第8話 ヨシダ・ハナコのパルレンタ散歩

 勇者様共が冒険者ギルドに来たのは、単なる嫌がらせだった。

 連中、レンティが戻ってきてすぐに軽く挨拶して、さっさとどっか行っちゃった。


 でも俺は知ってるよ。

 レンティの曇った顔を見て、ガゥドとジョエルがニヤニヤ笑ってたの。

 彼女を気遣うそぶりを見せていたのは、レオンだけだった。


 ジョエル君、表面上はクールを装ってる割にポーカーフェイスが下手だな~。

 やるなら、レオンくらいには面の皮を分厚くしてほしいところだ。


 ま、レンティを曇らせに行こうって提案したのは、そのレオンなんだろうけどな。

 この辺りについては、ナビコに調べてもらった。


 過去にレンティが起こした事件と、レオンと交わした契約についても。

 その内容が『冒険者復帰の後押しをする代わりに報酬の八割を支払う』とか……。


 とんでもねーな。

 トイチどころの騒ぎじゃねーや。


 レンティが冒険者を続ける限り、レオンのもとには常に不労所得が転がってくる。

 スゲェな、無給で無休なヒーローやってた俺からすれば全く夢みたいな話だ。


 だが、問題は、別にレオンは金に困ってないってところだ。

 あいつは『勇者』。

 ギルドが定める最上位のAランクで『試練』を乗り越えた、王家公認冒険者。


 その名声はこのパルレンタのみに留まらず、国中に轟いているはず。

 つまりは、儲け話なんていくらでも舞い込んでくる状況にある。


 だってのに、やっこさんはレンティの冒険者復帰支援に見返りを求めた。

 依頼報酬の八割という、ボッタクリが可愛く思えてくるレートでだ。


 リアン、だったか。

 死んだと思われるレンティの相棒で、レオンの妹。


 レンティはこの八割のマージンを慰謝料か罰金のように捉えている節がある。

 レオンは妹を死なせた自分への罰として、極端な暴利をふっかけている。


 きっと彼女からすれば、そんなような認識なんだろう。

 だが、果たしてどうなんだかな。

 それについては、もう間もなく明らかになるだろう。


「……に、してもな~」


 ベッドの上、俺は呟いて寝転がる。

 ここは、彼女が俺を泊めるために借りてくれた宿の一室。それなりに広い。


 一泊銀貨六枚。つまり6シルヴェン。

 時刻は午後二時を少し過ぎた辺り。部屋には俺しかいない。


 レンティは、今日の宿代を稼ぐべく薬草採取に出かけている。ニコ達も一緒だ。

 俺は、レンティが帰るまでこの部屋で待っているように言われている。


 部屋は、広いとはいっても娯楽なんぞありゃしない。

 やることがない。やるべきこともない。娯楽なんて全くない。俺は自由だ~!


「……やることがない自由は不自由というのでは?」


 なかなかに笑けてくるよな、こいつは。

 寝てすごすというのもありかもしれないが、それは別に今じゃなくてもいい。


「――よし」


 俺はベッドから身を起こして、部屋の外に出てドアに鍵をかける。

 レンティが帰ってくるのは夜だろう。その前に戻れば、別に問題はあるまい。


「ちょっとお散歩に行ってきますね」


 宿の入り口近くにいた店主に声をかけると、一瞥されただけで何も言わなかった。

 無表情を繕ってはいたが、その裏にある迷惑そうな気配を隠しきれていない。


「……『場違いミスキャスト』、ね」


 今の店主の表情一つで、この街でのレンティの扱いも知れるってモンだ。


「さて、適当に街をブラついてみるか」


 昨日はほとんど見られなかったパルレンタ市街を、今日こそ歩いてみよう。

 一応、街並みなんかはある程度見て入るのだが、やはりじっくり観察したい。


 ま、金はないので本当に見て回る以外のことは何もできないが。

 別にそれでも構わんか。

 金欠状態での人生の楽しみ方なら、日本でヒーローやってた頃に会得している。


 俺の散歩をそんじょそこらの一般人の散歩と一緒にしないことだな!

 見せてやりますよ、本当のお散歩ってヤツをね!



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 う~ん、異世界ッッ!

