第6話 女剣士レンティを取り巻く事情:前

 勇者様。

 レンティは、金髪イケメンをそのように呼んだ。

 それを間近で耳にした俺は、思念通信でナビコに確認を取る。


『おい、ナビコ、今、レンティが言った『勇者』ってのは情報確認済みか?』

『もちろんですよ~! ディクショナリにも登録済みです。どうやら特定の基準を満たした冒険者に贈られる尊称で、スター冒険者を表す記号のようですね~!』


 ふむ、魔王を倒す仕事、っていう感じでもないのか。


『ザッと調べた限りでは『勇者』の称号を冠するには三つの基準をクリアする必要があるようですね。一つ、冒険者の最上位等級であるAランクに到達していること。二つ、冒険者ギルドが定めた『試練』と呼ばれる高難易度依頼を成功させていること。三つ、所属している国の王家から認可を得ていること。ですね~!』

『なるほど、王家からお墨付きをもらった国家公認冒険者、ってコトか……』


 それは確かにスターだな。

 まさしく英雄、まさしく勇者、まさしくスーパースターだわ。何せ、顔がいい。


 しかし、そんな相手を前にしてる割にレンティの表情は曇っているように思える。

 ここは俺は何も言わずに、成り行きを見守るのが吉と見た。


「よ~よ~よ~! レンティちゃんよ~! 何でこんなトコにいんだ、おまえよぉ~? 依頼終わらせたんだろォ~? 何で報告に来ねぇんだよ、あァ~~ん!?」


 いかにもチンピラ風味な赤髪のデカブツが、ズンズンとレンティに迫ってくる。

 声と見た目と行動と、その三つでまずはこいつが脅しをかけて――、


「やめないか、ガゥド」


 紺色の髪の魔導士がガゥドとかいう赤髪を軽く諫める。

 すると、ガゥドはそこでピタリと足を止めて、魔導士の方を振り向いた。


「けどよぉ、ジョエル!」

「やめるんだ。レンティは一週間近いダンジョンへの遠征から戻ったばかりだぞ」


 紺髪の魔導士――、ジョエルがレンティを気遣うような言動をする。

 それに、ガゥドは「チッ!」と舌打ちをしながらも、それ以上は何も言わない。


「やぁ、すまない。レンティ。ガゥドが驚かせてしまったようだな」


 ジョエルは、レンティに笑いかけつつ、優しげな言い方をする。

 態度の上では、ガゥドとは全くの正反対。ではあるが、


「ところで、こちらに報告に来なかったのはどうしてだろうか? 疲れているとは思うが、君が依頼を終えた際には、私達に仔細を伝えてくれる約束だろう?」


 ジョエルは、言い方こそ柔らかいままだがガゥドと同じことをレンティに問う。

 脅してなだめてと、実に基本に忠実な迫り方である。


 要は『何で報告に来ねぇんだよ、おまえよォ』なワケだ。

 そして、ガゥドとジョエルから突き上げをくらったレンティは押し黙っている。


 ガゥドのニヤニヤしたツラを見る限り、レンティがビビってると思ってるぽい。

 だが、残念ながらそれは全くの見当外れ。

 何故ならレンティは、最初からこの二人を眼中に置いていない。


 レンティが見ているのは、自分が勇者と呼んだ金髪イケメンのみだ。

 ガゥドとジョエルは最初から無視されている。二人とも気づいていないようだが。


「答えてくれないか、レンティ。どうして僕達に報告しに来なかったんだ?」


 金髪イケメンが口を開く。

 わぁ、高すぎず低すぎず何とも塩梅のいい声。超イケボ。これは聞く蜂蜜ですわ。


「……すいません、レオンさん」


 レンティが、一声謝って頭を下げる。

 金髪イケメン――、レオンとやらはそれに対して小さくため息をついた。


「その謝罪は受け取っておくけど、僕は来てくれなかった理由を知りたいんだよ」


 レオンの追求に、レンティは俺の方をチラリと見る。

 彼女とレオン達の関係性は不明だが、報告に行けなかった理由は明確に俺だろう。

 と、すると、さすがにこのまま何もしないのは『俺の正義』に反する。


「……ぁ、あの」


 声を弱くしたままで、俺はおずおずと手を挙げた。


「あァ?」

「誰だ、君は?」


 ガゥドとジョエルが今さら俺に気づいたようにこっちを見る。何かムカつくな。

 俺はひとまず怒りを腹の底に沈め、レンティを擁護することにする。


「この人は、私を助けてくれたんです。……あんまり、ひどいこと、しないで」


 弱く、消え入るような声で訴えて、目にはちょいと涙なんかも浮かべてみたり。

 クックック、この小動物系ヒロインのかわいそうムーブはどうだ。


 可愛いだろう?

 強く出られないだろう?


 思考の高速化を用いて脳内にて実施した仮想シミュの回数、実に数億回!

 このヨシダ・ハナコ、すでに『か弱いハナコちゃん』のムーブは確立済みよ!


 さぁ、男共よ、うろたえるがいい!

 恩人を庇う健気な俺を前にして『どうすりゃいいんだ』と途方に暮れるがいい!


「――――プッ」


 え。


「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!」

「……クッ、ククッ、クックック、クッハハハハハハハハハハハ」

「…………」


 あ、ッれェェェェェェェェェェェェェ~~~~?

 何でいきなり笑われちゃってんだ、俺?

 ガゥド、爆笑。ジョエル、堪えきれず冷笑。勇者様はなんか俺を睨んでるんだが?


