第1章 女剣士レンティの転生

第5話 十字路の街パルレンタにて

 名称:十字路の街パルレンタ

 人口:推定400000人

 交通:陸路、河川を使った水路

 代表:※現在情報収集中

 特徴:東西と南北、二つの大きな街道が交差している一大交易拠点。

    四つの区画が存在し、それぞれが一つの都市としての機能を有している。

    周囲に複数のダンジョン、古代遺跡が存在している。

    冒険者ギルドの規模が国内でも随一。別名『冒険者の都』とも称される。


 ――俺が連れてこられた街は、つまり『地域屈指の大都市』らしい。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 俺は目を覚ました。


「…………ぁ」


 まぶたをうっすら開けて、小さく、そして弱々しく声を出す。

 同時の、俺の意識下にナビコが集めてくれた現在地に関する情報が認識される。


 ここは『十字路の街』パルレンタ。

 東西と南北に延びる『大街道』が交差する場所にある交易拠点にして商業都市。


 さらには歩いて二時間もかからない場所にかなり大きな川もある。

 なるほど、海には面していないが港湾都市としての機能も備えているらしい。


 周囲にはダンジョンと呼ばれる迷宮が複数存在している。

 また、モンスターの生息地もあるため、街には冒険者が多く集まっている。


 冒険者の組合である冒険者ギルドの規模は国内でも随一。

 そのことからパルレンタ市は別名『冒険者の都』とも呼ばれている。


 今のところ判明したのは、そういった大雑把な情報だった。

 しかし、俺が気になったのは別の情報。


『……人口400000人? いくら大都市とはいえ、封建社会で?』


 ファンタジーみ溢れるこの異世界で、日本の中堅都市に匹敵する人口って。

 これは、いくら何でも多すぎねぇか……?


『それが多すぎないみたいなんですよね~』


 俺の思考に対して、ナビコが思念通信を寄越してくる。


『この数字は総人口であって『人類』だけとなると180000人程度に減ります』

『……つまり、大半は『人類』ではない?』

『そのようですねぇ~。どうやら『人類以外の知的生物』が相当数いるようですね』


 人類以外の知的生物。

 そのワードは何とも異星人的ではあるが、この世界のコトを鑑みるに――、


『もしかしてエルフとかドワーフとか、そういう……?』

『はい、まさしくそれですね~。エルフ、ドワーフ、獣人種、竜人種なんかです』


 マジか~、いよいよファンタジーだなぁ、そいつは……。

 いや、モンスターだの魔法だので、すでに十分ファンタジーではあるんだが。


『ちょっと面白いのがですねぇ~』

『おう、何よ?』


『この異世界、二十一世紀です』

『は?』

『地球に換算すると、紀元前含めても二十一世紀に相当するんです、この異世界』


 ナビコの言ってることが一瞬理解できなかった。


『え、でも封建社会だぞ? 思いっきり近代以前だぞ?』

『魔法が原因ですね』


 と、ナビコはあっさりと俺に答えを示す。


『魔法技術があるおかげで『文明の発展速度』が地球よりも全然遅いんですよ~』

『なるほどな……』


 それを聞いて、俺は納得した。

 できないことを新たな技術でできるようにする。不便を覆して便利にする。

 それが、文明の発展ってヤツだ。


 最初からできるなら、変える必要はない。つまり、革新は訪れない。

 それでも、人が生きれば不便は生じる。それを覆そうとする動きも出てくる。


 だが、魔法のおかげでその頻度が地球より格段に少ないワケだ。

 だから新たな技術を追求する動きも少なく、大きな発見に繋がる可能性も低い。

 そりゃあ、技術の進歩だって緩やかだわなぁ。納得しかない。


『他にも大きな要因として、モンスターの存在が挙げられますね~』

『そりゃ、仕方がねぇな……』


 モンスターは人類の敵対存在であり、決して無視できない外敵。

 駆逐・防衛のためのリソースを少なくすることは、完全な自殺行為でしかない。


 災害が多発する地域を想像すればいい。

 度重なる被害の立て直しには、どうしたって莫大なリソースが必要となる。


 この異世界は、全域がそういった『復興が必要な被災地』になる可能性を持つ。

 そりゃ、発達・発展のためにリソースを割けるはずもないわな。


 さてさて、現状の認識は完了した。

 思考の高速化により、ここまではおよそ二秒ほど。


「目、覚めたか?」


 上から、レンティが俺を覗き込んでくる。

 後頭部に柔らかい感触。これは枕か。すると俺はベッドに寝かされているのか。


 レンティの顔の向こうに梁と天井が見える。

 どうやら、それなりに広い部屋のようで、建物自体も結構な大きさだな、これは。


「ここ、は……?」


 俺はよわよわ演技を続けて、まずは現状の情報を得ることに努める。


「ここはパルレンタ第一区にある冒険者ギルドの二階の部屋だ」


 第一区の冒険者ギルド。

 パルレンタには四つの支部と一つの本部がある。第一区ギルドは支部の一つだ。


「私は……」

「わたしが運んできたんだよ。おまえ、急に現れて気絶するから、驚いたぞ」


 ふむ。急に現れた俺を、それでも放置せずにギルドまで運んできたのか。

 やっぱり、俺の睨んだ通りレンティは薄情者ではないらしい。

 もしくは――、俺に何らかの利用価値を見出した、か。そのどちらかだろう。


「で、おまえ、名前は言えるか? どこに住んでたんだ? 家族はいるか?」


 あ、訂正する。

 こいつは単に俺を放っておけなかっただけだ。顔つきから俺への心配を感じる。


 ははぁん、さてはこいつ、ただの『いいヤツ』だな。

 ならば、まずすることは決まった。

 俺はゆっくりと身を起こして、レンティに向かって深々と頭を下げる。


「助けてくれて、ありがとうございます……」


 そして、できるだけ本気でレンティに感謝をしておく。

 いかがかな、レンティよ。

 この、いかにも儚げな黒髪美少女による真正面からの真摯は感謝は?


 こいつはなかなかにキくだろう!?

 おまえは今、この俺に対して、ちょっとした庇護欲を掻き立てられたはずだッ!


 美少女から感謝され、好意を寄せられる。

 これに抗える人類なんて、俺にはちょっと想像がつかないぜェェェェェ~~~~!


 俺が目指すのは『俺の平和』が守られる生活環境。

 恵まれてる必要はない。平々凡々で構わない。ただ、自分のための人生が欲しい。

 それは、地球ではついに叶えられなかった、ありふれているはずの俺の夢だ。


 これを実現するためならば、今の俺は何でも利用しちゃうぞ。

 せっかくこうしてハナコになったのだ。

 己が得た可愛さをアドバンテージとして、目的達成のため最大限に活かしてやる。


「何とか大丈夫そうだな。無事でよかったよ」


 レンティが安堵したように息をついて笑う。

 そういえば、こいつ、今は街中だからか鎧を外している。普段着姿だ。


 それで気づいたが、随分とボロい服を着ている。

 見るからにそこかしこがよごれているし、穴開きも一つや二つじゃない。


 ワンコと戦っていたときの装備も、随分と使い込まれていたように見受けられた。

 相当金がなさそうだな。というのが、改めてレンティを観察した俺の印象だ。


「他のお二人は……?」


 この場にいるのはレンティのみ。ニコとリップの姿が見当たらない。


「あいつらなら帰ったよ。ニコは孤児院に、リップは賢者の学院に」


 孤児院と賢者の学院。

 前者は地球にもあったものと同じと仮定して、後者はナビコに検索させるか。


「あなたは……?」

「わたし? あ~、わたしは……」


 そこで、レンティが言いにくそうに視線を逸らして金色の髪を掻く。


「ニコから『あんたが面倒見なさい』って言われちゃった」


 あら。


「それは仕方がないけどな。おまえを連れて帰ろうって提案したの、わたしだし。ニコには反対されたけど、放っておけなかったしな~。ま、そういうワケだよ……」


 レンティ、やっぱりこいつ、筋金入りのお人よしか……?

 こいつの身なりを見るに、確実に金を持っていない。なのにこいつは俺を助けた。


 ニコが俺を助けることに反対したのは、財政的な部分を考えてのことだろう。

 俺がニコの立場でも同じ理由で反対する。おまえが抱え込むことじゃない、と。


 だけど、助けられた立場の俺は、こいつを利用することを躊躇しない。

 グスンと涙ぐんで、声を震わせて改めてレンティにお礼を言ってやるのである。


「……本当に、本当にありがとうございます」


 せめて『俺を助けてよかった』と思わせてやろう。

 事実、ヨシダ・ハナコがレンティに感謝しているのは、事実なのだから。


「そんな、お礼なんていいよ。困ったときはお互い様だろ?」


 レンティが明るく笑う。

 その笑顔は礼を言われたからではなく、俺を元気づけるための笑みだ。


 あ~、いい人。こいつ本当にいい人。

 それについて思うのは、いつか食い物にされるぞ、おまえ。という乾いた感想。


「ところで、おまえ――」


 と、レンティが俺の素性を尋ねようとしたときだった。

 バンッ、と、激しい音がして、木製のドアが乱暴に開け放たれた。そして――、


「ここにいやがったのかよォ~、レンティちゃんよォォォォォ~~~~!」

「全く、手間をかけさせてくれるなよ、レンティ」

「探したぞ、レンティ」


 部屋に入ってきたのは、揃ってガタイのいい、三人の男達。

 一人は、三人中最も背が高く筋肉質な、赤い髪を逆立たせた絵に描いたような『乱暴者』。ドアを蹴破ったのは、間違いなくこいつだな。


 二人目は一人目とは真逆の、細身の、随分と落ち着いた感のある男だった。

 紺色の長髪を後ろに流し、纏っているのはリップと同じローブ。魔導士っぽいな。


 三人目は、一目見てこいつがまとめ役とわかる、銀色の髪のイケメンだ。

 何だこの王子様は、といわんばかりの整った顔つきをした、貴公子然とした男だ。


 レンティの視線は、三人目の男に固定されている。

 そして、彼女はその表情をにわかに険しくしながら、銀髪イケメンをこう呼んだ。


「……勇者様」

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