 軽く街を見て回ってまず真っ先に思ったのが、それ。


 今、俺はパルレンタ市第一区のメインストリートを歩いている。

 かつてブチギレたレンティが大立ち回りを演じた現場だが、随分賑やかなことで。


「へい、らっしゃい! 今日はキャーベにディコンがお安くなってますよ~!」

「こちら、新商品のベヒーモ肉のパイ包みになります! お一ついかがですか~!」


 往来に響き渡る、呼び込みの声。

 そして香る焼けた肉の匂い、果物の甘い匂い。


 広い道を服装も人種もバラバラな人々が行き交い、馬車が何台も通っている。

 耳に届くガラガラという車輪の音が、結構聞き心地がよかった。


「……本当に人間以外の知的生命体が多いな」


 ザッと見渡しただけでも、明らかに人ではない種族がチラホラ。

 笹みたいに尖った耳をした美青年は、間違いなくエルフ。


 少し離れた場所には、背が低くずんぐりむっくりしたひげの偏屈そうなオッサン。

 あれは、エルフと共にファンタジーの代名詞であるドワーフだろう。


 しかし人間以外で一番多く見かけるのは、獣耳と尻尾を持った獣人達だ。

 猫耳、犬耳、ウサ耳に牛耳に他にも様々で、バリエーション豊富なことよなぁ。

 獣人と一括りにしてるが、きっと耳ごとに種族単位で違うんだろうなー。


 そして、数は少ないがやたら目立つのが竜人。

 ウロコに覆われた爬虫類型の人類ってのがまず派手だし、何よりデッケェ!


 大人なら身長3mくらいはありそうだ。

 子供でも、人間の大人くらいの大きさっぽくて、他の種族が小さいの何の。


 これは、戦闘種族っぽく見えるなー。

 だって間違いなく強いモン。

 見た目から生命力漲ってるし、他の種族とは一線を画す強度を感じる。


 きっと戦うことが大好きな武人肌ばっかりなんだろうな。

 主な収入源も傭兵とか商人の護衛とかなんだろうなー。などと、俺が思ってたら、


『竜人種――、この世界ではドラガンと呼ばれているみたいですけど。見た目、確かに強そうなんですけど、実は商人が多いみたいですよ。所属単位でお金が好きらしいですね。個体総数は少ないですけど、そのほとんどが非戦闘員の商人らしいです』

