助けを繰り返しているのに、助けられた人間がここにいない?
どうやら、ニコとリップはこの街に拠点を持っているようだ。
レンティに助けられた奴隷、という風には見えない。
じゃあ、今までレンティが助けた連中は、今はどこにいるんだ?
――クスクスクスクス。
「…………ん?」
疑問を覚えた俺の耳に、周りから小さな笑い声が聞こえてくる。
そこにささやかながらにじむ不快なモノが気になって、俺は聴覚機能を強化する。
『見て、またあいつよ?』
『オイオイ、また奴隷を拾ったのか、あの『死神』』
……レンティが『死神』?
『これで何回目だよ。冒険者ギルドに冒険者じゃないヤツを連れてくんな。迷惑な』
『他の二人も迷惑そうな顔をしてやがる。空気読めないよな、あの『死神』』
『他二人も一緒にいる時点で同類だろ。あの『
『悪いのはあの『死神』だよ。あんなのが元とはいえ勇者候補だなんてなぁ……』
『どうせ『死神』の自己満足だろ。あの『助けグセ』も』
『それで助けた奴隷に金を持ち逃げされてるんだから、世話がないっていうか――』
『本当、恥ずかしくないのかね。勇者様とは天と地の差だな』
『『試練』に失敗した挙句、冒険者ギルドから引退勧告を受けたヤツの末路だよ』
『みっともないな』
『全くだ。ああはなりたくないモンだ』
聞こえてくる会話は、いずれもレンティ達を中傷する陰口ばかり。
ニコとリップも『場違い』と呼ばれてたり、レンティが元勇者候補だったり。
それらの情報は、いずれも俺としては初耳のものばかりだ。
レンティが、今まで助けた奴隷に逃げられ続けている。という話も含めて。
「……ちょっと、今出されてる依頼を見てくる」
レンティが、固い顔つきをして席を立つ。
反射的に俺もそれについていこうと、椅子から立ち上がりかける。
「あんたは行っちゃダメよ。一人にしてあげなさい」
「え、でも……」
「いいから。邪魔しないであげて」
つっけんどんながらもレンティを気遣うニコに止められ、俺は椅子に座り直す。
そして、沈黙。ニコもリップも、そのまま黙り込んでしまう。
オイオイ、何だよ、この気まずい空気は。ちょっとやめてくれねぇ?
こんなン味わうんだったら、まだレンティについていった方がマシだったかも。
「……今の話、聞こえてた?」
急に、ニコがそんなことを言い出す。
リップは不思議そうな顔をしていることから、彼女には届いていないらしい。
レンティは多分、聞こえていた。周りと一番近い位置にいたから。
「……何が、です?」
俺は緊張気味の元奴隷ハナコを演じつつ、聞こえていないフリ。
ニコが俺に対する視線を強める。だがそれも一瞬だけで、すぐに和らいだ。
「何でもないわ。――それよりもあんた、ハナコだったわね」
「は、はい……」
「もしもあんたがレンティに恩を感じてるなら、あの子から離れないでいてあげて」
ニコの顔は、ひたすらに真剣だった。
そこに演技や偽りはなく、純粋に友人であるレンティへの心配だけがあった。
「この先、もしかしたらあんたも辛い立場に追いやられるかもしれないけど、レンティに助けてもらった事実は忘れないで。それが、あの子の助けにもなるから」
「ニコ、さん……」
「ぇっと、ぁ、あの、私からもお願いしますぅ~……」
随分とくぐもった声で、リップも俺にそう頼み込んできた。
こいつ、体を震わすたびに胸もしっかり揺れている。それで何故か泣きそうな顔。
これはあざとい。
相当なレベルであざとい。
顔と言動と態度は小動物っぽいクセに、その体は豊満そのもの。
これは何とも男好きする物件だ。それを見せる相手が俺でよかったな、リップよ。
ま、ニコにしろリップにしろ、言われるまでもない。
俺自身が演出した流れだが、レンティに助けてもらったのは事実だしな。
それに、勇者に搾取されてるあいつをこのままにしておくのは、俺としてもナシ。
どういう事情で報酬の八割を渡してるか、その辺をキッチリ調べてから――、
「勇者様だ!」
朝の談話スペースに、誰かの声が響き渡る。
すると、俺達以外の冒険者全員がガタガタと椅子を鳴らして、一斉に立ち上がる。
冒険者達が見つめる先には、ギルド出入り口から颯爽と歩いてくる三つの影。
服装こそ違えど、それは間違いなく昨日見た三人であった。
「ぃよォ~、おめぇら! 朝からお勤め御苦労! 俺様が来てやったぜェ~!」
