第3話 ベーサーは奏でる!

 バンドには加入したものの、メンバーは俺と琴名さんの二人だけ。


「というわけでメンバーを集める方法を考えましょう」


「考えてきたわけじゃないのね。まあいいけど」


 俺たちは池袋のファミレスにて作戦会議を行うことにした。何気に女性と二人でファミレスを利用するのは初めてなので、ちょっと楽しい気持ちがする。琴名さんはノースリーブの胸元の開いたシャツにデニムのミニスカートというちょっとギャルっぽい感じだった。首から上は清楚系なのに、露出の派手さでどこか危うい魅力を感じた。


「とりあえず王道は同じ学校のひととかなんだけどね。同級生とかでいい人いない?」


「忘れてます?俺もう社会人なんですけど。というかお前音大生様だろ。そっちこそ同じ大学とかいないのかよ」


「………あなたはもう学生じゃないし。やっぱり学生の募集はやめにしましょう」


「おい。なんだその間は?さも俺のせいでやめるみたいな言い分だけど、お前大学でメンバー募集できない事情とかあんのか?ん?」


 琴名さんはどことなく遠い目をしながら皮肉気に笑う。


「私、モテるでしょ?」


「お前が人気のキャバ嬢だっていうのはわかるけど。それがどうした?」


「そんな私が同じ学校の中で募集掛けたら収集つかなくなるわ」


「ふーん。まあ大学生バンドの醜聞は陰キャな俺の耳も届いてたからな。さもありなん。じゃあ女子だけに限定するとか?」


「私、モテるでしょ?」


「まあ美人さんだね。てか天丼やめて。突っ込みづらいからね」


「私以外の女子がバンド活動するなんて、輝いてるワタシかわいい以外の理由ないでしょ?」


「お前は他の女子に今すぐにごめんなさいしようか?」


「だから美人な私が同じバンドにいたら輝けなくて気まずいでしょ?集まらないわよね」


 しょうもない理由でメンバー集めが出来てないってことだけはわかった。こいつが学外の俺に声をかけた理由も段々とわかってきた。


「あなたの職場にいい人いない?ベーサーさん並みに楽器もうまくて性格のいい人」


「いないね。ていうかこの間の騒ぎを知ってる同じ職場のメンバーとバンドは組みたくないんだけど」


 部長に絶対に睨まれるよね。お気に入りのキャバ嬢とバンド組みましたとか、貢いでいるおっさんが聞いたら卒倒もんだと思う。


「そう。どうしましょうか?困ったわね」


「SNSで募集とかすればいいんじゃねぇの?」


 今どきはネット経由で友人を見つけたり、恋人を見つける時代だ。バンドメンバーだってネットで見つければいい。


「ふーん。でもそれで優秀な人って来てくれるかしら?それにベーサーさんみたいに私の足元見てくるような人が来たら困るのだけど?私の理念に共感して熱心かつ自発的に活動してくれる優秀な人がいいわ」


「お前はブラック企業の社長か何かか?優秀な人材っていうのは放っておいても来ないの。性格がまともな奴だったら育ててやるくらいの覚悟で募集しないと」


「正直に言ってそんな悠長なことはしたくないのよ。すぐにでも体裁を整えてバンドとして世間様に売り出していきたいの」


 琴名さんの顔に焦りの色が見える。まだ若くて時間が有り余ってるくせに。だけどその焦りの気持ちはわかる。昔鬱だった時、頑張っても頑張ってもなんの結果も出せない頃があった。焦燥感が常に俺の人生に付きまとっていた。なのに人に誇れる結果は出せず、ますます落ち込む負のスパイラル。それはまだ若い子に味合わせていい感情ではないだろう。


「動画サイトを使うのはどうかな?」


 俺は一つのアイディアを思いついた。


「動画?」


「そう。俺とお前の演奏をアップして、俺たちとハーモニーしようぜー!みたいな感じでメンバーを募集すんだよ。俺たちの演奏のレベルが高ければ、応募してくる奴は必然的に腕に自信のあるやつになるはずだよ」


 我ながら悪くないアイディアだと思う。琴名さんは俺のことをどこか感心したような笑みで見ている。


「へぇ。素敵なアイディアね。なるほど。一緒に演奏する。うんうん。それなら…」


 考え込むような素振り見せた後、琴名さんはバックから音楽用の五線譜ノートを取り出した。そしてページを開いて俺の方に見せてくる。


「ちょうどこの間、私たち用に試しにベースとピアノで演奏する曲を作ってみたわ。どう?」


「ほう。いいね。オリジナル曲なら俄然本気度が上がるよね。じゃあこれからスタジオを取って、練習してみるか。いい感じに仕上がったら動画を撮るってことで」


 これでメンバー募集はうまくいくかもしれない。そう思うと練習にも熱がこもるってもんだ。


「え?練習するの?」


「は?当たり前だろ。何言ってんの?」


「練習なんてどうでもいいからすぐに動画を撮りましょうよ。思い立ったが吉日でしょ」


 琴名は自信満々な笑みを浮かべている。


「よくよく考えたら作曲した私って練習いらないじゃない。練習なんて時間の無駄よ。早くメンバーを集めたいわ」


 こいつせっかちすぎないか?!


「いや俺はこの曲今楽譜を見たばかりなんだけど?」


「ベーサーさんのレベルなら大丈夫でしょ?」


 琴名は俺の実力をこれっぽっちも疑っていないようだ。安心しきった視線を俺に向けている。こいつ思い込みもはげしいのか?やばいよこいつ鉄砲玉みたいなやつだな。


「動画の撮影場所なんだけど、私今日来るときに面白いもの見つけたの。そこで撮りましょう!」


「はぁ?え?」


 琴名は俺の手を引っ張っていく。彼女は俺の手をぎゅっと強く握っていた。女性の手を握るのは小学生以来だ。その柔らかさに心臓が少し速まった気がした。そして俺たちは池袋の駅から地下道に入る。地下にあるデパートのエントランスにやってきて、琴名の手が離れた。そして俺たちの目の前にあったのは、豪華なグランドピアノ。


「最近流行りのストリートピアノでーす!!どうすごいでしょ!!」


「おいおいおいまさかここで撮るの?!」


「ええそうよ!ここならきっといい動画が取れるって思わない!!?」


 キラキラした目で彼女は言う。俺の戸惑いなんて知ったことじゃないんだろう。そして琴名は鍵盤の前にある椅子に座る。ミニスカートでペダルを踏む足の間からパンツが見えそうで際どい。


「その恰好だと胸の谷間が目立つし、パンツ見えちゃうかもよ?」


 一応ダメ出しして今日はやめさせてみようとした。だけど彼女は真剣な目で。


「胸の谷間くらいなによ?パンチラ上等!今この瞬間よ!直感があるわ!今なら最高の演奏ができるって確信が!さあ早く準備して!!」


 この勢いには勝てないと思った。だけどこの勢いこそ。たぶん俺が期待した青春のお零れの匂いなんだ。俺はスマホを三脚でセットし、バックからベースとアンプを取り出してシールドで繋いでセッティングをする。


「ぶっつけ本番ドキドキしない?」


 琴名さんはどこか挑発的な笑みで俺のことを見上げてくる。


「そうだね。よくよく考えたら人と一緒に弾くの俺初めてなんだわ。優しくしてね」


 彼女は優し気に笑って、鍵盤に手を添える。そして俺たちの演奏が始まる。

























 わたしの目はいつもあの人のことを追いかけてる。モニターを見る横顔の端正さ。仕事の説明を優しく語る唇。そしてキーボードを弾く滑らかな指。彼を見るのが大好きだ。同時に私も彼に見られたいって思った。最初に出会った頃の私は高校を出たばかりで芋陰キャ丸出しだった。彼に見てもらえるようにお化粧も髪のお手入れもおしゃれも頑張った。もっともいつも事務制服だからおしゃれはあんまり意味はなかったけど。でも制服だってわたしなりに改造してウェストを絞ったり、スカートをセクシーなラインにしてみたり小細工はしてみた。だけど駄目だった。わかってる。わたしはどうしても声がうまく出せない。おしゃべりが上手じゃない。だからいつも彼とお話しするときは怖い。嫌われるんじゃないかって、それだけが恐ろしくていつも会話からすぐに逃げてしまう。見てほしいのに、わたしの声を聞かれたくない。だからいつまでも。いつまでたっても彼に近づくことは出来なかった。わたしはそんな鬱屈した気持ちを抱えながら池袋の同人ショップ巡りをしていた。そんな時だ。わたしの視界に彼の姿が映った。


