30 ゆびをはなすと
「こっくりさんこっくりさん、あとどのくらいであなたはおかえりになられますか?」
白田さんはどうでも良い質問をした。
他に質問しなくてはならないことはたくさんあるだろうに。
緊張して質問が出てこなかったのだろうか。
「なんか質問が考えつかない」
相馬さんが困った顔をした。
「うーん、こっくりさんについてでも質問してみたらどうでしょうか?」
白田さんの発言を聞いて、小学生の頃、誰かが力説していたことが脳裏に蘇る。
「それは危ないですよ。それやると呪われるってうちの学校では言われてましたから」
俺は急いで相馬さんに伝える。
白田さんは素直に謝罪する。
「じゃあ……」
迷う相馬さんに生還するための条件を聞いたら良いと提案する。
「いや、九日生き抜けば生還ですよ。私は公衆電話で呼び出したものに聞きましたから」
白田さんがそう言って別の有意義な質問をしましょうと言う。
「ダブルチェックみたいなものですよ。それに何も思いつかないんだから、安全な質問ならばそれで良いじゃないですか?」
白田さんはなにか言いたそうだったが、彼が口を開く前に相馬さんが質問をはじめる。
「こっくりさんこっくりさん、わたしたちが元の世界に戻れる条件はなんですか?」
十円玉が動き出す。
【も、う、す、ぐ、ひ、と、り、だ、け、か、え、れ、る、え、れ、べ、え、た、あ、が、あ、ら、わ、れ、る、そ、れ、に、の、れ、た、ひ、と、り、だ、け、か、え、……】
俺は十円玉の行方を追うのをやめて、白田さんを見る。
彼は涙を流しながらうつむいていた。
相馬さんは混乱したのか、俺と白田さんの顔を何度も見返している。
十円玉が鳥居のマークに戻る。
俺は質問のことばをゆっくりと発する。
「こっくりさんこっくりさん、この世界からの生還条件について白田さんが私たちに伝えていたことは本当ですか?」
十円玉の動きをおしとどめようとするような力が入った。
斜め前の白田さんの腕がぷるぷると動いていた。
十円玉はしばらくとどまっていたが、ゆっくりと動き始める。
白田さんが涙を流しながらこちらを睨む中、十円玉は【いいえ】のところでとまった。
「えっ? なに先生、嘘ついてたの? どうして?」
十円玉が鳥居に帰っていく。
白田さんは相馬さんの質問には答えずに右手をゆっくりと机の上に持ってくる。
「こっくりさんこっくりさん! 今、十円玉から指を離したらどうなりますか!」
白田さんがカッターナイフを横薙ぎにしながら叫ぶ。
上腕が熱くなる。
眼の前で繰り広げられる光景におどろいたのだろう。相馬さんの人差し指が十円玉から離れる。
驚きの表情を浮かべたまま相馬さんの顔は一瞬にして机の下に消えた。
なにかに引きずられるようにして机の下に倒れ込んだ相馬さんの顔が再びあらわれたときには目が虚ろになっていた。
白田さんが荒い息遣いでしゃくりあげる。
十円玉がつるつると動いていく。
【つ、れ、て、い、か、れ、る】
「こん!」
彼女は叫ぶと窓に向かって走り出す。
「こん!」
開いた窓めがけて相馬さんが飛ぶ。
水泳の飛び込み選手のように宙で回転し消えていく。
すぐに何かが潰れる鈍い音がした。
「なにしてんだよ、あんた!」
俺は白田さんに向かって叫ぶ。
白田さんは泣きじゃくっている。
「うるさいようるせぇんだよ。僕が彼女を死なせようとしてたとでも言うのかよ? 相馬さんはいい子だったよ。元の世界に戻った瞬間口を聞いてくれなくなっても彼女はいい子だ。でも、もしもさ、元の世界に戻って、それでも僕みたいなのと話をしてくれるなら!」
左の上腕に熱いものがくいこむ。
「僕は彼女と元の世界で歩きたかった!」
上腕の熱さは焼け付くような痛みにかわる。
「だけど無理なんだよ」
白田さんは裏返った高い声で叫ぶと、引き抜いたカッターナイフを振りかざした。
「ああ、無理だ無理無理! 言えるわけないだろ! 参加者が残り1人まで減らないと出口があらわれないとか! そんな話聞いちまってさ、お前だったら言えるのかよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます