29 こっくりさんこっくりさん、おこしください

 俺はポケットの中でカッターナイフを弄んでいた。

 カッターナイフは今朝、ブラックスーツの二人組に手渡されたものである。

 武器となるものを手渡されても、俺たちは抵抗を試みたりはしなかった。

 三人とも無言で受け取り、それをしまった。

 

 たぶん、他の二人もカッターナイフを常に触っているだろう。

 俺もいつでも抜けるようにと触り続けている。

 いや、なにかあったらいつでも抜けるようにというのはただの口実でいじっているとどういうわけか気が休まるからであった。だいたい、カッターナイフなどたいした武器となるとも思えない。このようなもので追い払える怪異などどこにあるのだ。


 校舎の廊下を進み、階段を登る。

 ポスター、お知らせ、習字や絵、様々なものが飾られているが、文字は何一つ読めない。

 絵はすべて真っ赤な絵の具で描かれた抽象画のようだった。

 どれも見ているだけで不安を掻き立てられる。

 俺たちが読むことができ、不安を掻き立てられないのは行き先を示す貼り紙だけである。

 

 二階の教室、クラスを示す掛札にかかれている文字はぐにゃりと変形していて読めない。

 恐る恐る中に入る。

 校庭側の窓が開けられていて、湿気を含んだ風が頬を撫でる。


 【こっくりさんであそんでください】


 黒板にはそう書かれていた。


 教室の真ん中の机二台がくっつけられ、その周囲に三脚の椅子が置いてある。

 くっつけられた机の上にあるのは、誰でも知っているであろう鳥居マークと文字列の書かれた紙と十円玉である。


 「やだ気味悪い」

 相馬さんの言葉に白田さんは「今さら何を言っているんですか」とほほ笑みを浮かべながら返している。


 慎重に近づく。

 椅子にも貼り紙がしてあることに気がついた。


 【じゅんばんにしつもんをしてください】


 【ぶざーがなったらこっくりさんにかえっていただいてください】


 「呼び出し方はわかっていますか。厳密に統一された呪文や形式があるわけではないですが、一緒にやる以上、ある程度統一しておきましょう」

 椅子に腰掛けた白田さんが言う。

 小学生用の椅子は俺や白田さんには少し小さすぎる。細長い体を窮屈そうに持て余す白田さんを相馬さんが笑う。

 今、絢子がいれば……窮屈そうに縮こまる俺を見て笑うだろう。俺をからかうだろう。

 涙が流れる。誰も何も言わなかった。

 歯を食いしばる。食いしばった歯の隙間から息が変なふうに漏れていく。


 「大丈夫?」

 心配そうにこちらを見る相馬さんにうつむいたまま、親指をあげて答えとする。

 相馬さんは「うん」とだけ言ってから俺の親指を握りしめた。

 少しだけ落ち着く。少しだけ食いしばった歯がゆるむ。


 少し間を置いてから白田さんが話を再開した。

 

 呼び出しと終わらせるのは白田さんがやると言った。

 質問の順番を決める。呼び出しの白田さんから時計回りではじめることにした。

 質問をした後は必ず毎回、鳥居に一度戻すこと、指を絶対に離さないようにというのが白田さんの注意であった。


 「じゃあ、そろそろはじめましょうか」

 三人は座って片手を机の上に乗せる。

 

 「先生、左利きなんだ」

 右手を出そうとした相馬さんと左手を出した白田さんの手がぶつかる。

 彼が書きものをしているところは見たことがなかったが、箸をはじめとして左手はほとんど使っていなかったような気がする。

 白田さんは返事をしない。目配せで始めようと合図をした。

 俺たちはうなずき、人差し指を十円玉の上に乗せた。


 「こっくりさんこっくりさん、どうぞお越しください。もし、お越しになられたら、はいとおこたえください」

 白田さんが唱える。

 十円玉は動かない。

 もう一度同じ文言を唱える。

 十円玉が動き出して、鳥居のマークから「はい」に進む。

 

 白田さんがツバを飲み込む音が聞こえた。

 彼は続けて質問する。


 「こっくりさんこっくりさん、僕はどのような恨みを買ったのですか?」

 白田さんの質問に十円玉が動く。

 

 【た、ん、い、お、と、し、た、か、ら】


 白田さんがゆっくりと大きなため息をついたあと、ぽろぽろと泣き出した。

 

 「こんなことで、こんなことで僕はここで苦しんでいるのか」

 右手でごしごしと顔をこすって涙をぬぐう。

 短く息を吐くような妙な笑い方をした後に大きく息を吸う。


 「質問文は条件設定を明確にしておかないと答えが曖昧になりますね」

 白田さんは何事もなかったかのように分析をおこなうと、相馬さんに目配せをする。


 「こっくりさんこっくりさん、誰がどんな理由でわたしを呪ったのですか?」

 相馬さんもまた犯人探しをする。「条件設定」を明確にしたようだ。

 ただし、犯人を探してもどうにもならない。

 それは彼女もわかっているだろうし、白田さんも俺も十分理解している。頭では理解しているのだ。

 それでも俺たちをここに送り込んだやつを探さずにはいられない気持ちも痛いほどわかる。

 十円玉が動く。

 相手と逆恨みとしか言いようのない理由が開示される。


 「DVから逃げただけなのに……」

 腫れた顔を歪ませて相馬さんが泣く。

 現世でも同じ様に顔を腫らせて泣いていたときがあったのかもしれない。

 せめて無事に帰って白田さんとうまくやってほしいと思う。彼は頼りなさそうだが、相馬さんに手を上げるようなことだけは絶対にしないだろう。


 俺の順番だ。

 質問は決まっている。文章もしっかりと作った。


 「こっくりさんこっくりさん、誰がどんな理由で西田絢子を呪ったのですか?」

 彼女が呪われた理由を知りたかった。

 いっそのこと、彼女に呪われるだけの理由があったら……どこかでそのようなことを考えていた。

 しかし、当然のことながら彼女には呪われても仕方ないなどといえる理由などなかった。

 彼女はただただ良い子だった。

 同級生にあいさつをされ、にこやかに返した。そのほほえみを勘違いした男に言い寄られ、断っただけであった。俺は歯を食いしばる。

 

 白田さんは自分を呪った相手についてさらに聞き出し、相馬さんは自分を呪った元彼氏が今何をしているかを質問し、俺は自分が呪われている理由をきいた。

 俺の質問の成果はたいしたことがなかった。一度に複数人を呪えることが確認できただけだった。

 せめて俺だけを呪ってほしかった。俺という邪魔者がいなくなったあとに存分に言い寄れば良かったではないか。


 全員が涙を流していた。

 ぬぐっても涙はとまらない。

 終了をつげるブザーはまだならない。

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