「っあ、だ…ん…じょうさん?」


 休日に偶然出会うなんて!こんなに素敵なことが起きてもいいのだろうか!このタイミングを逃してはいけない。わたしは彼に声をかけようとした。


「あ、あの。こ、こんに」


 だけど挨拶をし終える前に彼は私の横をすれ違っていってしまった。彼はわたしのことに気がつかなかったのだ!自分の気配のなさが憎い!でもまだ彼はすぐ近くにいる!だから追いかけよう。追いかけてちゃんと声をかけるんだ。がんばれわたし!だけど彼の姿をわたしは見失ってしまった。しばらく私は路地をうろうろと彼を探し回った。もはや偶然の出会いとかですらないけど、それでも頑張って声をかけたいと思ったのだ。そして再び彼が私の視界に映った。


「だ、だんじょうさん。こん、…え?」


 またも彼はわたしに気がつかずに横を通り過ぎていった。だけどさっきとは明らかに違うことがあった。彼の手を握って引っ張っていく女がいたのだ。唖然としてしまった。彼には女の影がなかった。探偵を使って調べて過去も現在も女はいないはずだった。だから彼の指に触れた女は誰もいないはずだった。その指に触れて絡まる女が、今目の前にいる。わたしはよくわからない情動に支配されて、彼らの後を追いかけた。駅について、デパートのエントランスについてやっと二人の手は離れた。


「よ、かった…」


 冷静になったわたしは羞恥を覚えて、彼に見つからないように柱の裏に隠れた。そしてそっと彼らを覗き込む。女はピアノの前に座っている。わたしの角度からはパンツが見えていた。短いスカートのくせに白くて清楚系のデザイン。ああいうパンツの人こそきっと男を何人も咥え込んでるビッチなんだ。そうに決まってる。そして彼はそのビッチの隣に立ってギターを構えていた。いやあれはギターじゃない。探偵が言うには彼は趣味でギターによく似たベースという楽器をやっているという。

 

「あっ…指…き…れい…」


 彼がベースに添える指がいつもよりも綺麗に見えた。それだけじゃない。そう。わたしは女の子だけど、こう思っちゃいけないはずなんだけど、その指はすごくセクシーに見える。あの指に触れられたら…わたしはどうなっちゃうんだろう?そんなエッチなことを考えてしまった。わたしが彼に抱いているのは清らかな恋のはずだった。だけどこんな気持ちは初めて。胸がいつもとは違う高鳴りを感じている。自然と呼吸が速くなる。絶対にこんな気持ちになっちゃダメなのに。





 そしてピアノの旋律が響きだす。素人の私が聞いても綺麗な音色だった。ビッチのくせにまるで処女おとめのような清らかな響きを奏でている。さっきからわたしにはパンツがちらちらと見えてるくせに。


「上手。でも…それはどう…でもいい」


 周りの通行人たちもピアノの旋律に耳を傾けて足を止めている。でもわたしにはピアノなんてどうでもいい。わたしの視線は彼の指にだけ注がれている。彼の指はまだ動かない。彼がビッチの方に振り向いて、視線を送った。ビッチは生意気そうな顔で頷いた。そしてその指が弦を弾いた。その瞬間だった。


「んっ…!なに…これ…ジンジン…しちゃ…う…!」


 わたしのお腹が震えた。それは頭から足の先までまるで電気みたいにびりびりと私の体を震わせる音だった。低くて甘いベースの旋律が私のお臍のあたりをまるで撫でるように通り過ぎていく。一つ一つの音が響くたびにわたしの目が潤んでいく。顔が熱くなっていく。曲調はだんだんと激しく盛り上がっていった。彼の奏でるメロディが容赦なくわたしの胸の奥をかき乱す。わたしは両手で震える体を抱きしめた。頑張ってその震えに耐えようとした。だけどだめだった。だってすごく心地よくて、なのに挑発的で、なによりも甘くって。体が蕩けていく。わたしの心はぐちゃぐちゃに乱される。そして気がついたときには演奏が終わって拍手が鳴り響いていた。通行人たちが口々にさっきの演奏をほめたたえいる。彼らは通行人たちに頭を下げながら、撤収していった。そして私の視界からいなくなった。そしてやっと私の体は解放された。


「…はぁはぁ…あは…あはは、わたしくちゅくちゅしてる…」


 触らなくてもわかるくらいに潤っているのを感じた。お気に入りのBL同人誌やBLCDを聞いているときだってこんなになったりしないのに。でもすぐに思い出す。彼と一緒に演奏していたビッチのことを。わたしはあの演奏を聴いているだけ。あのビッチは一緒に演奏していた!それがわたしには許せなかった。


「…調べ…なきゃ…彼の音は…わたしだけの…」


 そしてわたしは行動を起こす。彼の音を手に入れるために。

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