『マジで言ってる……?』


 いきなり報告を寄越してきたナビコに、俺は軽く混乱をきたす。

 全くもって見た目のイメージに合わんのだけど、その設定。


『設定じゃなくて事実ですよ~。ここは異世界ってことですね~!』


 所詮、魔法のない世界で培われたファンタジーの常識は創作でしかなかったか。


「ふ~む……」


 それにしても人が多い。

 ここは新宿かってくらいの人口密度に見える。人に揉まれてますよ、今の俺。


「……チッ」


 俺は軽く舌を打つ。

 マジで揉まれた。ケツを。どさくさ紛れのチカンかよ……。


『どうします~? 追いかけます~?』

『調査だけはしといてくれ。今は散歩優先だ』


 こんなに人が多いところじゃ『環境迷彩』も使いにくいからな。


『……しかし、痴漢されるってのは、こんなムカつくんだなぁ』


 男だった頃には無縁な話だったので気にしたことはないが、これは腹立つなぁ。

 自分が他人の欲望のはけ口にされるってのは、気持ちが悪ィわ。


「さて、そろそろ別の場所に行くか」


 テンションも萎えたし、新しい景色を見て気分を新しくしよう。

 そう思いながら、俺は歩みを速める。


「マジでデケェ街だわ」


 歩くさなか、漏れたのはそんな小さい呟き。

 城塞に囲まれた都市はヨーロッパにもあるが、ここはそのどれよりも大きい。


 パルレンタ市の形状は、大雑把にいえば八角形。

 中央で、南北を通る『ウェルナ大街道』と東西を通る『ルサス大街道』が交わる。


 大街道によって四分割されたうちの北東に当たる部分が、俺がいる第一区。

 そこから南に下った南東部分の区画が、第二区。

 そして北西部分の区画が第三区、南西部分の区画が第四区となっている。


 パルレンタ市の特徴は、四つの区が特色を有する都市として独立していることだ。

 簡単にいえば、四つの都市が寄り集まった複合連結都市ってところか。


 地理的にはどっかの国に含まれるらしいが、高い自治権を有しているとのこと。

 ヨーロッパで例えるならヴェネツィアかヴァチカンか、その辺りに近いだろうか。


 だが、この街だけで人口400000人ってのは、やはり規模が違う。

 近隣の村や街も含めれば、総人口はどれくらいになるやら。

 事実上、国家そのものとそう変わりはないんじゃないか、このパルレンタ市は。


 ま、それだけデカイ街だと、どこもかしこも栄えてるってワケにはいかないわ。

 通りを抜けて、俺は奥まった路地へと入っていく。


 明るかった石造りの街並みが一気に日陰に覆われて、重苦しいイメージが増す。

 それでも人はそれなりにいたが、活気という面では見る影もなくなる。


「何をしている、早く運ばんか!」

「は、はぃ……」


 商人とおぼしき蒼い鱗のドラガンが、獣人に荷物を運ばせている。

 獣人の方はおそらくは奴隷だろう。痩せてはいるが、やつれてはいないようだ。


「オイ、貴様……。右足を引きずっているな、何故だ?」

「あ、申し訳ありません、御主人様……。実は、一昨日くじいてしまいまして」

「何ィ~?」


 言いにくそうにしてる奴隷の報告に、ドラガンの商人がこめかみをヒクつかせる。


「貴様、私の所有物の分際で私に報告を怠るとはどういう了見だ!」

「ひ、ひぃぃ……、も、申し訳ございま……」


「医者だ! すぐに医者に行くぞ! 荷物はいい、他の者に運ばせる!」

「…………へ?」


「何を呆けておるか! 私の所有物である貴様の傷を放置したままでは、私に『奴隷一つ満足に管理できぬ愚かな商人』のレッテルが張られるだろうが! 私の所有物である貴様にとって、五体満足と心身の健康は義務であると心得よ!」

「ご、御主人様ァ……!」


「クッ、何を瞳を潤ませておるか! 別に貴様のために言っているのではないわ!」

「はい! 存じております。はいッ! 今後気をつけます……ッ!」

「わ、わかればよいのだ。うむ。では医者を探すぞ」


 そう言って、ドラガンの商人は奴隷をお姫様抱っこしてどっか行った。

 何これ、優しいかよ。

 どうして異世界でデカブツのツンデレを見せられにゃあかんの?


