第2話 ベーサーに偽カノジョができた。

 知らない大人についていってはいけません。という言葉は大人になった後でも当てになる。とくに相手が美人だったら気をつけなきゃいけない。


「とりあえずお話したいから、近くのカフェにでも…」


 美女にカフェに誘われたら要注意である。それは80%はマルチのお誘いであり、残りの20%は結婚詐欺だろう。だけどバンドを組みたいというお誘いにどこか真剣さを感じている自分がいるのを感じていた。


「居酒屋」


「え?居酒屋?」


「カフェは嫌だ。居酒屋がいい。じゃなきゃ話は聞かない」


 カフェは人の目を気にしないといけないから、話がヤバい方に向かったときにバックれにくい。逆に居酒屋なら色々と騒がしいから逃げ出すことはたやすい。


「ええ、そう。わかったわ。そうしましょう」


 そして俺たちはスタジオを後にして居酒屋に行った。




 俺たちはチェーンの居酒屋さんに入って二人席についた。向かい合ってあらためて顔を見ると、やっぱり目の前の女はとても美しい顔をしている。


「一応言っておくけど、俺は同伴出勤なんてしないからな」


「私だってそのつもりはないわ。話したいのは音楽の話だけだもの」


「そう。でもその前に一応身元を明かしてくれない?君のバンドのお誘いが本気なのかどうか知りたいからね」


 女は一瞬考えこむような素振りを見せたが、財布から学生証を取り出して俺に見せつけてきた。


「改めて自己紹介するわ。私は琴名ことな響楽ゆらら。普段は音大生をしてるわ」


 学生証は本物のようだ。国立皇都音楽大学・音楽学部洋琴学科と所属もしっかりと書かれている。


「へぇ音大生さんなんだ。ところで洋琴ってなに?」


「ピアノのことよ。それよりも身分は明かしたわ。話聞いてくれるわよね?」


「ん?ああ、そうだね。どうぞ」


 俺はタッチパネルを操作しながら、琴名さんに話を促した。


「ベーサーさんの腕を見込んでお願いするわ。私とバンドを組んで欲しいの」


「俺の腕を見込んでねぇ?あれですか。バンドに入るために入会金が必要で、レッスン料の名目で毎月お金を取っていくとか?」


「あなたは私を詐欺だと思ってるの?!」


「うん。アラフォーにもなると女から近づいてくることに警戒しちゃうのがおっさんの習性なんだよね」


「え?アラフォー?あなた20代くらいじゃないの?」


「立派なアラフォーですよ。37歳独身こどおじです」


「うそ!私のお母さんと同い年なの?!」


「むしろ君のお母さんが俺と同い年であることに驚きを隠せないよ」


 俺と同い年なのにもう娘は大学生なのか。俺よりも人生を何周分も早く生きてるなぁ。


「若作りの秘訣を聞きたいところだけど、バンドを組みたい理由を話させてね」


「どうぞどうぞ」


 俺は焼酎を啜りながら、耳を傾ける。


「私は大学でピアノを専攻している。将来はピアニストになりたい」


「ならバンドなんて組んでないでピアノやれよ」


「残念だけどピアノだけやっててもピアニストになれないからバンドを組まなきゃいけないの」


 首を傾げざるを得ない。ピアノのようなおハイソな楽器はバンド活動とは程遠いところにいると思う。


「どうやったらプロのピアニストになれると思う?」


「練習しまくってコンクールで優勝することじゃねえの?」


「残念だけどそんな簡単な道はないのよ、ピアニストにはね。プロってことはピアノで食ってけないといけないわけだけど。例えばあなたはプロのピアニストの名前とか思い浮かぶ?」


「そういえば知らねぇな」


「そういうことよ。ピアノの仕事は本当に少ないの。その中でもさらに特定のピアニストを目当てでコンサートに熱心に足を運んでくれるお客さんはもっと少ない」


「あーわかってきた。バンドは逆に熱狂的なファンがついてくれる。それを導線にしてピアニストとしての自分を世間様に売り込みたいってことでいいかな?」


「そういうことよ!頭の回転が速くて助かるわね。だからあなたの力が必要なのよ」


「エリート音大生様のお眼鏡に俺のベースが適ったとそれは光栄だね。ふーん」


「はっきり言ってあなたがいればメジャーデビューは夢ではないわ。私はそれを足がかりにしてピアニストとして成り上りたい。もちろんあなたにだってメリットはあるわ」


 琴名さんが考える俺のメリットってなんだろう?


「バンドでメジャーデビューすれば大金が手に入るわ。私から勧誘しているし、取り分はあなたが多めになる様に設定しても構わないわ!」


「お金ねぇ」


 はっきり言って空手形にしか聞こえない。まあ琴名さん的には本気なんだろうけど。


「それにベーシストとしてもさらに上のステージに行けるわよ!私はこれでも作曲のセンスがある方よ。編曲もできるわ!あなたのベースのすばらしさを世界に届けてみせる!」


 若い子はすぐに世界だの夢だとの宣う。とても羨ましい。俺が若かったころにそのような綺麗な言葉を吐けことはなかった。酷い鬱はいつも世界を鈍く昏くしてしまう。


「メリットについては把握した」


「なら受けてくれるわよね?」


 琴名さんはキラキラした目で俺を見詰めている。可愛らしいと思う反面、その綺麗さに嫉妬する自分がどこかいることに気がついてしまう。ああ、今の彼女は俺が手に入れることのできなかった青春ってやつを生きているんだ。きっとこのバンド活動が失敗しても、美しい思い出として残りの人生を希望と共に過ごせる。彼女には楽しくて輝ける人生が待っている。俺にはなかったものばかり。











 ならこの子と一緒に過ごせば、俺は手に入らなかった輝けるモノのお零れくらいは手に入れられるのだろうか?