背に巨大な剣を背負った、厚めの革鎧を着た戦士は、ガゥドである。
軽く手を挙げてのその挨拶が、冒険者達を沸き立たせた。
「おおおぉ! 『大戦士』ガゥドさんに挨拶されちまったぜェ~!」
「やだ、彼、私の方見てなかった? やだぁ~!」
わぁ、こっちに対するものとは反応は180度違ァ~う……。
それにしても『大戦士』とは、随分と仰々しい異名だな。名前負けしてるだろ。
「グッハハハハ! 朝も早よから騒々しい連中だぜ~!」
「君ほどではないだろう。全く、耳障りな」
隣を歩く魔導士ジョエルが、静かな物言いでガゥドを軽く諫める。
これにも、冒険者達が色めきだって騒ぎ始める。
「『導師』のジョエルさんだ! 『賢者号』取得間近らしいぜ!」
「ああ、賢者の学院でも若手ナンバー2の凄腕魔導士だからなぁ、さすがだぜ!」
「彼のあの涼やかな立ち振る舞い、憧れちゃうわぁ……」
ほほぉ、学院若手ナンバー2、ねぇ……。
賢者の学院についてはナビコに調べてもらったが、魔導士の養成所らしい。
冒険者ギルドと同じく大陸全土に支部を持つ、かなり大きな組織だとか。
地方の支部とはいえ、若手ナンバー2ともなれば間違いなくエリートだろうな。
それにしても、二人ともスゲェ人気だ。
俺から見るとガゥドはチンピラで、ジョエルは陰険野郎にしか見えない。
しかし、モブ共視点では『豪快な兄貴分』と『クールな優男』に変換されている。
何事も見る角度によって色々と見方も変わるが、フィルター厚すぎじゃね?
まぁ、二人がそんな風に扱われる理由はわかり切ってるけどな。
当然ながら、それは残る一人――、『勇者様』だ。
「レオンさん! おはようございます!」
「ああ、おはよう。ザック。今日から遠征なんだろう、しっかり頑張って」
「レオンさん、どうも! おはよござっす!」
「マルク、おはよう。前回の依頼は活躍できたらしいね。その意気だよ」
「きゃ~、レオンさ~ん!」
「やぁ、キュリィ。今日も可愛らしいね。新しい錬金薬の調合は終わったかい?」
群がるモブ冒険者一人一人に律儀に受け答えをしているのは、黒い鎧の金髪の男。
腰に長めの剣を差して、彼は笑顔を崩すことなく応じ続けている。
甘いマスクに爽やかなスマイル。
そして、その場にいる全員を記憶し、対応する物腰は柔らかく、声は優しく。
まるで人間味などありゃしねぇ。
そこに立っているのは、誰もが想像する『理想の英雄様』だった。
なるほどね、これは人気が出るわ。
ただでさえ容姿に優れているレオンが、完全にファンサに徹している。
リーダーがこれなら、チンピラと陰険野郎の見られ方も変わるだろうよ。
普通、脇役ってのは主役を引き立てるモンだが、主役が脇役を引き立ててら。
「……何しに来たのよ、あの連中」
という、ニコの苦々しげな呟きが俺の耳朶を打つ。
リップは目を合わせないようテーブルの木目とにらめっこをしている。
もはや朝の談話スペースは完全に二極化していた。
もちろんそれは、俺達と俺達以外だ。レオン達+モブと俺達。ともいう。
そして、レンティが戻ったのはこのタイミングでのことだった。
「なぁ、ニコ、リップ。午後から東の森に薬草採取に――」
「おはよう、レンティ」
「ぁ……」
こっちに声をかけようとしていたレンティが、レオン達を前にして立ち止まる。
それに気づいたモブ冒険者達の視線が、彼女へと突き刺さる。
『ハナコさぁ~~~~ん、情報収集終わりましたよォ~~~~!』
レンティが立ちすくむのとナビコが報告を寄越してきたのは、まさに同時。
俺はレンティの方を気にしつつ、思考を高速化させてナビコから情報を受け取る。
『……へぇ、こいつは』
情報を一読した俺は、意識下で口の端を吊り上げる。
ああ、やっぱりな。そんな気はしていたよ。
こいつらは『正義の味方』だ。
あのクソ変態改造マニアと同じ、あのクソビッチと同じ、あのクソ国民共と同じ。
表向きは『正義』を謳い、その裏で我欲のままに『贄』を貪る『正義の味方』。
『どうするんですか~、ハナコさん?』
問われ、俺は即答した。
大事な大事な『俺の平和』を乱す『
『カンゼンチョウアクを実行する』
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