『――とはいえ、奴隷は奴隷。と』


 万が一にも聞かれないように、思念だけで零しておく。

 やはりここは異世界。

 奴隷制が普通にまかり通っているのを見ると、それを強く感じさせられる。


 いくら優しく扱われようと、奴隷はモノ。ヒトじゃない。

 御主人ガチャで今みたいなSSRを引き当てなければ逃げるヤツだって出てくる。


 俺は、さらに街を歩いて、大通りから離れていく。

 そうなると、建物も薄汚くなって、さらにひとけもなくなっていく。


「レンティが助けた奴隷は俺を除いて六人」


 結構な数のように思える。

 だがこの街の規模と、流入する人間の数を考えれば、きっと大きな数字じゃない。


「六人全員が、レンティに助けられて一か月以内に姿を消した」


 俺は街の端の方へを歩いていく。

 人のいない方へ、閑散としている方へ、歩いていく。


「そのうち一人はレンティと結構打ち解けて、財布を預けるくらいの仲になってた」


 ついに市街部を抜けて、外と内を隔てる城壁近くに到達。

 周りを見れば、そこにあるのは草木だけ。人の姿なんてありゃしない。


「けど、その奴隷もレンティの財布を持ったまま姿を消した」


 小規模な森のようになっている街の外周部。そこは薄暗く、静けさに満ちている。

 俺以外には誰もいない。いるはずもない。だが呟く。


「六人全員が姿を消したのは何故だ?」


 問いかけ。答える声はない。


「全員がレンティと同じ扱いを受けたくないと思ったからか?」


 問いかけ。答える声はない。


「六人全員が? 自分を助けてくれた、あのお人よしを見限った? 本当に?」


 問いかけ。答える声はない。


「そんなバカなことがあってたまるか。――なぁ、そう思わないか?」


 問いかけ。だが、もう待たない。

 俺は、ゆっくりと後ろを振り向いた。全ての答えは、そこにあった。


「どうだい、ガゥドさん」

「おまえ、俺達を誘いやがったのか……?」


 俺に向かって眉間にしわを集める『大戦士』ガゥド。

 さらにその後方には、それぞれ剣やらこん棒やらで武装した、人相の悪い男達。


「やっぱりな」


 口角を吊り上げて、俺はのどの奥で低く笑った。


「これまでにレンティが助けた逃亡奴隷は、全員おまえらが始末してきたワケか」

「だったら何だってんだァ~? あァ~!?」


 ガゥドが、背の大剣の柄を掴み、大声で威嚇してくる。

 何ともデケェ濁声だが、ここは市街地から遠すぎて、全く届かないだろう。


「逃亡奴隷なんてのはなぁ、生かす価値もねぇ、壊れた道具なんだよ! 生きてる限り金しかかからねぇガラクタを始末してやってんだから、感謝してほしいぜ!」


 そう言って、ガゥドが周りに「なぁ!」と同意を促す。


「そうだぜ、ガゥドの兄貴の言う通りだ!」

「俺達がやってることは、廃品の処理なんだよ。別に悪いことじゃねぇ!」


「ああ、その通りだぜ。むしろ俺達はイイコトをしてるのさ!」

「逃げた奴隷なんて悪いヤツ、放っておいたら何をしでかすかわからねぇモンな!」

「何をしでかすかわからねぇなんて、とんでもねぇ悪党だよなぁ!」


 十人くらいいる男達も次々にガゥドに賛同して、こっちを睨みつける。

 見事なまでに量産型のチンピラだ。ファンタジー世界観におけるモヒカン枠よ。

 そのうちの一人が、何かに気づいたようにガゥドに話しかける。


「と、ところでよ、兄貴。こいつ、結構上玉だぜ?」

「あァン? おまえはどうしようもねぇな。前もそうやって言って、好きにヤッて壊しちまったじゃねえか。まぁ、別にいいんだがよ。どうせ最後は殺すんだからな」


 そう言うガゥドの瞳も、欲の色に染まっている。

 はいはい、可愛いヨシダ・ハナコちゃんを前にしたらそういう反応にもなるよな。


 さっきの人だかりの中でのチカンを思い出し、少しだけ気分が悪くなる。

 これが男のサガだとは思いたくねぇなぁ。元・健全男子としてはよ。


「言っておくがよォ、俺達は別に悪いことはしちゃいないんだぜ? この街じゃ逃亡奴隷は殺しても別に罪にはならねぇ。逃げる奴隷の方が悪ィんだからなぁ!」

「「「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」」」


 森の中にガゥドとゴロツキ共の笑い声が響く。

 そして、愛用の大剣を引き抜いたガゥドが、その刃を舐めて俺をねめつける。


「何でおまえが俺達に気づいたかは知らねぇが、ここで死んでもらうぜェ? その前にたっぷりと俺達が天国見せてやるからよ、それで満足してくれや!」

「……ハァ」


 得意げに語るガゥドを前に、俺、思わずため息。


「本当によォ~、そういう『自分は間違ってない』っていう認識は厄介だよな。頭が悪いヤツがそれを持つと果てしなく増長するモンな、今のおまえらみたいにさぁ」

「……何だ、おまえ?」


 ガゥドの顔色がにわかに変わる。

 ヤツから見れば、今の俺は絶体絶命の状況に追いやられた弱者でしかないからな。

 恐れを全く見せない俺に違和感でも覚えたのだろう。


「教えてやるよ、チンピラ『大戦士』様」


 流れる風に髪を揺らして、俺は薄く笑ってやる。


「絶体絶命の状況に追いやられたのは、おまえらの方だよ」


 少しずつ、少しずつ、俺の笑みが深まっていく。

 それはやがて人の笑みから獣の笑みとなり、そして鬼神の笑みとなる。


「な、何だこの女……!?」


 ゴロツキの一人がおののきに身をのけぞらせるが、もう遅ェよ。

 すでに、この辺り一帯は『環境迷彩』で覆っている。


 内部でどれだけ暴れ回ろうと、それが外に漏れることはない。

 ついでにいえば境界面に反発力場を発生させている。無理やり出ることも不可能。


「くたばれ『正義の味方』共」


 気分の高まりを声に乗せ、俺はガゥドに中指を突き立ててやる。


「――ここから先は『完全超悪カンゼンチョウアク』の時間だ」

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