「なにか引っかかることでもあるのかしら?」


 琴名さんが不安げな様子で俺の顔を覗き込んでいる。その顔を見たとき、申し訳ないけど嬉しいと思った。俺がいないと彼女の夢は叶わない。それくらいには俺はこの子に必要とされている。ずっと趣味で適当にやってきたベースだけど、その腕そのものを初めて欲しいと言ってくれた。それだけですごく心が満たされる。


「バンド活動だけど。そうだね。ちょっと条件出してもいいかな?」


 だけど将来に得られる空手形だけで頷けるほど、俺はいい人ではない。一つ条件を飲んでもらおうと思う。


「ええ、聞かせてちょうだい。私にできることならなんでもするわ」


「俺の偽カノジョをやってくれないか?」


「…はい?え?」


 首を傾げている琴名さんが可愛く見えた。こんな子がカノジョなら、人生は楽しいだろう。


「偽カノジョ?なにそれ?漫画の話?それともレンタル彼女的なこと?私はキャバはやってるけどそういうのはやってないのだけど?」


「はっきり言って君の出してるメリットは空手形ばかりなんだよね。今の俺が欲しいものを提示はできていない。言ったよね?俺ってアラフォー独身こどおじなのよ」


「だから偽カノジョって言われてもよくわかんないのだけど?」


 若い人にはわからない年を取るといろいろと世間からプレッシャーがかかってくるということに。


「両親が俺のことをすごく心配してるの…。去年俺婚活に失敗してさぁ。一生独身が確定しているわけよ」


「へ、へぇそうなの…」


 琴名さんが若干気まずそうな顔をしている。


「だからしばらくの間でいいから、彼女のフリだけしてくれない?両親には息子にも彼女ができるまともな人間なんだよって夢を見させてやりたいの…」


「まともな人間…?あなたいままで彼女いなかったの?ベーシストなのに?」


 俺は女泣かせなベーシストヤリチンではなく、両親泣かせなベーサー非モテ童貞である。


「頼むよ。妹二人とその旦那たちも俺のことを心配してるのよ。俺がまっとうに生きている普通の人生を歩めるまともな人なんだって思わせて安心させてやりたいんだ」


 俺は琴名さんに向かって頭を下げる。テーブルに額がくっつきそうなほどに。琴名さんはしばらく考え込んでいたけど。


「振りだけでいいなら、やってあげる偽カノジョ」


「まじで?!」


「ええ、そのかわりバンド活動はしっかりやってもらうからそのつもりでね」


「おーけーおーけー!まかせろ!」


 こうして俺はバンドに入ることになった。琴名さんは笑顔を浮かべながら、レモンハイの入ったグラスを掲げた。


「とりあえず乾杯しない?」


「おう。そうだな」

 

「バンド加入」「バンド結成」


「「乾杯!!」」


 乾杯をして俺たちはグラスを一気飲みして空にした。いい感じで酔いが回ってくる。そして気がついた。


「ねぇ、今バンド結成って言ったよね?もしかして、他のメンバーってまだ決まってないの?」


「ええ、ベーサーさんがはじめてのメンバーよ」


「あてはあるの?」


「……かんぱーい”いえーい!!」


 再びグラスを持って叫ぶ琴名さん。どことなくやけっぱちな空気を感じた。


「見切り発車かよ!!あんた計画性全然ねぇな!!」


「いい?音楽に必要なのは勢いなの!!メンバー探しも頑張りましょうね!!」


 果たしてこのバンド大丈夫なんだろうか…?前途はきっと多難だ。だけどその道にはきっと光がさしている。そう思えたのだった。






次回予告っぽい何か



「胸の谷間くらいかまわないわ!!パンチラ上等!!」

バンドメンバー探しのためにユララは一発逆転の秘技を思いつく。でもそれは羞恥心限界マックスな陰キャ殺しの一手だった。


「彼氏のお家に行くときってやっぱりスーツ着なきゃダメなのよね?」

同時に両親に偽カノジョとしてユララを紹介するベーサーだったが琴名のポンコツ彼女っぷりにひどくやきもきさせられる。


「本当にお二人がカレカノだっていうならそこでセックスしてみせてくださいよ!!」

そしてベーサーの背後に暗い影が迫る。偽カレカノ関係がバレそうになる危機!!


「タッチパネルのUIがくそだから戸惑っただけだから!!」「なんで私たちはこんなところにいるの?!」「ベーサーさんの指をちゃぷちゃぷしたい…」

ベーサーが打った秘策により状況はさらに混乱する!


「わたしだって!わたしだって!誰かに声を聞いてほしかった!!」

そして新たなるメンバーの咆哮がライブステージに響く!同時にベーサーのクズさも光り輝く!!



さあ青春を駆け抜けろ!!





ーーーー作者のひとり言ーーーー


こういうカオスな次回予告ってやつが好きですね。



よろしかったら今後もベーサーさんたちの青春をごひいきお願いいたしますね。


ではまた('Д')/

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