「何やってんだよ、レンティ! おまえ、また奴隷を助けたのかよ!?」


 ……


「自分に余裕がないにもかかわらず、どうにかならないのか、その『助けグセ』は?」


 ……『』?


「…………」


 ガゥドとジョエルに笑われながら、やはりレンティは押し黙ったままだ。

 何だ、レンティが奴隷を助けたから何だっていうんだ。別に俺は奴隷じゃないが。


 二人はまだ笑い続けている。その露骨な嘲笑に、レンティは何も言い返さない。

 しかし、そこでおもむろにレオンが口を開く。


「――『死神』レンティ」

「…………ッ!」


 レンティの目が、その一言によって大きく見開かれた。


「レオンさん……!」

「何だい、レンティ。僕を睨んだって、君がそう呼ばれている事実は変わらないよ」


 レオンは、自分を見据えるレンティを冷たく見返す。

 そして、スッと右手を差し出してくる。


「君が僕のところに報告に来なかった理由はわかった。その奴隷は君の好きにすればいい。それよりも、まだ今回の分を受け取っていない。早く出してくれ、レンティ」

「……はい」


 淡々と話を進めるレオンに、レンティは俯いて沈んだ声で応える。

 そして、取り出したのは何かが詰まっている革袋。


 ジャラジャラと音がするところから見て、中に詰まっているのは貨幣のようだ。

 それを、ガゥドがふんだくるようにして掴み、レオンに渡す。

 レオンが袋の口を開けると、中に入っていたのは銀色の輝きを放つもの。銀貨だ。


「今回のダンジョン探索の報酬、600シルヴェンだな」

「はい」


「そのうち480シルヴェンは、こちらが受け取る。それでいいな?」

「はい」


 ……480シルヴェンて。八割じゃねぇか!


「本来であれば、残り120シルヴェンが君の取り分だが、報告に来なかったのは契約違反だ。罰金として110シルヴェンをもらっておくよ、レンティ」

「な……ッ!?」


 驚くレンティの足元へ、レオンが銀貨を十枚、ポイと放り投げる。

 ヂャリリンと濁った音を立て、銀貨が床に散らばった。


「それじゃあ、僕達はこれで失礼するよ。次は報告を忘れないでくれよ、レンティ」


 唖然となっているレンティをそこに置いたまま、レオン達が踵を返そうとする。


「ま、待ってください!」


 その背中に、レンティが声を浴びせる。

 まるで余裕を欠いた、必死そのものの声だった。


「……何だい、レンティ」


 振り返ったレオンの瞳に射すくめられたか、レンティの顔が若干青ざめる。

 だが、彼女は奥歯を噛みしめて、言った。


「せ、せめて30シルヴェンは置いていってください。……でないと」


 でないと、自分の生活が立ち行かない、か……。

 見たところ、レンティはひもじい思いをしているようだし、そう思うのも無理は、


「でないと……、こっちの子に渡せるお金も捻出できません」


 ……え、俺? 俺ッ!?


 レンティ自身じゃなくて、俺なの? こいつ、この状況で俺を優先するの!?


「レオンさん、お願いします……」


 そう言って頭を下げるレンティを見て、レオンはしばし沈黙する。


「……フン」


 そして、勇者と呼ばれた男は、そこで初めてレンティに向かって表情を浮かべた。

 咎めるような、厳しいまなざしだった。


「そうやって君は、の代役を演じようとし続けているんだね、まだ」


 ふむ、あの子、とな……?

 指摘されたレンティが、俯かせていた顔をはじけるような勢いで上向かせる。


「そんなのじゃありません! わたしは、ただ――」

「リアンはもういない。あの子は死んだんだ。僕の妹を殺したのは、君だ」

「――――ッ、…………ッ」


 レンティは何かを言いかけたが、言えなかった。

 再び俯く彼女から早々に興味をなくし、レオン達は今度こそ部屋を去っていった。


「……クソ」


 レンティは、一人毒づいて、床に散らばった銀貨を拾い始めた。

 その小さな背中を震わせているものは、怒りか、嫌悪か、恐怖か、それとも。


「悪ィな、情けねぇところ見せちゃってさ。ところで、腹減らないか?」

「え……」

「おまえ、どうせ金持ってないだろ? わたしが何か奢ってやるよ」


 そう言って、レンティは笑う。

 それは、レオン達が来る前にも見せた、俺を励ますための明るい笑顔で……。


「――『俺の平和』が乱されそうだ」


 俺は、ごく小さい声でそれを呟いた。


「ん? 何か言ったか?」

「え、何も言ってませんよ……」


 誤魔化しながら、俺は考える。

 俺を助けてくれた超お人よし女剣士、レンティ。


 こいつは、いつか誰かに食い物にされると思っていた。

 だがそれは違った。レンティは、とっくの昔に食い物にされていたんだ。


 勇者レオンと剣士レンティ、そして死んだレオンの妹リアン、か……。

 ちょっくら、調べてみるとするか。


『ナビコ』

『はぁ~い、あなたの頼れるサポートAI、ナビコでぇ~す!』


『レンティと今のレオンってヤツの背景、調べられるか?』

『個人に関する情報ですかァ~? 検索難易度が一番高い部類ですけど、調べられないこともないですよ~。でも、大丈夫かな~?』


 ん? 大丈夫って、何が……?


『調べるのに、何か問題あるのか?』

『え~、だって、個人情報の取り扱いは慎重を期すべきじゃないですか~』

『異世界にコンプライアンスはねぇよ!』


 変なトコで融通きかねぇな、この超次元全環境対応型万能サポートAI様はよッ!

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